57話  ……久しぶりだな

桑上くわかみ 奈白なしろ



『じゃ、2対2で遊ぶんだよな?』

『うんうん、私たちは適当に雰囲気作りながら、二人を見守る形で行こうよ』

『分かった。まあ、秀斗も二つ返事でOKしたから、後は二人で上手くやるだろうな』

『…………………そういえば、白』

『うん?どうした?』

『………………ああ、いや!うん、あまり言う必要はないかなって』

『うん……?まあ、いいけど』



昨日の夜に交わした唯花との作戦会議を思い出しながら、俺は秀斗と一緒に待ち合わせ場所の駅の出口に向かっていた。


紺色のジャケットに白いシャツ、黒のチノパンを組み合わせた秀斗は、何が不安なのかずっと俺の後ろでため息をついている。



「早く来いよ、秀斗。向こうはもう着いてるらしいぞ?」

「………ああ。行こう」

「そんな辛気臭い顔するなって。相手に失礼だろ?」

「それはそうだけど……いや、ごめん。そうだな、今更ドタキャンなんて無理だろうし………」



こんな場面だというのに、秀斗は目に見えるくらい浮かない顔をしている。どうしたんだろうと思いながらも、俺たちはすいすいと約束した場所に向かった。



「あっ、そうだ。奈白、まだ肝心なことを聞いてない気がするけど」

「うん?ああ、なんだ?」

「向こうの人の名前を教えてくれないか?今更だけどそれを聞きそびれてた」

「ああ、藍坂雪って人だぞ?唯花の友達で、フリーで仕事してて……そういえばお前、本当になんも聞いてなかったな、あはっ」



その瞬間、秀斗は血の気がスッと引いた顔で立ち止まった。



「……うん?どうしたんだよ。もうそろそろ時間だぞ?早く……」

「あいざか、ゆき………………?」

「ああ、そうだけど……うん?どうした?」

「っ………………!な、奈白。もう一つだけ教えてくれ。その人、もしかしてイラストレーターじゃないよな……?」

「えっ!?お前、もしかして知り合いなのか!?」

「………っ!」



お互い驚いている真っ最中、秀斗は急に顔をしかめて拳をぐっと握り締めた。


びっくりして口をポカンと開けていたその時、急に秀斗が背を向ける。



「ごめん、約束はなしだ。向こうには本当に申し訳ないけど、急用ができたと伝えておいてくれ。言い訳はなんでもいいから、とにかく!!」

「ちょっ……!?ど、どうしたんだよ?おい、どこ行く――――」

「――――どこへ逃げようとするの?」



その時。秀斗が張り詰めた顔で背を向けて、必死に走り出そうとしたその時―――。


一度聞いたことのある綺麗な美声が、固まっていた空間を切り裂く。



「……………………………君、は」

「……相変わらず逃げてばっか。本当に成長しない男ね、あなたも」

「………………」



ゆったりとし淡いベージュ色のロングジャケットに、白いブラウス。ジャケットと同じ色のスカートに青色のパンプス。


ピアスに、丁寧なメイクにミニバッグに、銀色のブレスレットまで。


明らかにおしゃれをしているとしか見えない服装の藍坂さんは、まるで射抜くように秀斗を見据えていた。


隣で立っている唯花は、ちょっとだけ苦笑いをして目礼をする。



「初めまして。うちの彼氏がお世話になっています、夏目唯花です。そして……こちらは私の親友の、藍坂雪です」

「…………………」

「…………………」



道を行きかう人たちが好奇心に満ち溢れた視線を飛ばしてくる。そんな目の喧騒の中で、二人は驚くほど何も言わなかった。


何分もお互いを見つめ合って、目を伏せて、再び視線を交えて。


ようやく現実を受け入れたように見える秀斗はふう、とため息をついて藍坂さんに言った。



「……久しぶりだな、藍坂」

「……………………」



俺はただ二人が放つ空気に打ちひしがれて、ぐうの音も出せないでいた。





「しゅ、秀斗の元カノが藍坂さん!?いや、いくらなんでもできすぎだろ!」

「それは私が言いたいところだよ!雪、松下さんの名前聞いた途端に急に青ざめて、すごくショック受けた顔して……それでも、約束をキャンセルしようとはしなかったもん」

「ええ、マジかよ……」



お互い、形式だけの自己紹介も済ませた後。


俺たちはお昼ということもあって雰囲気のいいレストランで食事を済ませ、近所のカフェに来ていた。食事はもちろん一緒にしたけど、ここからはとにかく二人だけの時間を作る必要性を感じて、俺と唯花は二人から離れた奥のボックス席に座っている。


そして、二人きりになった途端に俺は唯花から小声で、すべての事の顛末を聞いたのだ。



「あの二人……いい別れ方はしてなかったみたい。さっきも雰囲気ヤバかったし」

「はあ……マジで大変だったからな?二人は一言も喋らないし、なにかネタを提供してもちっとも食いつかないし……マジでご飯食べてる感じがしなかった」

「よしよし、よく頑張ったね~うちの彼氏。というか、まあ……」



唯花の視線につられて二人を見ると、なにやら会話はちゃんとしているみたいだった。秀斗はこっちに背を向けているから顔が見えないけど、藍坂さんの唇はずっと動いている。



「……雪ね?相手が松下さんと言われたら、その後すぐに買い物行こうって言い出してきたの。相手が松下さんと知る前は、お洋服買う気なんてなかったのに」

「……マジか?」

「マジの大マジ。服もめっちゃくちゃ買ってた」

「へぇ、通りであのスタイルなわけか。あれはまあ……普通にお見合いやデートに行く服装だしな」

「だよね………ていうか、松下さんは知らなかったの?相手が雪ってこと?」

「ああ。あいつも実を言うと、藍坂さんと会う直前まで迷ってたんだよ。昨日も一緒に会社にいたけど悩んでばっかで、相手に関しては一度も聞いて来なかったな」

「ええ~~デートする相手の情報を全く聞かないなんて、それはちょっとひどすぎじゃない?」

「いや………たぶん、あいつは関心がなかったんだよ」

「え?」



今までの反応を見る限り、あいつが悩んだ理由は明確だった。俺も大学時代にあんな風になったことがあるから、なおさらよく分かる。


あれは、未練があるからだ。心では違うと言ってるのに体を無理やり動かして他の恋を探そうとする、その類の行動だから。相手がどんなに素敵な人であれ、秀斗には関係なかったんだろう。



「……あいつも、藍坂さんと同じかもしれないぞ」



秀斗は罪悪感を抱いていた。あいつはまだ藍坂さんを忘れられていない。2年も前に別れた元カノに、未だに未練を持っている。


心のコンパスがずっと、藍坂さんに向けられていたのだ。

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