71話  ずっと一緒にいられるように

夏目なつめ 唯花ゆいか



がやがやとした雰囲気も、墓地に近づくにつれて静けさを取り戻す。まだ午前中だから日は高くて空も抜けているけど、私たちが今いる場所は故人たちが眠っている場所だから。


駐車場に車を停めてどちらからともなく車から出て、白とおばさんは予め準備しておいた花や線香を取って墓場に向かう。私たち家族は二人を追いかけながら、沈黙を保っていた。


やがて、桑上和樹かずきと文字が彫られている墓石の前で、私たちの歩みが止まる。



「来たよ、和樹さん」



おばさんが言って、続いて白が苦笑しながら言い伝えた。



「久しぶり、父さん」



二人が墓石をタオルで拭くのを眺めながら、私は昔のことを思い出す。


正直、和樹おじさんが死んだ時には私も白も幼くて、親が死ぬという出来事の本質をちゃんと分かっていなかった。


でも、私たち二人とも死が悲しいことなのは分かっていたから、葬式でいっぱい泣いたのだ。当時お父さん子だった私は白が泣く姿を見て、同じく悲しくなってしまって……子供同士なのに抱き合いながら、一緒に何度も泣いていた。


それから、お母さんの配慮で放課後に一人だった白がウチに来る頻度が増え、私は自然と白を好きになって行った。そして今になっては、白がいなきゃ生きられない人間になっている。


そんな人をこの世に送ってくださった、白のお父様。



「…………………」



目礼をしながら、何度も言う。心の中で何度も語り掛ける。


責任を持って、息子さんを幸せにしますと。まだ未熟物ですが、息子さんに似合うような立派な人間になりますと。


ありがとうございます、私の大切な人のお父さんになってくれて。



「……………………一生、大事にしますから」



お墓参りが終わってからはみんな車に乗って、レストランに向かっていた。静けさを取っ払ってまたいつもの賑やかな雰囲気が訪れた中、隣に座っていた静華おばさんが急に私の腕をトントンと叩きながら、目配せをしてきた。



「唯花ちゃん。この後に時間ある?」

「えっ!?そ、それはもちろん、ありますけど……」

「それじゃ、ちょっと時間を借りてくれないかしら」



その言葉に真っ先に反応したのは私じゃなくて、運転している白だった。



「はあ!?ちょっ、な、なにするつもりなんだよ!」

「あら、あなたはちゃんと運転に集中しなさい?場所は……そうね。うちでいいんじゃないかしら、ふふふっ。紗耶香、いいよね?」

「もちろんですとも~~好きなだけこき使っていいわよ?」

「ちょっ、紗耶香さんまで……!」



……おばさんの口調から察するに、これはどう見ても個人面談みたいな雰囲気だ。もちろん、おばさんに嫌われてはいないと思うけど……ううっ。


……一体、どんな話をされるんだろう。


お昼ご飯のためのレストランに向かいながら、私はずっと緊張しながら頭をひねっていた。





そして、訪れたおばさんとの対面の時間。



「はい、どうぞ」

「あ、あ、ありがとうございます……!!」



私の家じゃなくて、白の家に呼び出された私はリビングでぎちぎちに固まりながら、テーブルに置かれた紅茶を眺める。おばさんはいたって微笑ましい顔で、ジッと私を見つめていた。


ううっ……やっぱり、緊張しちゃう。怖いよ……白もリビングから追い出されたし、ここは完全な閉鎖空間……!


どうしよう、もし別れなさいって言われた日には……!



「わ、わたし頑張ります!!今以上に仕事も増やしますし、料理もちゃんと練習しますし、とにかく白の隣にいられるように頑張りますから!!!どうか、どうかお許しを……!」

