65話  私は白のモノ

夏目なつめ 唯花ゆいか



「…………えっ」



差し出された両手と白の顔を交互に見ながら、ついぼうっとしてしまった。白は仕方ないと言わんばかりの顔で笑いながら、でも確かな温もりを持ったまま、私に言いかけてくる。



「い、いいの……?白、こんなの嫌いなんじゃ……」

「まあ、確かにそこまで好きなわけじゃないけどさ。でも、思い出にもなるだろうし、お前ならちゃんと俺のこと尊重してくれると信じてるから……俺は、別にいいぞ」

「……本当に?受け入れてくれる?」

「ああ、お前の事なら……大体、なんでも受け入れるって決めたから」

「………………」



……………ああ。この男は、本当にダメだ。


私が精いっぱい理性という名の壁を立てても、この男は簡単にそれを崩して心をめちゃくちゃにする。私はもうこの人の虜になることしかできなくて、他の選択肢がなくなる。


白はいつだって甘い猛毒のように、私の体を奥底から染めていく。


私は立ち上がって、テーブルの引き出しに隠しておいた手錠とアイマスクを手に取った。



「ぷふっ」

「……ちょっと、なんで笑うの?」

「いや、なんかめちゃくちゃシュールな気がして」

「……………確かに、そうかもしれないけど」



少しつま先立ちになって、先ずはアイマスクで白の視界を奪った後に。



「私は、けっこう真面目に悩んでたんだからね?」



白の、血管が浮き出ている腕首に手錠を付けた後、優しく誘導してベッドの上に座らせた。


……こういうことするなんて、本当にヘンタイだと自分でも思う。


そう、私は彼氏が目隠ししているところを見て興奮するような、どうしようもないヘンタイだ。そして、この人はそんな私を受け入れてくれるバカな男。


もう抵抗もできないし、逃げることもできない……私だけのモノ。



「……………」

「………唯花?」



その私だけのモノ、という考えが頭に浮かんだ、次の瞬間。



「ちょっ、なにか話せよ。ゆい――――んむっ!?」



私は、自分も知らない間に白の唇を奪っていた。


急に体重がかけられたせいで自然と白の体が後ろ倒しになる。私はそんなことを構わず、お腹に手錠のチェーンの冷たさを感じながら、白の唇を貪っていく。


いつものついばむようなキスじゃなくて、舌を絡み合わせる激しいキス。子供だった昔じゃとうてい考えられないキスを送りながら、私は両手で白の頭を抱えながら何度も言う。



「好き………大好き。しろ、好きぃ……」



白の唇は柔らかくて、熱くて、いつも私を簡単に興奮させる。


互いの熱い息が入り混じって、気持ちがいい。普段なら簡単にやり返してくる白も手首が思い通りに動けないせいか、普段よりずっと受けの側に回っている。感覚が集中されているせいか、白の息遣いが普段より荒っぽかった。


