29話  もう一度キスしたい

夏目なつめ 唯花ゆいか



白とキスしてから無事にプロットを作り上げた私は、その後にさっそくリモートで鈴木さんと打ち合わせをしていた。



『プロット確認したわ!お疲れ様、夏白先生』

「いえ、鈴木さんこそお疲れさまでした!えっと……どうでした?」

『そうね。確かに前作やぼくすての一巻に比べたらだいぶ攻めてると思うけど、いい感じだと思うわ?それはそれとして……夏白先生、一つだけ聞いてもいいかな?』

「あ、はい!どうぞ」



パソコンのモニターに映っている鈴木さんの顔が急に微笑ましくなる。どうしたのかなと首を傾げていたところで、その声が聞えてきた。



『えっと、キスシーンの描写がすごく具体的だったけど……』

「…………………………………………………………………………ぁ」

『あ、もちろんプロット自体は上手くできてるからね?抜けてるところもいないし、このまま進んでも全く問題はないと思うの。でも、他のシーンは文章一つや二つで説明が終わってるのに、啓介と怜香がキスするシーンがすんごく熱烈に書かれてて……えっと、もしかして』

「ち、ち、違います!!!!!」



いや、違わないけど!!二度も、二度もキスしたから感覚が生々しくて、どうしてもその感覚を表現したくて書き出したらついつい長くなっちゃっただけだけど……!


でも、だからといってこの場面でキスしましたとは言えないじゃん……!



『ふふ~~ん。違うのか、そっか』

「ほ、本当に違いますからね!?あれは私の単なる想像で……!そ、想像ですから!それにほら、あのキスシーンは2巻ではもっとも大事なシーンですし!」

『それはそうね。二人の気持ちを直接的に表す大事な場面だしね~それでも、なんか……ここの、お互いの息遣いが頬を触れて体が熱くなったというこの描写は、なかなかリアリティーがあるというか……』

「きゃああああああ!!違います!違いますからぁああ!」

『ぷふふっ、分かりました。夏白先生がそこまで言うのなら、私にも言うことはないわ』

「もうさんざん言ったじゃないですか!鈴木さん!!」



頬をぷくっと膨らませたら、鈴木さんは愉快そうに拍手まで打ちながら笑っていた。



『あははっ!!ごめんなさいね。夏白先生の反応が可愛すぎて。こほん、話しを戻すと、プロット自体はよくできてると思うわ。でも、前のように描写に集中しすぎてスピード感を失わないように気を付けること。それと、展開が途中で変わりそうなら私にも先に連絡してね?』

「もう……分かりました、ありがとうございます」

『ふふっ、原稿楽しみにしてるわ。それじゃ』



………………ううっ、バレた。


あの反応、絶対にバレた……ラブラブキスしたって絶対にバレた……!


ヘッドホンを外して、私はそのまま横にあるベッドに寝転がる。大きなぬいぐるみをぎゅっと抱えていると、忘れかけていた羞恥心がまたこみ上がって来た。



「~~~~~~っ、バカバカバカバカ!!!」



なんてことを……!私はなんてことをしたのよ!


いくら演技だったとしても、していいこととしてはいけないことがあるでしょ!?少し雰囲気が変わったくらいで頭蕩けてキスして……ちょろすぎるでしょ、私!


もちろん、気持ちよかったけど!前のようにキスしてから気まずくなることもなくなったから、結果オーライだけど……なんか、釈然としない。



「け、啓介なら、こんなやり方でキスしたんじゃないかなって……思ってな」



……白からキスされたのは、アレが初めてだった。


おかしいじゃん、前は拒んでたのに。この前は私の唇を手で塞いで顔もそっぽむけて、あからさまに私のキス拒んでたのに……なんで今さら?


それに、あんなに優しい……暖かいキスをして。私の体を抱きしめて、本当に大切なものを扱うように……っ。



「うっ………っ~~~~!!!」



ダメ……キスした時の白の顔が脳に焼き付かれて離れない。もう数日も経ったのに思い返せば思い返すほど、どんどん体が熱くなる。


たかが唇がちょっと触れ合っただけなのに、もう大人だからキスしてもなんてことないはずなのに……心臓がまだまだ、痛い。


白が私を求めてくれたという事実だけで、心が痛いほど締め付けられる。白のことを思うだけでも息遣いが熱くなって、仕方がない。



「…………………バカぁ」



なのになんなの、あんたは。


なんでそんなに平気でいられるの?おかしいじゃん、これ。キスしたんだよ?いくら演技とはいえ私たち、キスしたんだよ?それに、途中からはあんたも素で色々と聞いてきたくせに……!


なのに、白は何も変わっていない。いつも通りだった。いつも通り優しくて、私の話によく笑いながら相槌を打つだけで……この間の出来事を意識しているそぶりは一切見せて来なかった。


でも、あいつが先にキスしたってことは、少なからず私にも好感を持っているってことじゃない……?じゃ、もう少し押してもいいのかな?いや、私があからさまにアピールしたら恋愛の主導権を握られちゃうかもしれないし。でも、でも……。



「………………はあ」



……私、そういうことよく分からないもん。


24歳にもなって恋愛したことなんてなくて、ただただ部屋に閉じこもってキモい妄想ばかり膨らませていた私が、いきなり恋愛で上手く押し引きするなんて……できるはずないじゃん。


それに、とにかく白ともう一度キスしたいし。もっと長く、抱きしめられながら、白のすべてを感じられるように……お酒の勢いでも演技でもない、本物のキスをしたいんだもん。


キスは、気持ちいい。たかが唇が2回触れ合ったくらいで、私の思考はどろどろになって白以外にはなにも考えられなかった。思い返すたびに体が熱くなって、しまいにはちょっとエッチな夢まで見てしまって……本当に、大変だ。



「……もう一度、お願いできるかな?」



そ、そうだ。罰ゲームの命令権。私はあくまで創作活動を手伝ってと言っただけで、具体的な期限は言ってなかったし。もう一度我がままを言ってもいい……よね?


……ああ、もう頭がパンクしそう。これじゃまるで、私が白のこと大好きだって宣伝してるみたいじゃない。どうしよう、どうすれば白と付き合えるの……?


そんな風に思い悩んでいた、その時。



「うん……?」



急にスマホの着信音が鳴って、私は腕をデスクに差し伸べてスマホを手に取る。


そして、ロック画面に見慣れた名前が映っているのを見て、私はつい目を丸くしてしまった。



「お、お母さん!?」

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