51話  料理教えてもらえないかな?

夏目なつめ 唯花ゆいか



『は~~い、白。ほら、行ってらっしゃいのちゅ~』

『いや、昨日の夜もさんざんしただろ?だから―――』

『ああん?』

『……………………………ちゅ、ちゅうううぅ~~』

『全くもう………んむっ、ちゅっ、んっ、んちゅっ………ふふっ、ふふふふっ……はいっ、行ってらっしゃい~』




「うひっ、うひひっ、ひひひひぃ……」

「………………きもっ」

「うふふふっ……うひひっ」



ああ……もう、幸せぇ……。幸せすぎて頭パンクしちゃいそう。白好き、白好きぃ……好き好き大好きぃ……うひひひっ。



「本当ヤバいな……言っとくけど、私も暇じゃないからね!?」

「あ、こほん……ごめんね?雪」

「はああ……もう顔を見ただけでも頭痛くなってくる」

「ちょっと~~~」



私の向かい側に座った雪はあからさまにため息をついて、ぶんぶんと首を振って見せる。


GWが明けて長年の片思いも成就した私は、前と同じように雪をカフェに呼び出していた。パンケーキが美味しいと評判なカフェで、平日の昼間だからか客はあまり多くない。


相談に乗ってもらった対価としてテーブルの上に差し出されたパンケーキをじっと見ながら、雪は再びため息をつく。



「それで、今度はなに?上手く行ったんでしょ?」

「えっ、そう見える?」

「当たり前じゃん。ここに来てからずっとニヤニヤしてるし……あんたちょっと怖いからね?友達じゃなかったら絶対に避けてた」

「ええ~そんなヤバい顔してた?」

「してる。ちなみに今もしてる。口の端が完全に耳まで上がってる」

「っ……!」



だって………だって、嬉しいんだもん!20年も我慢していた思いがようやく報われたんだから。白がちゃんと付き合ってくださいって言ってくれたから……えへへっ。



「はあ……まあ、幸せそうでなによりだけど。桑上さん、けっこうしっかりしている人に見えたし、心配はないだろうね」

「………わ、私の彼氏だからね?」

「……それ以上イチャコラしたらマジでギレるからな?」

「うっ……ご、ごめんなさい。私が悪かったです……。こほん、それで相談の内容だけど」

「うん」



毎回相談に乗ってもらう雪には申し訳ないと思いつつも、私は今日の本題を口にした。



「雪……料理上手だよね?」

「うん?ああ……まあ、基本的なメニューは作れるけど。なんで?」

「もしかして料理教えてもらえないかなって……料理教室に通うのも考えてたけど、知り合いに教えてもらった方が飲み込みが早い気がして」

「ええ~~?料理教えてって……でも、私。言うて誰かに教えるほど上手じゃないよ?」

「それでもお願い!もちろん、食費もちゃんとこっちが持つし、作る場所も雪の家にするから!」



両手を合わせたまま頭を下げると、雪はあからさまに戸惑ったような仕草を見せた。正直、料理を教わるのなら雪じゃなくてお母さんの方が適切かもしれない。


でも、実家はここからちょっと遠いし、お母さんに変に白のことでからかわれるのも嫌だから……その手を取ることはできなくて。


そうなったら、選べる選択肢が自然と限られてくる。高校の友達に教わるにはみんな仕事をしているし、料理教室に通うにはここから遠いこともあるし、なによりお金もかかるから……自然と、雪に教わるという選択肢しか残らなくなったのだ。


幸い、雪は悩むようではあったけど、案外あっさりと結論を出してくれた。



「まあ、それならいいけど。家も適当に近いしね」

「ありがとう……!ありがとう、雪!」

「でも、本当に基本的なもの以外には教えられないからね?あ、それと食費は半々で行こう。唯花にだけ出してもらうのは申し訳ないし」

「ううっ、やっぱり私の神様……!白雪先生しゅき!!」

「本当テンション高いわね~まあ、あんなに好きだったんだし、そりゃ付き合ったらこうなるか……」

「ええ、そうなの……!もうね?もう自分の気持ちが上手くコントロールできないのよ!えへへっ、あああ~~一緒に暮らそうと言って本当によかった……勇気出してよかったぁ~~」

