52話 毎日キスして?
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「ぷふっ、ああ………全く、あいつ……」
「…………………………気色悪いぞ、奈白」
「ああ、いや。ごめんって。でも……あはっ」
いつものように訪れた会社のお昼休み、俺はラーメン屋で
秀斗と一緒にメニューが出るのを待っている最中に、唯花から連絡が入ったのだ。
『疲れてない?後6時間だけがんばって!!帰ってきたらいっぱいよしよししてあげるから!!』
よしよしってなんだよ。そもそも甘えるのはいつも俺じゃなくてお前の方だろ。ああ……でも。
やっぱり幸せだな……ずっと片思いしてきた相手とようやく結ばれたからか、本当に幸せとしか言いようがない。俺はスマホをポケットにしまって、さっき届いたメッセージの内容を思い返しながらずっとにやにやしていた。
「お待たせしました~~」
「あ、ありがとうございます」
届いたつけ麺をすすっていると、真横からとんでもなく恨みがましい視線が飛んでくる。横を向けたら案の定、秀斗が呆れた顔でこちらを見ていた。
「いや、無事に付き合ったのはいいけど……はあ」
「ごめんって。でも、付き合いたてだから少しは勘弁してよ」
「……その時間、大切にしておけよ?付き合いたての頃が恋愛で一番幸せな時期だから」
「ほお、さすがに恋愛経験者なだけあるな。肝に銘じておく」
でも、大切にすべきというアドバイスは正にその通りだろう。いきなり恋人になったからって配慮に欠けた行動をしたり、うっかり唯花を傷つける言動をしたりするかもしれないから、ちゃんと注意しておかないと。
できるだけ長く……いや、ずっと一緒にいたいから。正式な恋人になったんだから、今まで以上に気を配らないと。
「はあ……彼女か。彼女か………」
「なんだよ、彼女作る気にでもなったか?」
「いや、違う……とは言えないかもな、まあ。僕も最後に恋愛してからだいぶ時間経ったし」
「確か2年前に別れたんだっけ?元カノと」
「そうだよ。最後にはほとんど喧嘩しかしてなかったから、あまりいい別れ方をしたわけじゃないけど……まあ、たまに思うんだよな」
「なにを?」
「あのままずっと付き合ってたら、なにか変わったのかなって……な」
思わず目を丸くしてしまう。秀斗の声はお昼のラーメン屋には似つかわしくもないしんみりしたもので、ここまで失恋を引きずっているとは思わなかった。
でも、確か8年も付き合っていたと言ってたからそんなものかもしれない。24歳の俺たちにとって8年という時間は、人生の3分の1を占める長時間だ。中学生の頃から付き合ったと言ってたし、未練が残るのも仕方ないだろう。
でも、別れてから2年も経つのにまだ引きずっているなんて……秀斗らしくないというか、不思議に思えてくる。
「よっぽど好きだったんだな、その元カノのこと」
「………………そりゃな。いや、この話はもう終わりだ。この話してたらなんか飲みたくなっちゃうんだよ」
「あはっ、まあ、飲みに行くなら誘えよ。愚痴くらいは聞いてあげるから」
「ああ、サンキュー」
でも、秀斗のヤツに彼女か……こいつ、典型的に眼鏡かけた端正なイケメンだし、社内でもけっこう評判高いのにな。
その気になれば付き合えると思うけど、本人はどうやらまだ気に病んでいるらしい。まあ、こいつなら上手くやっていけるだろう。
苦笑を浮かべながら、俺は煮干しの味がたっぷりしみ込んだ麺をすすった。
そして、その日の夕方。
「ごちそうさま~~あ、洗い物は私がやっておくね」
「いやいや、このお寿司買ってきたのはお前だろ?さすがに俺がやるべき―――」
「いいの、いいの。疲れたでしょ?それに洗い物と言ってもお皿とお箸だけだし。らくちんだよ、らくちん」
「……………全く。じゃ、お願いします」
「はい、かしこまりました~~」
どういうことだ……俺の彼女、めっちゃくちゃ優しい!!