……私しか知らない白。


そう、私しか知ってはいけない白だ。これからも私が独り占めしていく白。私が白をこんな風にさせたんだと思うと益々興奮して、どうしようもなくなる。



「んちゅっ、ちゅっ、ちゅぅ……あむっ、んちゅうぅ……!」

「うむぅ!?んっ、ちゅっ………ゆ、唯花。ちょっ……」

「やらぁ……ちゅっ、ちゅうっ、んむっ、ちゅっ………」



両手で白のサラサラな髪を撫でながら、普段やられた分だけ白にキスを返し続ける。


大体、この男はズルい。お互い初めてなのにキスのテクニックも私よりずっと上だし、エッチする時には私よりよっぽど余裕のある態度を見せるから。


喘いで悶えて、好きで好きで爆発しそうになるのはいつも私だけで……白がもし私と同じくらいの気持ちを抱いていたら、あんなに余裕が出るはずがない。


だから、確実に自分のものにしたい。この男がちゃんと自分を見ているという、確かな実感が欲しい。


既に私に惚れていることは分かってるけど、愛は確かめれば確かめるほど気持ちのいいものだから。



「むちゅっ、ふぅ、ふぅうう……ねぇ、白。答えて?」

「ぷはっ、ふぅぅ………な、なにを?」

「私のこと、好き?」

「……あ、当たり前だろ?」

「……じゃ、私並みに好き?」

「………は?」



酸欠な頭がちゃんと回っていないのか、白は明らかに慌てたような声を出した。



「私があなたのこと好きなように、あなたも私のことが好きなのかって聞いてる」

「そりゃ、当たり前―――」

「………違う」

「っ!?」



言い捨ててから邪魔なハーフパンツを少しだけ下ろして、私は白の一番大事な部分……もう火傷しそうなくらい熱いその部分を素手で掴みながら、耳元に唇を寄せる。



「あなたはいつも、いつも正気だった。いつだって理性を保ってたんだもん。私が好き好きって言っている時も、白はいつも余裕だもん」

「ちょっ、唯花……!やめっ……!」

「……やだ。あなたはもっと、私で困るべきだよ」



白は身もだえしながら私を止めようとするけど、手首がホールドされているせいでそれもろくにできない。


私が白のすべてをコントロールしていると思うと、益々背筋がゾクゾクしてくる。



「大体、こっちは毎日毎日大変なんだからね?できすぎた彼氏がいると、隣にいる時でさえ安心できないのよ。あなたが私から離れてた時もきっと彼女作ったと思ってたし、付き合っている今もそう…………気持ちがちゃんと私にあって、あなたが私の事ちゃんと好きだって分かっているのに、どうしても胸がモヤモヤするんだよ?あなたが他の女の人と一瞬だけでも目を合わせてるとね、狂っちゃいそうなの。あなたは私にそこまで嫉妬したことないでしょ?ずるいよ、いつもあなたはずるい……!ねぇ、私の気持ち、ちゃんと分かってる……の!?」

「っ………!?!?」



布団を被りながらしているせいか、互いの息と体温が入れ混じって熱い。


そんな熱を浴びながらも私は考えてきたこと、思ってきたことをすべてぶちまける。ぶちまけながら、自分の身勝手な恨めしさを晴らすように、段々と手に力を加えていった。



「……ごめんね?嫉妬深くて、自分勝手て、我がままで心の狭い彼女で。こんな幼馴染で本当にごめんね……?でも、あなたが悪い。白が悪いよ。あなたのこと好きだから……どうしても、ダメになっちゃうもん」

「唯花……!て、とめっ……!」

「…………やだ、もっと私で溶けてよ。いつも、いつも私ばかり溶かされるから、あなたも私で溶けてよ……私のモノなんでしょ?私の彼氏でしょ?普段はいつもそっちが主導権握ってるから、今回くらいは我慢してよ……!」

「み、耳元でささやくなぁ……っ!」



白は分かりやすいように身をよじりながら快感から逃げようとする。その姿がとても愉快で、興奮して、私は再び白の唇を塞ぎながらもっと狂わせようとした。



「んむっ!?ゆ、いか……!」

「んちゅっ、ちゅっ、ちゅるっ、ちゅっ、ちゅぅ……はぁ、白。ダメだよ?今からは私の許可なしじゃ絶対にイケないからね……?好き、好きだよ。大好き、白。だから、お願い……私だけのものになって。お願いだから、これからもずっと私と一緒にいて……?これ言ってくれなきゃ、絶対にイカせないから」



言葉の証拠として、私は突然と手に込めていた力を抜いて見せる。その簡単な仕草一つで白は苦しそうに悶えて、私はそんな白がたまらなく好きで、どんどん頭が変になって行く。



「言って、言ってよ。私とずっと一緒にいたいって言わないと……ずっと生殺しだからね?」

「うっ………い、いつも、言ってるだろ!?」

「……ウソ、言葉では一度も聞いてないもん。ほら、早く……んんんっ!?」



その瞬間、唇を襲ってきた感触に頭が真っ白になる。


私は大きく目を見開いて、目隠しされている白の顔を見る。ありえない、ありえないよ。こんな…………こんな状態で頭だけ上げてキスするなんて、こんな。



「んむっ!?ちゅっ、あむっ……むぅううう!?!?」

「…………………ふぅ、ふぅ………仕返しだぞ、唯花」

「はあ、はあぁ……え、え?」

「……大好きだ」



白はもう一度私にキスしてから、大切な言葉を送ってくれる。



「これからもずっと一緒だ。ずっと一緒にいるから、不安に思わなくても……いいぞ」

「…………………っ!」

「………ほら、もう言っただろ?だからもう―――っあ!?!?」



……このバカ。バカ男。


ズルい、本当にズルすぎる。こんな状態でいながらもまた私ばかりドキドキさせて、こんな時になってもまだ余裕ぶって……!この男は、本当に……!



