50話  再告白

桑上くわかみ 奈白なしろ



心臓が抜け落ちるかと思った。彼女って……大事なことをサラッと言われたせいか余計にグッとくる。ドキドキしっぱなしで、つい大声で叫びたくなる。


そんな気持ちを抑えながらどうにかデートを終えて家に帰っている途中、唯花は急に大きなため息をついた。



「はああ……本当恥ずかしい……」

「ぷはっ、そんなに落ち込むなよ。夕飯美味しかっただろ?」

「うぅ……もうやだ。死にたい………ううぅ」

「死んだら困るから、なるべく生きていろ」



たぶん、こいつも彼女って言葉が漏れたのを気にしているのだろう。


どこか微笑ましさまで感じながら手を繋ぐと、唯花はビクンと肩を跳ねさせてから俺を見上げて来た。



「………本当ズルだから」



照れくさそうに笑いながらも、唯花はちゃんと俺の手を握り返してくれる。それからあまり話すことなく雰囲気を噛みしめていた時、唯花がボソッと言ってきた。



「………車、買った方がいいかな」

「うん?なんで車?」

「だって、今回みたいに色々と移動したり、買い物したりしたらそれだけ負担がかかるじゃない?ほら……今も腕、痛いだろうし。これからいろいろと遠出するかもしれないし、買ってもいいかなって……」



そう言いながら、唯花は俺が持っている紙バッグをじっと見下ろしてくる。中身は唯花が着るワンピースやアウターで、服の数が少ないからと言って急に買いだしたものだった。



「なるほど、車か……まあ、あって困るようなもんじゃないけど、維持費とかけっこうかかるだろ?」

「…………でも」

「ダメだ、お金は大事にしなきゃだろ?」

「………むぅ」



………なんでまた拗ねたんだ、こいつは。まあ、気持ちも分からなくはないけど。



「そんなぷくって頬を膨らませるな」

「……そうですよね~確かに車は維持費もたくさんかかるし、私たち二人ともインドア派だからあまり使うことないんですもんね~」

「だからなんでまた拗ねるんだよ!!あんま現実的ではないってお前も知ってるだろ!?」

「だって……だって!」



唯花はこっちを向くと思ったら、すぐに俯いて寂しそうな声で言う。



「色んなところ……一緒に行きたいんだもん」

「…………………………」

「4年間、会わなかった分だけ一緒にいたいし、行きたいところもいっぱいあるから……って、少しは察しろ!この鈍感男!!」

「いや、なんでそこで逆ギレされなきゃいけないんだ……」



言葉ではこう言いつつも、俺もかなりドキッとしてしまっていた。だって、唯花が今思っていることは全部、俺が昔からぼんやりと想像していた理想的な未来そのものだったから。


遠くまで行かなくてもいい。休日には軽くドライブを楽しんだり、今までは縁がなかった大きな遊園地や観光スポットを巡るという……素朴だけど、手放したくない未来もある。


車か……まあ、確かに免許は持ってるしな。


この先、唯花とずっと一緒に暮らしていくことを想定したら、買ってもいいんじゃないかもしれない。さすがに今すぐは無理だけど。



「………じゃ、一緒に見に行こうか」

「え?」

「車。お前は免許持ってないから、運転するのは俺にしかできないだろ?これから長い間一緒に暮らしていくわけだし……買うのはさすがに後にしても、一緒に見に行って目星つけとくくらいには悪くないだろう」

「……………………」

「うん?どうした?」



唯花は急に立ち止まって、ずいぶんと驚いた様子で俺を見上げてくる。


わけが分からずに肩を竦めていると、唯花は徐々に頬を膨らませて目を細めて来た。



「………いつも、肝心な言葉だけは言わないんだから」

「は?」

「………ねぇ、白」

「うん」

「………ちょっと、公園寄って行かない?」

「……うん?」



急になんで公園?家までもうすぐなのに……と言いたいところだけど、唯花の目つきがあまりにも切実なように感じられたから、俺は疑問を抱きながらも頷くしかなかった。



「ああ、いいぞ。寄り道していこうか」

「……うん、ありがとう」



もしかして、デートの時間をもっと先延ばしにしたいから?家に入ったらデートが終わった感じがするから、それが嫌で……?


