69話 悪質な男
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結婚か……その言葉を全く意識してなかったわけじゃないけど、今になって急に現実のように思えてくる。いや、まだ現実でもなんでもないけどね。
でも、私たちって今はもう同棲……しているんだし、結婚してもあまり変わらないんじゃないかな。そんなことをぼうっと思いながら、カレーが入った鍋をジッと眺める。
「結婚……か」
もちろん、私は白以外の男性と結婚するつもりはない。それに、真面目な白があんな風に言ってくれたんだから……間違いなく、私たちは結婚するのだろう。
その時を想像したら、もう笑顔が止まらなくなるけど……うん、ちゃんと頑張らなきゃ。料理ももっと上達しなきゃいけないし、ラノベの仕事もできる限りやって行かないと。お金が益々大事になってくるはずだから……。
その辺りのことを考えていた時、ドアからかちゃりと鍵の音が聞こえた。
「ただいま」
「あ、おかえり!!」
愛おしの彼氏さんは私の姿を見た途端に、明るく笑い始める。私は前掛けをしたまま玄関まで歩いた。
「はいっ、ちゅ~~」
「………キスしないと通れないのか?」
「よく分かってるね。はい、ちゅ~」
「へぇ、キスしなかったらどうなるの……って、んん!?ちゅっ、ちゅっ、ん……」
……本当一言多いんだから。どうせ私とキスするの大好きなくせに。
拗ねた感情をちょっとだけ入れてキスを送ると、白は案の定、顔を上気させていた。
「い、いきなりするのは卑怯だろ!」
「さっさとキスしないあんたが悪い……って!ごめん、先に着替えてて!カレー見ておかなきゃ!」
「……ぷはっ、は~~い」
危ない、危ない……!幸い焦げたものもないし、とりあえず一安心。
そろそろ白が出てくると思ってパックご飯をお皿に盛ってレンジで回していると、白が部屋着姿で現れて手と足を洗ってきた。
その間に、私は料理の準備を済ませて―――私たちのディナータイムが、幕を開ける。
「いただきます」
「はい、召し上がれ~~」
白は満足そうに笑いながら一口頬張ると、すぐに驚いた顔になった。
「えっ、めっちゃ美味しいな。やったな、唯花」
「ありがとう。ふふん~~どうよ、これで高校の時の激辛カレーは忘れられそうでしょ?」
「いやいや、あんな強烈な味を忘れるはずがな―――わ、忘れちゃったな~~このカレー美味すぎて、昔にどんなカレー食べてたのか思い出せないな~~」
「……よろしい」
「どんだけあの時の失敗を根に持ってんだよ……とにかく、本当に美味しいから。素敵な料理ありがとうございます」
「いえいえ、ふふふっ」
いつも向かい合って食事をしてると自然と分かることだけど、白はとにかく食べっぷりがいい。ちょっと微妙な料理も美味しいと褒めてくれるし、今日みたいにちゃんと成功した時は、本当に幸せそうに食べてくれる。
……それが、愛おしい。爆発しそうな愛おしさじゃなくて、身に染みるような愛情。また一枚、白に侵食されていく確かな実感。
やっぱり、考えられない。私はたぶん絶対に、白以外の男とは付き合えないし、結婚もできない。この素敵な幼馴染が、私をそんな風にしてしまった。
……今すぐにでも襲ってキスしたいけど、さすがに食事中は我慢だよね。欲望を紛らわすために一口頬張ってみたら、やっぱり美味しくて自然と笑みが零れ出た。
そのまま食事を全部終えて、デザートにイチゴショートケーキとコーヒーをもらう。
幸せそうに会話をしていた時、白がふと思いついたみたいに拍手を打って、私に聞いてきた。
「そういえば、再来週の週末空いてる?」
「うん?そりゃ空いてるけど、なんで?」
「えっと……実は再来週の土曜日がさ、お父さんの命日なんだよ」
……………あ、そうだ。
「それで、お母さんがお墓参り行くときに一緒に来るのはどうかって聞いてたけど……どうする?」
「い、行く!!絶対に行く、何があっても行く!!」
「うわあっ!?」
いきなりパンと机を叩いたせいか、白は体をのけ反りながら驚く。でも、仕方がないじゃん!白をこの世に送ってくださった大切な恩人だし。私の両親とも古い付き合いだし、行かないわけないじゃない!