「本当呆れるな……でも、勇気ね………勇気」



何故か雪はその言葉を口ずさみながら、ナイフで上手くパンケーキを切って一切れを口に運ぶ。


そういえば雪……元カレと別れてから2年も経ってるのに、雪はまだ誰とも付き合う気ないのかな?


いや、そういえば雪はフリーなのに私だけはしゃいでいたら普通に辛い思いさせるんじゃ……今更だけど、これからはちゃんと注意しておこう、うん。



「そういえば20年も好きなんだっけ、桑上さんのこと」

「あ……うん。幼稚園入ってた頃からずっと好きだったから、その辺りかな。ずっと片思いしてたし……」

「……こういうこと言うのちょっと悔しいけど、あんたのこと見てたら本当に羨ましいんだよね~なんか、よくできた物語みたいじゃん。ずっと片思いしてた相手が実は自分にも片思いしてたなんて、普通に羨ましい………なんか、私も彼氏欲しくなってきた」

「えっ、彼氏?」

「そう、彼氏」



ちょっとだけびっくりしてしまう。だって、雪は元カレと別れた後からは誰とも恋愛する気はないと何度も言ってたから……もしかして私が影響を与えたのかな。


私は本当にしれっと、事も無げに相槌を打った。



「い、いいじゃん!雪、すごく綺麗だしさ。その気になれば好きになる男いっぱいいるって!」

「くっ……勝ち組の貴様に何が分かる!そもそもさ、私たちみたいにフリーの仕事をしているととにかく人間関係が狭くなりがちじゃん。彼氏欲しいって言ってもそもそも周りに男がいないし、普通に無理だと思うけど」

「うん………じゃ、最近流行っているデートアプリとかはどう?最近はそれで会ってる人も多いじゃん」

「なに言ってんの、そんなわざとらしいやり方で真の愛が埋められるわけないでしょ!!」



……うわぁ~~めんどくさい女。正にオタクの発想……でも、雪の言葉は分からなくもないかも。そうだよね、自然な出会いを経てからこそ愛は育まれるんだから、うんうん。



「頭痛い……周りに男はいないし、親友ってヤツは隙あらば目の前でイチャイチャしてくるし……!」

「えっと……ほ、本当にごめんなさい……」

「ああ~いつから間違ったんだろ、私の恋愛……はあ」



机に突っ伏しながら言うんだから、さすがに私は一言も口に出せない。口調と仕草だけでも、どれだけストレスを感じてるのかよく伝わるから。


黙って大人しく次の反応を待っていると、ふとボソッと雪が呟いた。



「……まだ心の中にいやがって」

「うん?今なんて言ったの?」

「なにも言ってない。でも、そうね……唯花。お願いがあるんだけど」

「あ、うん!」



顔を上げた雪は悩まし気に眉根をひそめていたけど、結局決心がついたのか、真面目な顔で私に問いかけてきた。



「……桑上さんに聞いて、周りにいい男いたら紹介してもらえないかな?」

「……え?さっきはわざとらしいやり方は嫌だって言ったじゃん」

「そ、それはそうだけど……!なんか、色々と必要性を感じるんだよ。このままいたらとことんぐずぐずしちゃいそうだし。それに、別に会うだけならなんてこともないじゃない?」

「それはそうだろうけど……必要性って?」



本当に分からなくて目を丸くしてから聞くと、雪は再びため息をついて。


その綺麗な碧眼を悲しげに細めてから、言ったてきた。



「私もそろそろ、新しい恋を探さなきゃいけないからさ………」

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