とにかくお互い無言で5分ほど歩いたところ、唯花は向こうのベンチを指さしてそこに歩いていく。閑散とした住宅街で夜だからか、人の姿は見当たらなかった。



「はい、どうぞ」

「……おう」



荷物を置いて唯花の隣に座りながらも、俺はずっと考えていた。


本当になんでここに来たんだろう?ここまで来る特別な理由でもあるのか?一緒に暮らしているんだし、別にここまで来なくても話せるんじゃ―――。



「白」

「あ、うん」

「………さっき、言ったよね?私と長く暮らしていきたいって」

「え?あ、あ……………」



…………そういえば確かに言った気がする。くっ、蒸し返されると変に恥ずかしくなるな……。


でも、唯花はいたって真面目な顔でもう一度問いかけてきた。



「……あの言葉、本当?」

「は?」

「私と、これからも一緒に暮らしていきたいって言ったの……本当?」

「………………」



……今さら何を不安がっているのだろう、こいつは。



「ああ、もちろん本当だけど」

「……2年だけじゃなくて?」

「…………そう、2年だけじゃなくて……できるならずっと、一緒に暮らしたいと思ってる」



……これ相当恥ずかしいな。でも、すべて本音だから変に誤魔化すつもりにもなれなかった。


俺は唯花とできるかぎり……長く、一緒にいたいから。



「……言葉が足りない」

「は?」

「……白、私たちはどういう関係なの?」

「は?そりゃもちろん……」



恋人だろ、と言おうとしたその瞬間。俺の頭の中で、ささやかな違和感がよぎって行く。


そういえば、唯花に今までちゃんとした告白はしてなかった気がする。いや、もちろん好きとは言ったけど、付き合ってくれとか恋人になろうとか、そういう決定的な言葉は言わなかった気が……いや、でも普通はエッチまでしたんだし、成り行きで恋人になるんじゃ……………あ。


まさか、今日ずっと様子が変だった理由が……。



「………………………………」

「…………………………あはっ」



………そうだ、俺の好きな相手は夏目唯花。


いつもは馴れ馴れしく接してくるくせに、肝心な時だけは少女漫画に出てくるようなロマンチックな展開を求めてくる、めんどくさい幼馴染なのだ。



「………もしかして」

「……………………そう」

「ああ、そうか。それか……言ってくれればよかったのに」

「恥ずかしくて言えるわけないじゃん!なんか、私だけずっと悶々としているみたいだし……」



恨めしいそうな口調を発している唯花は、確かにちょっと目を潤わせてこっちを見ている。


俺は照れ隠しに笑いながらも深呼吸をして、今度は自分から唯花の手を握り締めた。



「……俺だって、けっこう悶々としていたからな?」

「……ウソつき。いつも余裕ぶってたくせに」

「いやいや、俺もだいぶ心配してたんだぞ?旅行帰ってきてからはなんか気まずい空気だったし、今度のデートだってそんな雰囲気が嫌で誘ったんだから。純粋に、一緒に出掛けたいという気持ちもあったが……」

「……女の子は、ちゃんとした言葉がなきゃ不安になるんだよ?」

「もう女の子と呼ばれる歳でもないだろ?」

「っ……………この、この!少しは空気読め!この鈍感おと――――んんっ」



それ以上不安がる姿を見たくなくて、俺は、なんの前触れもなく唇を重ねる。



「しろ………んむっ、ちゅっ………」



四日ぶりのキスは気持ちよくて、柔らかい。あの温泉旅館でしたキスのように激しくて貪るようなキスじゃないけど、唇は確かな温もりを湛えて、俺たちの間を繋いでいた。


欲望にまみれたキスではない、お互いの存在を確かめるキス。


唯花は一瞬びくっと体を跳ねさせたと思ったら、すぐに従順になって繋いでいる手をぎゅっと握ってくる。目を閉じているのに反応が可愛くて、俺もまた握り締めている手に力を入れた。



