73話  愛の大きさ

夏目なつめ 唯花ゆいか



「うぁあ……頭痛い」

「もう、本当バカ……!遠慮してもいいって何度も言ったじゃん!」

「いや、亮さんが飲んでるのに俺が遠慮するわけにもいかないだろ……」

「変なところで律儀なんだから、もう……!」

「ふふっ、いいわね~~この構図も」



久々に開かれたホームパーティーは、時間が経つにつれて単なる酒場みたいになってしまった。


ビーフシチューをメインにした料理を食べ終えて、第2幕はお父さんたちの世間話と私たちに対するアドバイス。正直、シチューを食べていた時もお父さんはぐびぐびとビールを飲んで白に何度かお酒を勧めていたから、嫌な予感はあった。


でも、まさかあそこまで飲むなんて……!私は元々酒が弱いし、酔ったらすぐに白に抱きつくから自制してたけど、お父さんは白と二人きりで700ml を超える強い焼酎を飲み干したのだ。


おかげで、お父さんは完全にKO。お母さんに背中をひっぱたかれながら寝室に運ばれることになって。


そして、辛うじて勝利を収めた白は私に支えられながら、静華おばさんと一緒に自分の家に戻っているのだった。



「ごめん。さすがに飲みすぎたわ……」

「もう……吐き気はないよね?このまま部屋に行くわよ?」

「ああ、お願い……」



おばさんが家のドアを開けてくれて、私と白はそのまま部屋に直行。それからは白をほとんど投げるようにしてベッドに横たわらせる。



「ふぅ……あっ、ありがとうございます。おばさん」

「いえいえ、唯花ちゃんこそありがとうね?うちの息子の世話を焼いてくれて」



もうドロドロに酔った白は深く息を吐きながら、腕で目元を隠している。そして私は苦笑しながらもその懐の中に潜りたいと思ってしまう。


今日はほとんど白と二人きりになる時間がなかったから、酔った状態の白でも一緒にいたい。ちょうどベッドも大きめのサイズだし………。



「唯花ちゃん?後は私に任せていいから、もう帰ってもいいのよ?」

「あ、その………い、いや!違くて………その、なんというか……」

「あらあら~?もしかして一緒に寝たいとか?」

「………………………そ、その」

「………えっ、図星だったの?ごめんなさい。あくまでからかうつもりで言ったのに……」



お酒のせいかもしれないけど、おばさんは若干頬を染めながら困ったような顔を浮かべている。


ううっ、恥ずかしい……こんなの、やっぱりおかしいよね。いくら彼氏でもお酒飲んだ人の隣で寝たいだなんて、普通は思わないよね。


うん。今日はもう諦めてお暇しよ……そう心で決めていた時。



「もしよかったら、ウチで泊って行かない?」

「えっ!?」



考えもしなかったおばさんの発言によって、私は目を見開いていく。



「だ、大丈夫なんですか!?その、もちろんやましいことは一切するつもりないんですけど……」

「別にいいんじゃないかしら。むしろ唯花ちゃんこそ大丈夫?あの子、もしかしたら吐いちゃうかもしれないわよ?」

「あはっ、あははっ………」



……さすがに、あれだけ酒を飲んでたから可能性がないとは言い切れない。さすがの私でもそれはちょっとキツイけど、でも……。



「白の言葉を、信じます……吐き気はないって言ってたから」

「こ、これが愛の力なのね……私でも無理なのに……あははっ」



白はベッドで横になった途端にもう寝ちゃっているみたいだし、途中で水もちゃんと飲んで色々とペースを落としてたから……大丈夫かもしれない。お父さんはがぶ飲みだったけど、白はお父さんに合わせながらも器用に自分のペースで飲んでたし。


