39話  温泉旅行と車

夏目なつめ 唯花ゆいか



「唯花~~早く!」

「後5分もあるじゃん!!本当せっかちなんだから……!」

「いや、元はと言えばお前が寝坊したせいだろ!?」

「深夜まで原稿書かなきゃいけなかったら仕方ないじゃん!後、まだ電車逃してないし!」

「それはそうなんだけど……これもけっこうギリギリだったからな?」



白は仕方ないと言わんばかりの苦笑を湛えてくる。私は少しだけ頬を膨らませて、白を見上げた。


そう、今日は待ちに待った温泉旅行の日。旅館がここからけっこう遠いところにあるから、朝っぱらから起きて新幹線を乗らなきゃいけないハードな日程になってしまったのだ。


おかげで4時間しか寝れなかった私は、口元を隠しながらあくびをしていた。



「あはっ。んで、何時に寝たんだ?」

「深夜の3時……ふあぁ」

「そんなに遅くまで仕事しなくてもよかっただろ?あ、もしかして締め切りが近いとか?」

「ううん、締め切りは確かに近いけどそうじゃなくて…………何らかの事情で、今日の分まで書かなきゃいけなかったというか」

「なんで?お前、この前にノートパソコンあるからどこにでも書けるって言っただろ?」

「…………………」



あんたと一緒にいる時間を少しでも無駄にしたくないから。


せっかくの旅行なのに原稿ばかり書くのも申し訳ないから。あんたと行く初めての旅行だから。もっと色んなこと話したいから。もっとあんたとイチャイチャしたいから!!!


そう言いたい気持ちは山々だけど、言うわけにもいかないんだよね……実質好きだって告白するようなもんだから。


……ていうか少しは気づけなさいよ、バカ。普段はあんなに察しがいいくせに、なんでこんな時だけ鈍感になるのかな。



「あ、電車来た。ほら」

「……は~~い」



色々言いたいことはあるけど、公共の場で言い合いをするわけにもいかないからとりあえず大人しく乗車。


その後には特に何も話さずに目的の駅まで行って、遅れることなく新幹線に乗って。ようやく空気が落ち着いたところで、白は小声で言ってきた。



「ここから2時間くらいかかるから、もう寝ちゃってもいいぞ」

「ああ、大丈夫。もう眠気吹っ飛んだから」

「そうか……まあ、悪かったな。新幹線、こんなに早い時間に予約してしまって。車でもあったら楽に行けたのにな」



………車?ああ、そっか。私たちもう24歳だから、車があっても全然おかしくないんだ……。



「そういえば白、免許持ってるの?」

「ああ、大学時代に取ったけど、そっちは?」

「実は取ってないんだよね~作家始めてからはずっとインドアだったし、車買ったらとにかくお金もいっぱいかかるしね」

「へぇ、お前の年収だと余裕なのでは?」

「あんたそれ絶対に皮肉言ってるよね………?まあ、確かに買えないわけではないけど車とかに興味ないし。こうやって外に出る機会も少ないしね」

「それは……まあ、確かにそうだな」



……そう、誰かと一緒に旅行に行くの自体もけっこう久しぶりなのだ。


最後に旅行に行ってたのが確か2年前だから。そう、作家を初めて2年くらい経ったときに雪と急速に仲良くなって、一緒に聖地巡りしてたのが最後だっけ。


あの時も本当にさんざんだったよね……雪もあの頃にちょうど8年付き合ってた彼氏と別れて、私もこいつのことが忘れられなくてずっと悶々としていて。女二人で昼は聖地巡りして、夜は部屋でやけ酒しながら悪口言って。


……でもまさか、そんなに罵っていた男とこうして旅行に行くことになるとは思わなかった。



「ふああ……逆に俺の方が眠くなってきたわ」

「ふうん、少し寝たら?」

「……そうだな。じゃ、着いたら起こしてくれ」

「はい、はい」



……車、か。


もし、これからもずっと白と一緒に暮らして行けるのなら、買うのも悪くないかもしれない。白と一緒に行きたいところなんて今でもいっぱいあるから。


昔のように一緒にカフェ巡りもしたいし、カラオケも行きたい。一人では入りづらいちょっとおしゃれなバーに行くのもいいし、遊園地も悪くないし、グルメも……あんまり車とは関係ないかもしれないけど、とにかく行きたいところなんて数えきれないくらいにあった。


白ともっと一緒に、思い出を作っていきたい。もちろん、家の契約期間が2年だからあと2年で別れてしまうかもしれないけど……でも。



「………すぅ、すぅ……」

「…………………………」



……その前には、どこに転んでも決着をつけるつもりだし。


それに最近の白の反応を見る限り、勝算が低いとは思えない。たぶん、私たちは2年が過ぎても一緒にいられる。そしてそんな風にゆっくりと時間が経って、一緒に年を取って、今よりもっと深い関係になって、最後にはおじいさんおばあさんになれたら……。


……………ちょっと、オタクのキモい妄想かもしれないけど。


そんな未来が広がったら、きっと毎日が幸せで幸せでたまらないだろう。



「………ん」

「あっ、ちょっ……」

「………………んん、すぅ……」

「……………もう」



よほど深く寝入ったのか、白は急に自分の頭を私の肩に乗せてきた。身長差もあって体勢も厳しいはずなのに、白は起きることなく可愛らしい寝顔を見せている。


……私は、人差し指でつんつんと白の頬を突っつけながら言う。



「……おかしいじゃん、バカ。なんであんたが寝てるの?あんたのせいで4時間しか寝られなかったのは、こっちなのに」



そもそも構図も逆でしょ。普通は女の子が男に体を預けるべきじゃない?この男は、本当に……。


……ふふっ。やっぱり、免許取るのも悪くないかも。



「バカ……ふふっ」



でも、こういうシチュエーションが起こるのなら、しばらくは新幹線を使い続けるのもいいかもしれない。


そんなことを考えながら、私はこっそりと白の寝顔をスマホの写真に収めた。

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