19話  私の初キスの相手は

夏目なつめ 唯花ゆいか



「眠くないの?もうちょっと寝ててもいいのに」

「いや、病院でけっこう寝たからな。それに、色々話したいこともあるし」

「……うん」



夜が明けて家に戻ってから、白はテキパキと家事をこなしていた。


コンビニに寄って冷却シートを買って、お粥を作って私に食べさせて後に、回し忘れていた洗濯機まで回して、部屋の掃除もして。それを全部終えてから、こうして私の目の前にいるのだ。


……私が夏白唯なつしろゆいだとバレる可能性があるからなるべく白を部屋に入れたくはないけど、今回ばかりは仕方がない。それに、白も私の部屋を特に見回すこともなく、ずっと私だけを心配そうに見つめていた。


その視線が照れくさくもあって、嬉しくもあって……幸せな気分になる。


……まさか、泣いてくれるなんて。あんなに弱っていた白を見るのは初めてだったかもしれない。何気に、メンタルがすごく強い方だから。



「体は本当に大丈夫なのか?まだ熱あるだろ」

「平気、平気。お薬も飲んだし、昨日よりはずっと元気だから。話せる余裕くらいはあるって」

「……………そうか」



ああ~~全く納得していない顔。本当、心配性なんだから……そんなところが好きなんだけど。


……うん、好き。たまらなく好き。これからもずっと一緒にいたいと思うし、ずっと一緒に暮らしたいとも思ってる。


だから、これは私たちにとって超えるべき難関。



「じゃ、えっと……先ずは私から話すね?」

「お、おう……」



意を決して、私は上半身を起こしてからそう言う。


白があからさまに緊張しているのが見えて笑いそうになるけど………まあ、人のこと言えないよね。



「先ずは、ごめんなさい。お酒に酔って変な絡み方して、その……ああいうことしちゃって、ごめん」

「お、おう……ちなみに、お前はどのあたりまで覚えてるんだ?その……アレをしたのは、確かに覚えているんだよな?」

「………………………割と全部覚えてます」

「そ、そうか……」

「はい………」

「……………」

「……………」



………気まずい!!!ううっ、ただでさえ痛い頭がもっと痛くなった……!私のバカ、なんであんなことを……っ。



「俺も……その、いろいろとごめんな」

「ああ、いいよ!あれは白のせいじゃないし。事件を起こしたのは私の方だもん!」

「いや、俺が不器用だったよ。いくらそんなことされたからって一週間も黙っているべきじゃなかったし、もっと早く話を切り出していればお前がこうなることもなかったから」

「それも私の問題じゃん!ずっと会話を避けていたのは私の方だし、体調管理もちゃんとしてなかったから……!」

「いや違うだろう。俺の配慮が圧倒的に足りなかった。話題に触れるのが怖くてグズグズ尻込みして、結局なにもしてなかったし」



……本気で言ってるの?この男。本気で自分が悪いと思ってるわけ?


おかしいじゃん。原因を提供したのはすべて私なのに?



「ぷふっ、めっちゃ不服そうな顔してるな」

「……当たり前でしょ?白、本当に自分が悪いと思ってるの?」

「まあ、どっちも悪かったんだろうな。お前が酒に酔ってあんなことしたのも、俺の対処が不器用だったのも」

「……なんか、納得いかない。話を持ち掛けることは、私にだってできた」

「あんな状況でお前から話を切り出せるわけないだろ?俺より全然ハードルも高かっただろうし……まあ、この話は一旦おしまいにしよう。そもそも、是非を問うために話してるわけじゃないからな」

「……うん」



本当に自分のせいだと思っているようでもやもやするけど、確かに白の言う通りだ。私たちは他に話さなきゃいけないことがある。


あの日のキスの意味とか、これからどうやって一緒に暮らしていけばいいのか。まだ触れていない話題がいっぱいあるから。


私たちは、お互い目を背けながら限界まで顔を赤らめる。普段しれっとした表情が多い白も、何故か耳まで赤くして絞り出すように言ってきた。



「……えっとな、唯花」

「は、はい……」

「あの時のキス、あれ………………ま、マジだったか?」

「……………ま、マジって、どういうこと……?」

「いや、気持ちが込められていたとか……その……えっと」



大体何を言いたいのかは分かる。つまり、あの時のキスに好きが込められていたか、込められていなかったかを聞いてるんだろうけど。


…………………そんなの、込められていたに決まってるでしょ!?!?


なによ、あんた。バカなの!?世の中のどの女がお酒飲んだからって男に抱き着いてキスするって言うのよ……!好きな人にしかやらないわよ、そんなの!!


キスは特別だもん。それに、私は初キスだったんだもん!!



「よ、よく分からないかな~~私、昔から酒飲んだら周りの人に抱き着く癖があるらしくてさ。今回はそれがちょっと過激になった感じというか……」



必死に弁明してるけど、これもウソ。そう、ウソですよ……!めっちゃくちゃ好きなヤツがもう期待はずれな罰ゲーム言うからムカッと来てやけ酒して、気づいたらもう理性がとろけていて、後はもう好き放題に欲望のままに抱き着いてたんですよ!


いや、確かに酔ったら周りの人に抱き着く癖はあるけど。でも、親しい人じゃないと絶対にそんなことやらないし……!



