58話  会えて嬉しいよ

藍坂あいさか ゆき



「……久しぶり」

「……そうだな」



2年、いや約3年ぶりに再会した元カレをジッと見つめながら、心の中でため息をつく。


本当に、私はバカだ。今こうして顔を合わせている間にも何をしているんだろうと自分自身に聞きたくなる。今更、何も変えられないというのに勝手に期待して、勝手にウキウキして……そして、いざ会ってみたら実際に嬉しくて。


本当に情けなくて、くだらない。私はそんな懊悩を吹き飛ばすように、ずけずけと質問を投げて行く。



「元気だった?」

「……こっちはまあまあ。そっちは?」

「こっちも。仕事も上手く行ってるし」

「……そうか。あ、見たよ、ぼくすてのイラスト。綺麗だった」

「…………ちゃんと、チェックしてたんだ?」

「そりゃ、小説が面白いからね………うん」



……なんか、遠回りばかりしていて中々大事なことには触れていない感じがする。


こういう雰囲気は純粋に嫌で、私は核心だけを突くことにした。



「ここに出たってことは、あんたも彼女いないってことだよね?」

「っ………………き、君……」

「ていうか、驚いた。相手があんたって聞いて、私もめちゃくちゃ驚いたからね?」

「……じゃ、君こそなんでこの場に出たんだ?」



その時になってようやく、私の元カレ……秀斗は、ちゃんと私の目を見てくれた。



「奈白たちの提案に乗ったのは、お互い新しい出会いを探そうとしたからだろ?相手を知った以上、君がここに出る必要はなかったはずだ。僕だって……!僕も、予めに相手が君だって知っていたら絶対に…………絶対に、出なかったよ」

「……ふうん、相手が私だってことも知らなかったんだ?」

「当たり前だろ?悩んでたからそこまで気が回らなかっ………あ」

「………………………」



8年間も付き合っていれば、嫌でも相手のことはそこそこ分かってしまう。それに一緒に暮らしていた時期もあるから、自然と分かることだけど。


この男は今、失言をして明らかに慌てていた。余計な一言を零した自覚があって、それを濁すためにあえて口を閉じている。この男は何でもできる癖に驚くほど、ウソが下手だから。


そしてこういう時にどんな策を取ればいいかも、私は知っている。



「もしかして、私以外の人と会うのを迷っていたとか?」

「………っ!?」

「まだ私のこと引きずってるとか?あんたの反応はもうそれでしか説明できないんだけど?どうなの、秀斗?」

「…………………」

「……あんたは真面目だから、こういう席に出る前には細かに相手のことを把握して話題やネタを考えてくるはずよ。でも、あんたは私たちが会う直前まで、相手が私ということに気付かなかった」

「………………探偵にでもなったつもりか?似合わないぞ」

「じゃ、他に理由があるわけ?適切な理由があったら納得するけど」

「……そ、それを僕が説明する理由はないだろ?」



……………ああ、本当に。


この男は、バカだ。昔からバカだとは思ってたけど、まさか私並みのバカだとは思わなかった。


恋愛していた頃にはこの馬鹿正直なところも好きだったけど、今はとてつもなく恨みがましいとしか思えない。


私を直視しないで揺らいでいる目つき。震える口調。明らかに慌てている顔色。これはもう、図星ですって宣伝しているようなもので……それが余計に、私を狂わせる。


なんなの、本当に?私はただ、私の願望も込めて……あくまでカマかけるつもりで言っただけなのに、なんで勝手に引っ掛かるのよ。引っ掛かっちゃダメでしょ、これ。


また期待しちゃうじゃない。また会いたくなって…………よりを戻したくなるじゃない。また、あなたと一緒に住む夢を見ちゃうじゃない……。


ああ…………ダメだ、私。もう、自分がなにをしているのかも分からない。



「……また逃げるんだ?」

「っ………!?」

「また、ちゃんとした理由も説明しないで逃げるんだ。本当、あんたはいつも言葉が足りないよね」

「っ……!言葉が足りないのは、そっちも同じだろうが!」

「………」



そう、8年間の恋愛が終わった理由は結局、言葉が足りなかったからだ。大掛かりなこととか決定的な事件は何一つなくて、しょうもなくてささやかなズレが私たちを隔てた。


8年も一緒にいたから、勝手に向こうが私の気持ちを汲んでくれると思っていたのだ。私を尊重して、私に合わせてくれると思っていたから………それは秀斗も同じく考えていたことで、その考え方が私たちを破局に運ばせた。


でも、同じバカならあの頃よりはもう少し成長したバカでいたい。


私は、2年前にはできなかった、腹を割った会話を試みる。



「ね、秀斗。これだけは答えてちょうだい」

「……なんだ?」

「私と再会して、嬉しい?」



秀斗の目が再び困惑に滲む。私は追い打ちをかけるように、次の言葉を発する。



「私は、嬉しい。あなたと再会できて」

「なっ…………そ、それは……!」

「だからここまで来たのよ。相手があんたと分かっている上で、メイクして服買って、普段はしないピアスもつけて、ここまで来たの」

「………雪」



……………ああ、久しぶりだな。この男が私の名前を呼んでくれる声は。


昔の思い出に少しだけ浸りながら、私は淡く微笑む。



「だから、お願い。今日一日だけは付き合ってよ」

「…………」

「意味ないことだって分かってるし、正直なにしてるのか私自身でもよく分からないんだよね。でも嬉しいし、ちゃんとあなたに会えてよかったとも思ってるから……相当情けないけど、今日だけは付き合ってよ」

「………………」



秀斗は昔と同じく、目を伏せて長い間考えた後に。



「……分かった」



私が望んでいる答えを、出してくれた。



「このまま別れたら奈白と夏目さんにも迷惑だろうし、仕方ないな。今日一日くらいは、ちゃんと付き合う」

「うん、ありがとう」



どっちに転んでもいい。


そう、どっちに転んでもいいと思う。当たって砕けるつもりでした提案だ。今日一日を一緒に過ごしてから、最後にきっぱり断られたらそれもよし。


上手く行ったら、それもそれでよし。



「……あと、追記したいことが二つほどあるけど」



大きく深呼吸を重ねて、元カレは言った。とんでもない爆弾みたいな発言を。



「今も相当戸惑ってはいるけど……僕も、君に会えて嬉しいと思ってる」

「……………………………………え?」

「そして、君は情けなくなんかない」



思いもよらなかった本音に頭が真っ白になっていると、秀斗はダメ押しでもするように、昔の真面目な顔で言ってきた。



「君が情けなかった時なんて、一度もなかったから」

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