「ちょっ、ゆいか……!?手、はげしっ―――!?」

「うるさい……うるさい!また私ばかり手玉に取られて。いい?私があなたのモノじゃなくて、あなたが私のモノなのよ!!たまには私に勝たせてもいいでしょ!?この、この……うっ」



…………ああ。でも、もう無理。


さっきのキスでもう完全に頭が蕩けちゃって、白を攻めたい気持ちが薄まっていく。


代わりにただただ、大好きな人に愛されたいという欲求だけが募り始める。顔を見て必死に我慢する姿を見ただけでも快感になるのに、どうしようもない愛おしさが頭の中を支配する。


私は、横向きになっている白の後ろ頭に手を回して、優しく押した。


乾く暇のない私たちの唇が、また優しく触れ合う。



「んむっ、ちゅっ、ちゅっ…………はぁ、しろ……」

「……ゆい、か。俺、もう……!」

「……うん、いいよ。好きぃ……んむっ、ちゅっ……大好きだよ?好き、好きだよ。しろ……ちゅっ、んちゅぅ……」



そして、次の瞬間。


熱い何かがパッと手の中に広がって、白の体が震え始める。それでも、私は懸命にキスをしながら、目をつぶって好きな人の感触を堪能していた。


いつの間にかいてしまった汗とお互いの体臭と、独特な匂いと、布団の下に蒸れた空気が合わさってどんどん頭がバカになって行く。


体も、唾液も、口元も顔も何もかもが熱くて、軽く酔っている気さえしてくる。


長い間快楽に流されていた白は、ようやく荒い息遣いと共に声を出した。



「……汚れてるだろ?ティッシュ、使えよ。早く」

「…………うん」



……やっぱり、私は白のモノだ。


おかしい。白が私のモノのはずなのに、私はすんなりと白の命令を聞いてしまう。何らかのスイッチが入ったら、どうしても逆らえなくなってしまう。


上半身を起こして、ティッシュを取って手を拭いた後に、私は再び白と横向きで向き合う。そして、また当たり前のようにキスをした。


……全然、思い通りにいかなかった気がする。


こんな風にイチャイチャするつもりはなかった。私がもっと一方的に白を責め立てる、そういう展開を考えてたのに……途中から何が何なのか分からなくなって、いつもの雰囲気に戻ってしまった。


でも、まだ大丈夫だよね……?白の手首にはまだ手錠もつけられているし、これからもっと意識して攻めれば――――



「ふぅ………この手枷、熱いな……」

「―――――――え?」



そう思っていた、その瞬間。


白はなんと、片手でアイマスクを外して荒れた息を零しながら、私をじっと見つめてきた。下を見ればいつの間にか手枷が外されていて、手が完全に自由になっている。


びっくりする私に追い打ちをかけるように、白は説明をし始めた。



「これ、頑張れば解けられるし、チェーンの音なんかはキスするとよく聞こえないから」

「ぁ………ぁ」

「次からは、鍵付きのヤツを買った方がいいぞ」



そして白の目が細められるのを見た最後に、私の視界が暗闇に染まる。


さっきまで白がしていたアイマスクを自分が付けているんだと気づいて、私ははっと息を呑んだ。



「ま、待って!白……!わ、わたしは……!」

「………攻守交代だ。さっき、お前は俺がいつも余裕ぶっているとか、自分ほど好きじゃないとか言ってたけど………俺にも弁解の時間があっていいよな?」

「や、やだ。手錠、つけないで……これ、違う………」

「…………俺の体も一度弄ばれたもんだから」



白は私の言葉を遮るようにして、さっきより怖い口調で言ってきた。



「今度は、俺が弄んでも……いいだろ?」

「………………や、やだ……んむっ!?し……んちゅっ、んんん!!!!」



その夜、私はほとんど窒息してしまいそうなくらい白に塞がれていた。

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