「お、落ち着けよ!なんで急に興奮するんだ!」
「いや、こうなるのは当たり前じゃん!おじさんはあなたの生みの親だし…………とにかく、私と一緒に実家に帰るんだよね?」
「ああ、そうだな。そこで日帰りするか、一泊二日にするか悩んでるんだけど……えっと、お前と俺の実家すぐ隣だから、実家で泊っても別にいいよな?」
「……ま、まさか、ウチの両親に挨拶する気……!?」
「いやいやいや、まだ挨拶とか早すぎだろ!?もし泊まることになってもウチで母さんと一緒にいるのが当たり前だろうが!」
「ああ………そうか、ふうん。そうか……」
「……なんでちょっとがっかりしてるんですか?唯花さん?」
……バ~~カ。なんで挨拶してくれないの……ふん。
悔しいけど、白の言葉はどれも納得がいく。確かにまだプロポーズとか婚約もしてないのに挨拶とか仰々しいだけだし、白も久しぶりに
白はおばさんにぶっきらぼうに見えて、めちゃくちゃ親孝行してるし。
でも、その中ではどうしても聞き捨てられない言葉があった。
「じゃ、私は?」
「は?」
「あんたはおばさんと一緒にいるわけでしょ?私は?実家で寝ればいいわけ?」
「あ……うん、そうだな。
「……むぅ~~~~~~~~」
確かに、ウチの父親はもう引くくらい私を溺愛するから反論できないけど……でも、でも!!
「……白は、私と一緒に寝たくないわけ?」
「……いや、そういう問題じゃないだろ」
「私の部屋のベッド、ダブルベッドだよ?二人で寝れるよ?」
「それ亮さんに見つかったら普通に殺されるよな~~ていうか、なにしれっと一緒に寝る前提で話してんだよ!そもそも家が隣だから会いたいと思えばすぐに会えるだろうが!!」
……ほら、この男はいつもこうだ。
私と少しでも離れるのをすんなりと受け入れてしまっている。私は、たった一日も同じ空間にいないと寂しさと会いたい気持ちがバンッて膨れ上がるのに、この男は少しもそう思ってない。
………もちろん、単に私が重いだけなのかもしれない。昔に調教ものの小説を書いてた時から感じたことだけど、私はちょっとこういうところの感覚がズレてるから。
でも、私と白の中で思いの差を付きつけられるようで、落ち着かない。ルールも破ってないのに罰ゲームって言って、勝手に白を振り回したくなる。
「………知らない」
「ああ~~なんでまだ拗ねるんだよ~~」
「知らない。そうね、私も少しは親孝行するべきだよね~~大人しく我慢します、我慢すればいいじゃないですか、ふん」
「………ぷふっ」
そんな、明らかに抑えられていない寂しさを漏れ出すと、白はクスクス笑いながら急に立ち上がった。
「えっ……?あ、んんっ、ちゅっ……」
「……これで少しは機嫌取れたか?」
「……と、取れてるように見える?一晩中キスしないと……取れないんだけど?」
「……シングルベッドで一緒に寝ると寝づらいんだが?」
「……前のように抱きしめながら寝てくれればいいじゃない。愛の力でどうにかして」
明らかに屁理屈を言っている自覚はあるのに、白はただただ嬉しそうに頷くだけだった。
「分かった。それじゃ、仕方ないな」
「…………………白」
「うん?」
「こんな私、嫌だと思わないの?」
なんで全部受け入れるの。
このまま行ったら本当にダメになっちゃうじゃない、という言葉を飲み込んで発した言葉に。
白は膝を折って私と目線を合わせてから、柔らかい口調で言ってきた。
「嫌と思ったことはないな。大好きだから」
「…………………………本当、バカ」
昔はあまり感じなかったけど、一緒に住んでみたらやっぱり肌に染みるように痛感してしまう。
この男は、本当に悪質だ。
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