72話 結婚する気はあるのか?
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母さんと唯花が何を言ったのかはよく分からない。
でも、母さんとの話し合いを終えた唯花の表情がすごく嬉しそうだったから、少なくとも反対はされてないのだろう。俺は胸を撫で下ろしながら、無事に夕食の時を迎えた。
久しぶりに、俺たちの家で行われたホームパーティー。
そして、俺は同時に…………人生最大の危機を迎えていた。
「………………」
「ははっ、はっ………」
唯花は紗耶香さんとお母さんに花嫁授業を受けると言って、キッチンであれこれ言いながらざわざわしている。
自然と、リビングのソファには俺と亮さんしか残らなくなって……俺は目も合わせられずに、ぎこちなく笑うしかなかった。
でも、亮さんの顔はもう険しさを象ったような様相で、俺を逃がしてくれない。
「……奈白、一つ聞きたいことがあるんだが」
「あ、はい!なんでしょうか」
「……お前、唯花と結婚する気はあるのか?」
「っ……!?」
い、いきなりド直球すぎるだろ……!俺たち、まだ付き合って半年も経ってないのに!?
「………………………………えっ、と」
……でも、どうせ今の俺には唯花しかいない。俺がもし結婚をするとしたら、その相手は間違いなく夏目唯花だ。
だから、俺は緊張しながらもそのことを告げる。
「は、はい。今はまだ無理かもしれませんが、いずれは唯花と結婚するつもりでいます」
「………こんの!小さい頃から薄々気づいてはいたけど、このガキ……!」
「ひいっ!?」
地獄みたいな声と共に肩を掴んでくるんだから、自然と体がこわばってしまう。
でも、亮さんはふうとため息を零して手を離し、嘆くようにつぶやいた。
「はああ……そうか、結局はこうなったか……」
「は、はい……?」
「お前と唯花のことだ。まあ、昔から分かってはいたからな……こうなるかもしれないと」
「えっ?そ、それは……」
「奈白」
言葉を切って、亮さんはさっきよりは余裕のある顔で俺をジッと見て来た。
「我が娘だけど、唯花は我がままで子供みたいなところがある。付き合うとしたらこれから大変なことになるぞ」
「あ、はい……」
「まあ、その代わりすごい別嬪で根が優しくて遺伝とは思えないくらい髪も綺麗で声もよくて作家やって俺よりよっぽど稼いでいるけどな。そう、誰にも渡したくない自慢の娘ではあるが………はああ、お前になら仕方ないだろう。あの子はもう20年近く、お前のことが好きだったから」
「……………………………」
ヤバい、唯花を語る時の亮さんの目がヤバかったぞ。この人、昔もよく唯花を溺愛してたけど家を出てからもっとヤバくなってないか……?
もし唯花を泣かしたりでもしたら、本当に危ないことになりそうだ。
「奈白」
「あ、はい」
「人間はいつ死ぬか分からない」
「……………………はい?」
「俺も、和樹とあんな風に別れることになるとは思わなかった」
急に父の話を持ち出されて、引きつっていた顔が驚きへと変わる。亮さんは苦笑をしながら、俺の顔をジッと見つめていた。
「交通事故。まさか、テレビのニュースで報道されるような事件が自分の身の回りに起こるとはな。訃報を聞いたあの瞬間でさえもよく受け入れられなかったよ。なにせ、事故があった先日までも、俺はあいつと酒を飲んでいたからな」
「…………………」
「繰り返して言うが、人間はいつ死ぬか分からない。だから、唯花といる時間を大事にしておけ。まあ、死んだあいつにそっくりなお前なら、言わずとも上手くやっているだろうけど」
「…………………………亮さん」
俺は正直、かなり驚いていた。昔から俺にとって亮さんは厳しくてぶっきらぼうな、どこか近寄りがたい人だったから。
もちろん優しくしてもらったし、毎年俺に誕生日プレゼントもくれたりしてたけど、やっぱり亮さんは紗耶香さんよりはとにかく距離がある人だった。
でも、こうやって亮さんが腹を割って重い話をしてくれたのは初めてかもしれない。
「……どこの馬の骨かも分からないヤツに唯花をあげるより、お前の方がよっぽどいいだろう。ああ、仕方ない……仕方ないけど……くそぉ」
………このキモいくらいの愛情で、さっきの格好良さも台無しになるけどな。
少しだけ呆れていたところで、エプロンをした唯花が急に姿を現す。
「白~~お酒飲む?お土産にもらったお酒があるみたいで……って、お父さん!!また白をいじめたんでしょ!?」
「い、いやいや違う!!俺は、あくまで少しばかり助言を……!」
「ああ、もう……!そういうこと要らないから、もう白をほっといてよ!なんでそんなに白をいじめるの!?言っとくけど、お……お父さんになんて言われようが、私は絶対に白と一緒にいるんだからね!?」
「く……くぁ……」
……うわぁ~~すごいド直球な告白。これはさすがの俺もドキドキしちゃうな……。
「もう……ほら、立ってよ。お父さんにいじめられるより、私と一緒にいる方がいいでしょ?」
「あ、いや。でもキッチンには紗耶香さんとお母さんもいるし、俺が行っても別に……」
「…………………バカ」
唯花は手をぎゅっと握り締めて俺を無理やり立ち上がらせたまま、言ってくる。
「好みの味付け、教えてよ……それ、覚えなきゃでしょ?」
「あ………あぁ……」
その言葉と仕草はもう、彼女というより新婚さんに近い気がして。
娘のその姿を目の当たりにした亮さんは血反吐を吐くくらいの勢いでやられながら、ほとんど気絶しかけていた。
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