なんだ、こいつ。昔はあんなに乱暴だったくせに、こんなしおらしい一面を隠していたなんて……!ヤバい。これ以上好きになりそうで本当怖い。幸せすぎて涙が出てきそう……!
「……あ、コーヒーは俺が入れとくから!デザートは買ってないんだよな?」
「もう、座って休んでいてもいいのに~~冷蔵庫の中でティラミスあるから、それ出しといて」
「おう、分かった」
そうやって訪れた、食後のティータイム。唯花は大好物のシロップがたっぷり入ったカフェオレを飲みながら、幸せそうな表情をしている。あのままだったら太らないのかと邪な考えが浮かんだけど、俺は頭を振ってすぐにそれを追い出した。
こいつ、昔から体重とかあんま気にしてなかったしな……俺は食べた分だけお腹に行くタイプだから、ちょっと羨ましい。
「ふふっ、うふふっ」
「なにがそんなに嬉しいんだ?」
「ううん~~?見ただけでも幸せになるんだもん、ひひっ」
「……そんなにデレデレするなよ。恥ずかしいから」
「あっ、そんなこと言うんだ~~最愛の彼女がこ~~んなに幸せそうにしてるのに、そんなこと言っちゃうんだ~」
「分かった、分かったから拗ねるな~~全く……」
一緒に暮らしてからも薄々感じたことだけど、最近の唯花は本当に遠慮がないというか、自分の感情に素直なところがある。
昔もよく色んな顔を見せてくれたけど、俺のことが好きなそぶりはあまり見せなかったから……だからか、いつも見慣れている幼馴染の顔が余計に眩しく見える。
そうやって幸せを噛みしめていると、唯花が急に咳ばらいをしてトントンとテーブルを叩いた。
「うん?どうした?」
「大事なお知らせがあります。もちろん聞いてくれるよね?」
「聞くしかないヤツだろ……まあ、どうぞ」
「ふふ~ん」
唯花は満面の笑みを浮かべながら、人差し指を上げた。
「覚えてるよね?私たちの間にルールがあるってことを」
「……うん?そりゃ当たり前だろ。今も毎日守ってるし」
「そうそう。で、そのルールを破った時の罰ゲームがあったよね?」
「うん……?いや、俺は別にルール破ってないぞ?そもそも罰ゲーム自体、前にお前が創作活動を手伝わせる名目で使ったのが最後で―――あ、まさか……」
「ふふっ、さっすがは白。よく気づいたね」
……何故か、俺の彼女さんはとても得意満面な顔で、今度は腕を組んで見せた。
「そう、あの罰ゲームには期限とか設定されていなかった。言い換えれば、罰ゲームは今も効力を持っているってこと」
「ええ!?一体なにさせる気なんだよ!」
「ちょっと、なんでそこで嫌な顔になるのかな~?大事な彼女さんの命令なのに!!」
「うわぁ……普通に心配にしかならないわ。で、結局俺に何をして欲しいんだ?」
「反応が気に入らないな……もう」
いささか、唯花も自分が言っていることが暴論ということは察しているだろう。
確かにこの前の罰ゲームには明確な期間が設定されていないけど、普通に考えれば罰ゲームなんて一回性の性質を持っていると見た方が妥当だ。
だから、俺がもし本当に嫌だったら拒むこともできたんだろうけど……悔しいことに、俺は彼女さんの命令には絶対に背けない。
「んで、結局なにをすればいいんだ?前のように演技?それともお前が書いている原稿の感想を言うとか?」
「……ううん、違う」
「えっ、それじゃなにを―――」
驚いて何かを言いかけようとしたところで、唯花は少しだけ赤くなった顔で笑みをたたえたまま、言ってきた。
「私と毎日キスして?それが、今度の命令」
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