もちろん、飲んだお酒の量はどちらともヤバかったけど……。



「それじゃ、分かったわ。私は紗耶香に連絡した後に奥の部屋で寝るから、何かあったらすぐ起こしてね」

「あ、はい!おやすみなさい、おばさん……」

「うん、唯花ちゃんもおやすみ」



満面の笑みを湛えたおばさんはもう一度私をぎゅっと抱きしめてから、再び言ってくれる。



「おやすみなさい」

「………はい!」



その些細だけど暖かい行動が、本当におばさんに認められた気がして、声が舞い上がる。


ドアが閉ざされた後、私はさっそくベッドには行かず、部屋の椅子に座ってから徐々に白に近づいた。


寝ていると思ったのに、白は二人きりになった途端に体を起こしてから苦笑してくる。



「……俺が、下で寝る」

「………………え?」

「いや、一緒に寝たらお酒臭いだろ?」

「……お酒臭さを耐え忍んで一緒に寝るのが愛なの」

「……変な匂い嗅がれたくないんだよ」

「ちゃんと意識があるようでよかったね。寝てる間に吐かれたりはしなさそう」

「さすがにそこまでは行かないけど……今もちょっと頭がジンジンするんだよ……はあ」



……お酒強くない?お父さんはもうドロドロに酔ってたのに、体質のせいで顔が赤くなるのを除いたらもう強いとしか思えないけど。



「てか、起きてるならなんでおばさんと話している時に、なにも言わなかったの?」

「…………………」

「正直に言いなさい。あなたも私と一緒に寝たかったでしょ?そうでしょ?」

「……うるせ~な。母さんに余分のお布団もらってくるから、ちょっと待ってろ」

「えいっ」

「うわあっ!?!?」



どうやら私の彼氏さんは物わかりが悪いようで、直接体で教えてあげることにした。


ベッドから出ようとしている白の腕首を掴んで、私はそのまま白を押し倒す。


白の上に跨ったまま、私は体重をあまりかけないように注意しながら、白に顔を近づける。



「なんでツンツンするのかな~~実は私と同じベッドで寝たいくせに」

「……お酒臭いのは、俺が嫌なんだよ」

「……本当バカね」



私は、唇の代わりに白のおでこにキスしながら言う。



「私、昔は調教ものの小説書いた作家なんだよ?男を調教して自分のモノにするってことは、その男のすべてを愛するってことなの」

「いや、だからってこんな匂いを我慢する必要はないだろ……」

「誓って言うけど、今もいい匂いしかしないから」



……そう、私は白の匂いが好きだ。


目も好きだし、声も好きだし、こうして私に気遣ってくれるところも好きだし、匂いも好きだ。白の汗の匂いが滲んでいるシャツでオナニーまでしちゃったんだから、お酒の匂いと比べてもそこまでヤバくはないと思う。


どうせ、私はこの男のすべてが好きになったんだから。



「早く観念しなよ。じゃないと、キスするから」

「……罰ゲームにキスか?」

「ご褒美と言いたい?じゃ、キスしない」

「……そ、その方がいいだろ?ブレスケアも飲んでないし、お願いだから―――」



……やっぱり、この男は何も分かっていない。


私の愛がどれだけの大きさなのか、この男はまだ分かっていない。白は私に嫌われたくなくて遠慮をして、いつだって気持ちを汲んで立ち回ろうとする。


でも、私は白が思っている以上に白のことが好きで……これも、いわば氷山の一角に過ぎない。


この膨大な気持ちは言葉では表現できなくて、このキスさえも表面をなぞることに過ぎない。でも、それが嬉しかった。


気持ちの表面だけでも、ちゃんと熱いから。



「んんっ、んむっ……ゆい、か……」

「あむっ、ちゅっ、ちゅるっ、んんっ、ちゅぅっ……ふふっ、どうよ。私の愛」

「…………っ」



白は普段ならほとんど見せない、羞恥心に満ちた顔でまた目元を腕で隠す。



「バカだろ、お前………」

「うん、バカかも。でも、あんたが私をバカにさせたんだからね?」

「なんでだよ……ていうか、引き出しの中でブレスケアあるからそれ持って来な。このままじゃ口臭マジできついから………」

「うん~~やだもん」



白の上に跨るのをやめて、私は白と横になってから立ち上がれないようにその体に抱きつく。季節が夏に近づいているせいか少しだけ熱いし、アルコールの匂いもするけど、白の息遣いと匂いだけで不愉快が全部かき消されていく。


私は今、桑上奈白を愛している。


それだけでも、私が笑う理由になった。



「白」

「……なんだよ」

「好きだよ」

「…………………………俺も」

「ふふっ、おやすみ」

「ああ、くそ………はあ、おやすみ」



最後まで白は納得できなかったようだけど、アルコールが回っているせいかすぐに規則正しい息遣いをし始める。


私はその寝顔を何度も目に焼き付きながら、そっとリモコンで部屋の電源を消した。

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