「ええっ!?ど、どうしたの、唯花ちゃん?あ、頭を上げて!?」

「で、でもおばさん、私を一人呼び出したってことは……お、お別れの話とか……」

「全く考えてないから!!もう、この子ったら……昔はもうちょっと清々しかったのに、どうしてこんな風になっちゃったのかしら、ふふふっ」



おばさんはあくまで暖かく笑っているだけだった。ふう、と心の中で安堵の息を吐いて、顔を上げたその瞬間。



「ありがとうね、唯花ちゃん」



今度はおばさんに頭を下げられて、私はあわあわしながら必死に両手を振ってしまった。



「な、な、なっ……!か、顔を上げてください、おばさん!お願いですから、顔上げてください………!!」

「いえいえ、不束者の息子をもらってくれる人だもの。これくらいの感謝は当たり前でしょ?」

「お願いです、お願いですから顔を上げてください……!ううぅう……!!」



さすがに私が困っているのを感じ取ってくださったのか、おばさんはおもむろに顔を上げて再び微笑む。


私は体をぶるぶるさせながら、緊張しているだけだった。



「ふふっ、ごめんなさい。つい嬉しくて」

「そ、そうですか……で、でも頭を下げるべきなのは私の方なのに……!」

「いいの、いいの。正直に言っちゃうと、私もけっこう不安だったんだよね。うちの息子ったら、いつまでも二の足を踏んで唯花ちゃんを一度逃しちゃうし、せっかく大学まで行ったのに彼女一人も作らないから。本人にちょこっと聞いても恋愛に興味ないって言われるだけで、大学を卒業した後にはもう諦めかけていたの」

「は、は………」

「でも、急に唯花ちゃんと一緒に住むって言うんだから、本当に嬉しかったのよ。そして……どうやら、今度はちゃんと尻込みせず、男らしく振る舞ったようね、ふふっ」



おばさんの声にはあくまで温もりと、私たちの交際に対する嬉しさしか感じ取れない。


変に皮肉を言う方でもないから、固まっていた心が少しずつほぐれ始める。



「でも、唯花ちゃん。ウチの白で本当に大丈夫?あの子は基本ぶっきらぼうだし口数も多くないし、あんまり面白くないわよ?」

「あ、大丈夫です!それは全然……大丈夫です。ぶっきらぼうでもちゃんと大事な言葉は言ってくれるし、口数は……むしろ、昔よりだいぶ増えた気がしますから」

「えっ、そうなの?あはっ、唯花ちゃんと一緒に暮らしているからかしら」

「たぶん、大学でコミュ力磨いたんだと思います……私も最初はびっくりしましたからね。昔の口下手なところがほとんどなくなってて」

「そっか……あの子も変わったのか」



おばさんは感傷に浸るようにつぶやいた後に、リビングのドアの方をジッと眺める。


まるで、部屋で悶々としているはずの白の姿を想像するみたいに。



「ごめんなさいね、圧をかけたようになってしまって。息子の恋愛事情にはなるべく口を挟まないようにしてるけど、どうしても唯花ちゃんと二人きりで話がしたかったのよ」

「あ、大丈夫です!!私も、おばさんとこうして会話ができて、嬉しいですし……」

「本当?ふふっ、よかった」



その言葉を発した後、おばさんは少しだけ真剣な顔になって言葉を加える。



「唯花ちゃん」

「はい」

「これからも、白をよろしくね?」



咄嗟に言葉が詰まってしまう。返さなきゃいけない感情はいっぱいあるのに、頭が真っ白になってどの言葉も確かな形にならなかった。


それでもおばさんは、慌てている私をなだめるように暖かい言葉を送ってくださる。



「もし白のせいで泣くことになったら、ちゃんと私に言うのよ?その時はあの子をびしっと叱りつけてあげるから。まだ至らないところの多い息子だけど、これからも一緒にいてくれると嬉しいな」



……………………違いますよ、おばさん。


至らないところが多いなんて、不束者だなんて。白にはそんな言葉、似合いませんから。


あいつはとても優しくて、暖かくて、素敵で、こんな私を全部受け入れてから包んでくれる、世界一格好いい男ですもん。


私の人生最初で、最後の男なんですから。


でも、やっぱりその言葉を並べるのはさすがに恥ずかしくて………私は、そのあらゆる感情を凝縮して伝える。



「……ありがとうございます、おばさん」

「はい、ふふっ」

「……私もずっと白と一緒にいられるように、頑張ります!」



形容しがたいものがぐっと込み上がってくる。おばさんに認められたという事実だけで嬉しくなって、白に抱きつきたくなる。


本当に、ヤバい。こんなに幸せでもいいのかなと思っちゃうくらい、この温もりが怖い。


でも、その怖さがなくなるまで、また頑張らないと。


そう噛みしめながら、私はおばさんに深々と頭を下げた。


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