74話  続きは家で

桑上くわかみ 奈白なしろ



「……んん」



……眠い。というか、少し暑い。ずっと何かに抱きつかれているような……ああ。


そっか、百銀色の髪の毛を見てようやく今の状態を悟る。どうやら、唯花はまた俺に抱きついて寝ているみたいだった。


首元に規則正しい息遣いが届いてくすぐったいし、髪も少し乱れているし。



「……ったく」



幸い、お風呂に入ってから紗耶香さんたちと一緒に飲んだので体がべたべたすることはなかった。でも、やっぱり口臭とかアルコールの匂いとかは気になるから避けていたのに……俺の彼女さんはどうやら、少しも気にならなかったらしい。


それが純粋に嬉しくて、怖いくらいの愛情で、もっとなにか応えるべきではないかと思ってしまう。



「すぅ……すぅ……」

「………………」



でも、まあ……今はとにかく唯花の寝顔をゆっくり眺めることにするか。


彼女さんの背中に手を回してもっと抱きしめていたところで、もぞもぞと体が動いた。同じく抱き返されると思ったら、ふと声が響く。



「眠い………」



意識がまだ完全に戻ってはいない、だいぶぼやけている声だった。



「もっと寝ててもいいぞ」

「うん……そうする……」

「……匂い、大丈夫だったか?」

「うん……私もすっかり寝落ちしたから。ふぁあ……んん……しろぉ……」

「うん?」

「家に帰ったら、ダブルベッド買おう……?」



……こいつ、これからもこうやって一緒に寝るつもりなのか。



「毎晩襲われそうで怖いけど」

「じゃ、毎晩襲われてよ……いいでしょ?私のモノだし」

「俺、明日から出社しなきゃいけないんだが?」

「頑張れ~私の彼氏~~」



茶目っ気たっぷりなことを言って、唯花は笑顔のまま私を見上げてくる。俺は少し身をよじらせながらも、眉根をひそめて言った。



「……もう起きたのならこの腕を解いてもらっていいですか?」

「ううん~?そんなつれないことを言う彼氏にはお仕置きだからね?」

「せめてブレスケアだけ……あ、ちょっと。抱きつくな……!」

「やだ、ダブルベッド買うと言ってくれるまで放してあげない~~」

「いや、そもそも買うとしてもどこに置くんだよ……お前の部屋には本棚いっぱいだから普通に無理だろう?」

「よく分かってるじゃない。白の部屋に置けばいいでしょ?荷物少ないし、布団もそこにあるし」

「俺の個人空間をなんだと思ってるんだ!とにかく、放せ……!」



というか、抱きしめる力が強すぎて衝撃がもう骨にまで来ている。よほど一緒に寝ることに憧れているのか、唯花は俺の胸元で頬をスリスリしているだけだった。



「分かった、分かったから!とりあえず、この話は家に帰ってからにしよう。いいな?」

「むぅ……白は私と同じベッド使いたくないわけ?」

「…………………………」



……こいつ、男をなんだと思っているのか。いや、ここまで来たらもうなめられているとさえ思ってしまう。


俺だって立派な男だ。好きな人がすぐ隣で寝ていたら何も思わないわけがないし、それが毎晩続いたらもちろん……色々と我慢もできなくなる。


その証拠に、俺の体には今、男の生理現象というヤツがはっきり起きてしまっていた。それを唯花に気付かれないために身をよじったり、放せと言ったりしてたけど。



「……ふふん、こんなに膨らませておいて。それでもまだ私と一緒に寝たくないんだ?」

「っ………!」



唯花はそんな俺の反応を楽しむかのように、俺の股間に手を滑らせてぎゅっと握り締めてくる。


さっきまで眠気に襲われていた顔は、すっかり興奮して赤く染められていた。



「お前、さすがにここじゃダメだろ……!」

「……そんなことくらい分かってる。私もここでするつもりはないし」

「なら、とっとと――――」

「力で突き放せばいいじゃん」



手を離せ、という俺の言葉を飲み込むように、唯花が言い切る。



「本当にダメだと思ってたら、力で振り払えばいいじゃん……分かってるでしょ?私、あなたに力で勝てないよ?エッチする時もずっとあなたに攻められてたのに………なのに、なんで一度も乱暴にはしないのかな?私のこと大切にしたいから?それとも………実はあなたも、期待してるから?」

「……………っ!」

「……ふふっ」



耳元でそんないやらしい言葉をゆっくりとささやかれて、体が大きく震える。唯花はその反応さえ楽しむようにそっと手を離して、またもや囁いてきた。



「……続きは私たちの家でしようね?旦那様?」

「……………………」

「ふふっ……先に失礼しま~す」



最後まで余裕たっぷりな笑みを湛えながら、唯花はそっとベッドから離れて部屋を出ていく。お預けを食らった俺は、自分のモノが萎むまで待つしかいなかった。


……………本当に、俺の彼女ながら卑怯だと思う。


なんなんだ、あの色気は。普段は幼稚園児みたいに分かりやすく嫉妬するヤツが、急にあんな態度で攻めてくるなんて……ああ、くそ。


なんだか、形こそ違うけどどんどん唯花が書いた小説の登場人物みたいになって行く気がする。唯花に囚われて、何もかも許してしまって、一生傍から離れられない……そんなダメ男になってしまいそうな予感。


俺は吐き捨てるようにつぶやきながら、まだ唯花の香りが残ってるベッドで大きくため息をついた。



「旦那様ってなんだよ、旦那様って………はあ」



……嫌な表現でもないし、いずれは唯花にそう呼ばれたいと思ってもいるけど。


でも甘い声で囁かれたせいか、その旦那様という3文字が、中々耳から消えてくれない。必死にその言葉と興奮をかき消そうとしている際に、リビングから声が聞えてきた。



「あら、おはよう、唯花ちゃん!白はまだ寝てるの?」

「はい、お寝坊さんですからね~~ふふっ」



…………………あいつ。


絶対に、後でめっちゃくちゃにしてやる……。

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