「……そ、そうだよな!やっぱりそうだよな……ふう」

「えっ?」

「いや、びっくりしたよ。まさかお前が俺のこと好きだなんて、そんなことありえないだろうに。あははっ、20年近く幼馴染やったのになんも起こらなかったもんな」

「……………」

「……………」



………なに、その反応?


わざとらしく笑顔作って、声も明るくして、まるで心から安心したような表情。それを見て、何故かとても不愉快になる。心が、痛い。


あんたも分かってるじゃん。どんな人でも好きな人じゃないとキスなんかしないよ?二回も……キスしようとは思わないよ?


なのに、なんでそんなにほっとしていられるの?私、あんたにとってそれくらいの存在だったの?



「……そう、だよ。別に、私とあんたの仲だし。そういう気持ちは…………気持ちは……」

「………………………………」



言葉では、今の関係を守り抜くためのウソを並べられる。


でも私は、やっぱりおかしい女だった。幼馴染の関係を、この家で白と一緒にいる時間を失いたくないと思ってるのに、勝手にそれを破りそうなことばっかり考えているから。


気づいて欲しいのに、気づかれて欲しくない。いっぱいキスしたいのに、キスをしてはいけない。抱き着きたいのに、抱き着いてはいけない。


……………こんなの、理不尽すぎる。



「……唯花?」

「……なに?」

「あ、いや……なんでもない、うん。じゃ、この会議はこれでお開きにしようか。俺たちの間では、なにもなかった……………………そう、なにもなかったということで…………………なかったと、いうことで」



………やだ。


やだよ、なかったことにしてたまるか。いくらお酒に酔ったからって、アレは私にとって間違いなくキスだったの。初キスだったの。


好きな人にやっと繋がれた、大切な証なのに。


……ああ、またバカになっちゃう。好きという気持ちに飲み込まれて、こんなこと言っちゃいけないと分かってるのに、言葉が抑えられない。



「………それは、いや」

「は?」

「なかったことにするのは………いや」



そう、私はどうせ欲望のままに生きる女。


だから、こいつをモチーフにしたエッチな小説を何作も書いていたのだ。私にとってその小説は、私のは大切な……大切な、愛の足跡だから。



「お互い、ひと時の過ちではあったけど」

「………………」

「でも、これだけは変わらない。私の初キス相手はあんたで。あんたの初キス相手は、私なの。これだけは、絶対に、何があっても変わらない」

「………………………っ」



………ああ、頭痛い。


体が、熱い。まだ風邪も治ってないのに、どんどん熱が上がってくる。どうするのよ、これ。何もかも、あなたのせいでしょ。


私をこんなに好きにさせた、あなたが悪いでしょ……責任取ってよ、責任。


20年も私を虜にした責任、早く取りなさいよ……。



「…………そう、だな」

「………………………」

「確かに、まあ……なかったことにしようとしても、なかったことにはならないだろうし。うん、俺の考えが甘かった。認めるよ。俺の初キス相手は…………唯花、お前だ」

「~~~~~~~~~~~~~っ」

「ははっ、はああ………ふううぅ………えっとな、一つだけ提案があるんだが」

「う、うん……」



もう、白の顔が見れない。


それに白だって、きっと私の顔を見てないと思う。横目に確認したら、やっぱりだ。私と目も合わせずにただただ赤面している。もう、喉まで赤くなっている。



「……俺たちのルールの項目、二つだけ追加しようぜ」

「……うん。なににする?」

「一つは、不満やくすぶりがあったら必ず打ち明けて、ちゃんと話し合いで解決すること」

「………うん、もう一つは?」

「もう一つは………」



白の生唾を飲む音がここまで響いてくる。でも、他人のことは言えなかった。私だって、心臓が張り裂けそうになるくらいにドクンドクン鳴ってるから。外で漏れ出るほどに、轟いてるから。


片手で口元を隠して、私はようやく顔を上げて白を見る。白はもう横にいる壁だけを見つめながら、震える声で言ってきた。



「お、お酒は……お酒は、ほ、ほどほどに、な………」

「…………………」



一気に、恥ずかしさがこみ上がってくる。心臓が本当に飛び出そうだった。


でも、でも。禁止って言わなかった。キスまでされたのに、飲むのがダメとは言ってくれなかった。そのことに気づいたら、私ももう耐えられなくなって。



「………ひゃ、ひゃいっ……」

「…………………」

「ほ、ほどほどに、のみましゅぅ……」



そんな、蚊の鳴くような声を発した後に。


そのまま、後ろに倒れ込んでしまった。



「えっ、ゆ、ゆ、唯花!?」

「…………ぴひゅん」

「唯花!?だ、大丈夫なのか?やばっ、熱……!あ、えっと……えっと……!」



…………世の中がくらくらする。やっぱり、全部治ってから言うべきだったかな。


でも、でも………いひひっ。



「えへへっ、えへへへっ………」

「なに笑ってんだ!!ああ、もう……は、早く寝ろ!!」

「…………寝れるかぁ、ばぁ~~か……」



こんなにも頭がくらくらするのに、私はもう過去一の幸せを噛みしめてしまっていて。


結局、私の風邪はその後3日も続いてしまった。

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