66話  お仕置きして?

桑上くわかみ 奈白なしろ



「…………………ん」



……唇、カサカサ。


起き抜けに感じるのが唇の荒れ具合なんて、不思議な気がする。指でなぞってみたらもう唇が地獄みたいに荒れていた。


体もべたべたしてるし、喉もカラカラでとってもきれいな状態だとは言えない。おまけに、服も着てないし。


でも、まあ……。



「すぅ……すぅ……んん……」

「………ふふっ」



俺にぎゅっと抱きついたまま眠っている唯花の顔を見下ろすと、そんな不快感もすぐにいなくなる。


唯花も俺と同様に服を着ていなくて、さらに密着されている状況だから少しは生理的な反応が起きてもおかしくないけど……あれだけ搾り取られたからか、昨日のようなエッチな気持ちにはならなかった。


昨日、うっすらと朝日を見て寝ちゃったからたぶん一晩中やってしまったのだろう。


……正直、途中からはおぼろげな記憶しかない。ただただ唯花を抱きしめて、バカみたいに好きって言い続けながら腰を振って、またキスして、貪って……唯花はずっと俺に抱きつこうとして。



「………………っ」



……思い返したら、また体が反応しそうになる。苦笑をしながら、俺は唯花の前髪を耳にかけて顔がよく見えるようにした。


でも、その感触が目覚ましになったのか、唯花は身じろぎをしてからゆっくりと目を開く。



「……おはよう、唯花」

「……………しろぉ」

「あ、ちょっ……ちゅっ、んちゅっ」



唇が枯れ果てているはずなのに、唯花はお構いなしにキスをしてくる。俺は半分諦めたまま、唯花の体をぎゅっと抱きしめた。



「ちゅっ……ふふっ、おはよう。今何時……?」

「……さぁ、確認してなかったから分からない」

「……ちょっと、待ってね」



ベッドの外側にあった唯花はすぐに手を差し伸べて、テーブルに置いてあったスマホで時間を確認する。



「……午後の2時だぁ。ちょっと、寝すぎたかも」

「……まあ、昨日は寝た時間が時間だしな」

「……白がエッチだから」

「またそうやって人のせいにする」

「人のせいじゃなくて、本当のことだもん。全然やめてくれないし………」

「唯花さん?そうやって人を煽るのはよくないですよ?」



精いっぱい我慢しようとしているのに、この彼女さんは意地悪な笑みを浮かべたまま、もっと俺に密着してくる。



「ふうん、ダメなんだ?人を煽るのは」

「……またやられたいのか?」

「やぁん、怖い~誰か助けてぇ~~ひひっ」

「………………あのさ」

「彼女に手錠つけて、目隠しして、そんなに楽しかった?」

「………………………………………………」



黙っていると、唯花が俺の頬を撫でながら言ってくる。からかうような笑顔をしたまま。



「昨日の白、本当ヤバかったよね。私がいやいや言っても全然止めてくれないし、手錠外してと言ってもずっと外してくれないし……耳も両手でふさがれて。私、本当に大変だったからね?」

「……煽るなって、言ったよな?」

「泣いても許してくれないし、最後に密着エッチする前は本当ベッドヤクザだった。前からエッチなのは知ってたけど、昨日は特に――――んむっ、ちゅっ」



罰のつもりで唇を塞いだんだけど、俺の彼女さんは待っていたとばかりに俺の首に両腕を回してきた。


お互いをついばむようなキスをしていると、いつの間にかまた俺が唯花を覆いかぶさる体勢になってしまう。


それでも、唯花は笑いながら俺の腰に両足を回してから言ってきた。



「……お仕置き、して?生意気な彼女のこと、もっともっと懲らしめて?」

「……やっぱり、どう見てもエッチなのはそっちだろ」

「誰のせいでエッチになったと思ってるのかな~ふふっ、ちゅっ」



……お前は昔からエッチだっただろう。俺をモチーフにエロい小説何作も書いてたヤツがよく言うわ。


結局、俺たちはまたカラカラな喘ぎ声を出しながら、ヤってしまった。





そして、行為が終わってから2時間くらいが経った午後。



「……唯花さん?」

「うん?」

「なんで俺の上に座ってるんですか?」

「私が白のモノだから?」

「俺のモノなのに、俺の言うことは聞かないんだな?」

「あなたが、私のモノでもあるし」



一緒にお風呂に入って、コンビニの弁当とお惣菜でペコペコだったお腹も満たして、シーツもちゃんと取り替えた後。


ようやく平和が訪れたと思いきや、唯花はしれっとした顔のまま俺を離してくれなかった。俺が部屋の椅子に戻ってスマホをいじっていると、唯花が知らん顔で俺の膝の上に腰かけて、体重をかけてきたのだ。


