70話  私の白

桑上くわかみ 奈白なしろ



あっという間に時間が過ぎて、ついにお墓参りの日がやってきた。


俺と唯花は、朝の電車に揺られながら実家に向かっている。家からそこまで遠くもないし、そもそもお互い実家が隣同士だから二人で一緒に行くのは必然的なことだった。


でも、その同行もマンションの入り口にたどり着くまで。同じマンションに住んでいても、家は違うのだ。



「………………………」

「頬が風船になってますよ、唯花さん」



俺の彼女さんはどうしても離れることが受け入れられないらしく、パンパンに頬を膨らませて無言の抗議をしている。


その仕草が可愛いと思いながらも、俺は唯花と一緒に実家のドアの前にたどり着いた。



「どうせ2時間ちょっとでまた会えるだろ?」

「……お墓参り行ってきたら会えないじゃん」

「おかしいだろ、これ……俺が会社に行ってる時はどんな思いで耐えてたんだ」

「それは、仕方ないことだから……」

「これも仕方ないことだろ?お互いちゃんと家族があるんだし」

「………………………………………」



理解はできるけど納得はできないといった微妙な顔。すぐに抱きしめて機嫌を取りたいけど、今回ばかりはどうしようもない。


当たり前だけど、俺にとっては母さんも唯花並みに大切な存在だ。父が亡くなった後に一人で俺を育ててくれた人だから、もちろん尊敬もしている。


それをよく知っているはずだから、唯花もさして反論はできないのだろう。結局、唯花も諦めるしかなかった。



「……分かった。ごめんね、我がまま言って」

「ふふっ、じゃまた後でな」

「あ、白」

「うん?」



呼び止められて振り返った瞬間、もう慣れた感触が俺の唇を覆ってくる。柔らかいキスは熱を確かめるようにちょっとだけ続いて、すぐに離れた。


唯花は俺の肩を掴んだまま、ぽんと俺の胸元に自分の額を当てる。すぐに、別れを惜しむような声が聞えてくる。



「……今日の分のキス」

「あ、あ……………うん」

「電話するから、ちゃんと出てね?」

「どうせ、電話したら会いたいって駄々こねるつもりなんだろ?」

「……察しのいい彼氏は嫌いですぅ」

「ぷふっ、分かった。明日はとっぷり甘やかしてあげるから、今日だけ我慢な」



本当に、可愛らしいというか子供みたいだと言うか……とにかく大変だ。でも、俺は子供じみている唯花が嫌いじゃないし、変わって欲しくもないと思う。


唯花は一回大きく深呼吸をした後に、顔を離して笑ってみせた。それから自然と手を離して、それぞれの家のドアの前に立つ。


唯花が先に家に入るのを見て、鍵を差し込んで自分の家に入ったその時――――――



「………………久しぶりだな。奈白」

「あ、はぁ………は、は?え、えっ!?!?りょうさん!?」

「貴様ぁ……!よくも、よくも我が娘を………!」

「ははっ、はっ……ちょっ、き、聞いてください。亮さん!!違います、違いますから!!」

「何が違うって言うんだ!!キスという言葉がちゃんと聞こえたというのに、まだとぼけるつもりか!!!」



ああ、そっか。聞かれちゃゃったか~~はははっ………。


ヤバい、これは殺されるヤツだ……!



「ふふふっ、いらっしゃい~奈白君。もう、すっかりウチの娘とイチャイチャしちゃって~~私はと~~っても嬉しいのよ!?付き合って何日目?どこまで行ったの?式の予定は?子供計画は!?!?」

「さ、紗耶香さんまで……!ちょっ、えっ!?ここ、506号なんじゃ……!」

「あら、506号で合ってるわよ?おかえり、白」

「お、お母さん!見てないで少しは助けろ……って、りょ、亮さん?ど、どうしたんですか?急に肩を掴んで―――」

「俺の娘を、よくもぉおおおお!!!」

「はあ~~この人は相変わらずキモいわね。だから唯花に嫌われるのよ?あんた」

「さぁ、紗耶香?出発する前に奥でゆっくりティータイムでもどうかしら」

「あら、さっすが静ちゃん!!!よく分かってるじゃない~~」

「二人とも少しは助けてくださいよ!!!!」



結局、後になって駆けつけてくれた唯花のおかげで、俺は無事に生き残ることができた。






「もう、もう……!お父さんっていつもこんなだから……!」

「うぅ……くすん」

「ほら、唯花。あなたもその辺にしておきなさい?今からお墓に行くんだから」

「うぅう………」



……なんか、助手席で泣いている亮さんが可哀そうになってきた。50を超えた立派な中年男性が娘の言葉でガチ泣きするなんて、普通に悲しいというか……複雑な気持ちになるな、これは。


あの騒がしい一件の後、唯花はもう盛大に怒っていた。もちろん暴言を吐いたり悪態をついたりはしてなかったけど、父親に対する怒りと俺と母さんに対する羞恥心がもう半端なかったらしい。



「ふふふっ、いよいよ付き合い始めたのね、あなたたち」

「は……お付き合い、させていただいてます」



運転をしながら、俺は紗耶香さんの言葉に頷く。後ろの席を映してくれるルームミラーで確認した紗耶香さんの表情は、もう満面の笑顔だった。



「よかったわ~~ふふっ。それで、結婚式はいつ?」

「お、お母さん!!!さっきお母さんがその辺にしとけって言ったくせに……!隣におばさんもいるじゃない!」

「あら、それは私も気になるわね。唯花ちゃん、ウチの白、もらってくれる?」

「えっ!?!?あ、そ、それはもちろん、ですけど………」



……なんてことを言ってるんだ、この母さんは!!敏感な話題をこうもずけずけ言うなんて、デリカシーなさすぎだろ!


ていうか、唯花さん……?俺、運転中ですよ?そんなに素で答えちゃったらもう嬉しすぎてまともに運転とかできないんですけど!?



「くぁあああ………!くぉおおお!!」

「聞いた?亮さん。私たちの娘はもう奈白一筋なのよ。そろそろ娘離れしたらどうなの?」

「くっ、奈白ぉおお……!よくも俺の娘を!!後でお前に話があるからな!!」

「やだ!!私の白に変なことしないでよ!!白は私のだから…………って、ち、ちがっ……!こ、これは!!」

「聞いた、聞いた静ちゃん!?私の白だって、私の!!」

「あらあら、本当に熱々なのね~~よかったわね?奈白。ふふふっ」

「くあっ………わ、わたしの………くぉおお……」



…………ヤバい、運転に集中できる気がしないけど、大丈夫かこれ。


でも、勢いとはいえ彼女さんが言った言葉は確かに俺にも効いていて。


俺は零れだそうとする笑みに必死に耐えながら、大きく深呼吸を繰り返した。

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