「ん、ちゅっ、ちゅ………ふぅ、ふぅう………」



やがて徐々に唇を離すと、唯花はもう蕩けた顔で俺を見上げていた。


毎回思うけど、この顔は本当に心臓に悪すぎる。



「……好きだ。唯花」

「………………」

「遅くなってごめん。でも、ちゃんとお前を幸せにするから―――俺の、恋人になってください」

「………………」



緊張したまま放たれた言葉を聞いて、唯花は目を大きく見開いて。


次には感情に耐えられなかったのか、急にしくしくと泣き始めた。



「えっ、ちょっ……唯花?」

「ち、違う、違うの……これは、違う……」

「………えっ?違うって?」

「………ち、違うの。これは、嬉しくて……うれ、しくて…………」



唯花は、片手で口元を隠して必死に涙を呑み込もうとしている。俺はその光景を少しだけ見た後に、笑いながら……大好きな人をぎゅっと抱きしめた。


唯花は一瞬疑問の声を上げたけど、すぐに俺の懐に顔を埋めて、メイクが崩れることも構わずに泣き始める。



「バカ、バカぁ………!こっちは20年も、20年も好きだったんだから……!」

「……奇遇だな。俺もちょうど20年くらい好きだったのにな」

「なら、早く告白すればいいじゃん……!バカ、鈍感……もう、きらぃい……」

「……告白なんてできなかったんだよ。お前、昔からずっと可愛かったし、お前のこと好きな男もたくさんいたし……それに、振られたらもうおしまいだから、ずっと不安だったんだ」

「………バカ!」



情けない俺を叱るように、唯花は泣き崩れた顔を上げて、その勢いのままに叫んできた。



「私はずっと、最初からずっと、あんたしか見てなかった!!」

「……………」

「どんな男に告白されても、どんな人がアプローチしてきても、全然興味なかったの……!ずっと、ずっと好きだったからぁ………」

「……………唯花」

「なのに、なのに私を置いて県外の大学行って……私以外の彼女、作ろうとして……きらい、もうきらいぃぃ……」

「…………ごめん」



めでたい再告白の場面にこんなに泣かれるとは、さすがに思わなかった。


それに、彼女を作ろうとしても結局のところ、俺の心は唯花に縛られたままだったから、彼女はおろか友達以上の関係すら持ったことがないんだけど。


……でも、こんなに泣いている姿を見るとずいぶんと悩ませたんだなと実感してしまって、俺は謝ることしかできなかった。



「唯花、好きだよ」



俺は親指で唯花の涙を拭いた後に、再びぎゅっと抱きしめる。首筋に顔を埋めるほどに大事に抱えたら、間もなくして唯花も俺の背中に腕を回してくる。


まだまだ濡れそぼった涙声で、唯花は切実に言ってきた。



「私も好き。大好きぃ……」

「うん」

「……私の彼氏に、なってください………ずっとずっと、私の傍にいて……」

「ずっとは重いな~~まあ、ずっといるつもりだけど」

「うるさい、バカぁ……置いて行くな、死ぬまで一緒にいろぉ……」

「………分かった。死ぬまで一緒にいるから、もう泣かなくてもいいぞ」

「ウソつき……もしまた離れたら、何があっても絶対に捕まえに行くんだから……!」

「……本当、どんだけ俺のことが好きなんだ」

「うるさいぃ……バカぁ……」



……さすがにここまで愛されていたとは思わなかったから、俺も少しだけ目頭が熱くなる。唯花は絶対に離さないとばかりにありったけの力で、俺をぎゅっと抱きかかえていた。


私は彼女さんの涙が止まるまで、ずっと背中をさすりながら温度を確かめる。


……そう、逃がしてはいけない人だ。


4年も離れていたから分かる。唯花は俺の心にずっと残る人で、人生において絶対に逃がしてはいけない人だ。20年も好きだった人。かつての高嶺の花だった俺の幼馴染は、俺の懐の中で嬉しさが混じった涙を流している。


もう泣かないように、幸せにしなければ。



「大好きだ、唯花」

「うん………私も、好き。大好きぃ……」



再び思いを確かめながら、深い息を零して空を見上げる。


星に彩られた綺麗な夜空が、俺の視界に映った。

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