おかげで、俺は後ろ倒しになっている状態で唯花を両手で抱きしめていた。椅子を高いヤツに変えて正解だったかもしれない。



「ていうか、責任取ってよ。私の性癖、あんたのせいで完全に拗らせちゃったじゃん」

「そんなに気持ちよかったのか?アイマスクと手錠」

「………………………………バカ」

「…………俺は完全にSだと思ってたけどな。お前の性癖」

「こっちだって同じよ、私も完全にSだと思ってたから……」



……昨日のエッチで気づいたことだけど、唯花は案外M気質の持ち主だった。本人曰く、乱暴にされる方がそそるらしい。



「……もう、あんたのせいで完全にヘンタイになったじゃん。責任取れ」

「いや、お前がヘンタイなのは昔からだろ?エロい小説もいっぱい書いてたやつがよ~~さすがにここまでとは思わなかったけど」

「むぅ……ヘンタイはそっち。私は、ただ………愛されて嬉しかっただけだし」



自分のお腹に回されている俺の手を撫でながら、唯花が拗ねたように言う。



「………嬉しいって、拘束されるのが?」

「バ、バカ!そうじゃなくて……なんか、ちゃんと求められてる感じがしてゾクゾクしたの。白、普段はあっさりしてるのにエッチな時だけ人が変わっちゃうから」

「えっ……そんなに乱暴だったか?もしかして傷ついたり?」

「いやいや、その優しさの上での乱暴だから。説明が難しいけど、とにかく好きな人に求められる感覚は好きというか……あなたも私と同じ気持ちだったんだって知れたから、やっぱり嬉しかった。すごく」



…………そう言われると確かに、昨日はとんでもないことを色々と言っちゃった気がする。


こっちこそ昔から大好きだったのに何言ってんだ、お前こそクラスの人気者だったから大変だったんだぞ………そういう、積もりに積もった不安や恥ずかしい思いをたくさん口走ってたから。


……ヤバい、思い返したら恥ずかしくて死にたくなってきた。



「……忘れてくれ」



そう言って唯花の首筋に顔を埋めるけど、唯花は笑いながら首を振るだけだった。



「やだ、忘れない。もう絶対に忘れない。おばあちゃんになるまでずっと覚えて未来の孫たちに語り継いでやるっ。ふふふっ」

「ああ……言うんじゃなかった。マジでダサすぎる……」

「ううん~~?私はよかったけどね。ああ、白もちゃんと嫉妬してくれてるんだ~~と知れたから」

「……こん、の」

「やぁん、目つき怖い~~きゃぁ~~私、また襲われちゃう~」



………こいつ、マジでキャラ変わりすぎだろ。



「それ以上言ったら、マジでお仕置きだからな?」

「………ふうん、また確かめたいんだ?私が自分のモノだって確かめて、どこにも行かせないつもりなんだ………?」

「……少しは怖がれよ。なんで期待してんだよ」

「だって、私……あなたの女だもん。あなたにされることなら、もうご褒美にしかならないから」



……………こいつは、知っている。


俺が、嫌に思えるほど乱暴な真似をするのはできないと知っている。昨日のセックスしている時だって何度も痛くはないか、手首は大丈夫かと状況にそぐわない言葉をたくさん言ったから、それで確信が立ったのかもしれない。


唯花の言う通りだった。俺は唯花に対して高圧的な姿勢を取ることはできないし、取りたくもない。


だから、こうして煽ることもできるのだ。俺はこいつのことを大切にしか扱えないから、乱暴な真似ができないから………それは嬉しくもあったけど、少しだけ恨めしいことでもあった。



「……ふうん、そっか」

「そう、そう……えっ、ちょっ。きゃぁっ!?」



だから、俺も余裕ぶっているこいつになおさらムカついて。


お姫様抱っこをしたままベッドまで移動した後、すぐこいつを組み伏せた。



「―――んむっ!?んん、んちゅっ、ぷはっ、え、えっ!?あ、んむっ……んむぅううっ!?!?」



体が敏感な唯花は、キスと数回のボディタッチで簡単にスイッチが入ってしまう。直接手を滑り込ませてあそこを刺激してやると、唯花は分かりやすいように体を弓なりにして反応する。


そして、いつも瞳からとろける。ちょうど、こんな風に。



「ふぇえ……し、しろぉ……」

「……お仕置きだからな」

「っ……や、やだぁ……優しく、優しくして………ちょっ!?んちゅっ、ちゅっ……んんんん!?!?」



また子供のように抱きついてくる彼女さんを抱き返しながら、俺は唇を貪っていく。


結局、俺たちは夜になってからまたシーツを取り換えてしまった。

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