20話 こいつが……夏白唯?
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「唯花~?お昼ご飯はどうする……って、寝てるのか」
唯花が風邪で倒れてからちょうど二日経った日曜日。
腹を割って話し合ったおかげか、前のような気まずい空気はとっくに消え失せていた。こいつの風邪がまだ完全に治っていないせいで喋ることはあまりなかったけど、ノリ自体はいつも通りになったと思う。
俺は部屋の外からすうすうと寝息を立てている唯花を眺めながら、迷っていた。看病をしに部屋に入るのはプライバシー侵害なのか……?さすがにこんな場面でルールが適用されるとは思えないけど。
……とっさに起きたりはしないよな?こいつけっこう鈍いところがあるから、入っても問題はないだろうな、うん。
「……失礼します」
相手の許可はもらえなかったとしても、これくらいは許して欲しかった。俺はあくまで看病をしようとしているだけだから。そう、病人の様子を見守るのも立派な看病だから……そうやって自分をごまかしながら、俺は部屋の中に入る。
部屋には遮光カーテンがつけられていても、唯花の顔を確認するくらいには明かりがあった。
俺は部屋のデスクチェアーをベッドの前まで引いて、座る。よほど疲れがたまっていたのか、唯花は起きることなく静かに寝息を立てていた。
「………ったく」
正直に言うと、昨日はろくに寝れなかった。こいつの初キスの相手が俺だってことを思い返すたびに、眠気が去って行ったから。
どんどん、自分の気持ちを抑える方法がなくなっていく。20年近く抑え込んでいた気持ちが漏れ出て、手のつかないところまで飛んで行こうとする。こいつを大切にしたいのに、それだけでは物足りないと感じてしまっている。
……こいつは、どうなんだろう。俺とまたキスしたいと思っているのだろうか。思考が堂々巡りして、結論が出ないまま悶々とした気持ちだけがどんどん募っていく。まるで、中学や高校の頃に戻ったみたいだ。
「……………ふぅ」
これ以上はさすがによくないだろう。魔が差して変なことをしちゃいそうだ。そうなる前に立ち上がって、自分の部屋に戻ろうとしたところで―――
「あれ?」
デスクの上にある唯花のスマホが鳴って、俺は目を丸くしてスマホを取ってみる。着信音は去年放送したハツルプのオープニングで、鈴木さんという人に電話がかけられていた。
こいつ、ハツルプも見てたのか……ていうか、鈴木さんって誰なんだ?
「おい、唯花―――って、寝てるんだよな」
音量があまり大きくないせいか、唯花はまだまだ熟睡している。後ろ頭を掻きながら悩んでいたところで、ふと電話音が消えた。
「……まあ、病人を起こすのもなんだし、後で知らせればいいか」
そう思って、再び自分の部屋に行こうとしたところで、またもやスマホが鳴り出す。
う~~~ん……………眠っているヤツを起こすわけにもいかないし、まあ……大丈夫だよな?もしなにかあったら後で謝ればいいし、うん。
そんな軽い気持ちで、俺はスマホを取って電話に出てみた。
『もしもし~~あ、
予想とは違って、鈴木さんの声は生暖かなおばさんの声だった。
ていうか、えっ?夏白先生?
「あ………すみません。えっと、桑上奈白といいますが、携帯の主が今ちょうど寝ていて」
『えっ……あああ~~!そうか、そうか!あなたが!!』
「……………え?」
『あっ、ごめんなさいね。ふふふっ、ああ~!そっか、あなたが……!』
……どういうことだ?なんでこのおばさん、俺のことを知っているような口調なんだ?それに、最初に言った夏白先生って……?
「えっと、用件だけお伺いしてもいいですか?後で自分が伝えるので」
『あ、お願いできます?それじゃ、ぼくすての2巻のプロットをそろそろ提出していただきたいとお伝えください』
「…………………………………………はい?ぼくすて?」
『えっ?はい、ぼくすての2巻のプロットを……え、どうされました?』
…………ちょっと待って。ぼくすてだと?あれは、<僕を捨てた幼馴染に復讐する話>のタイトルの略称じゃないか。
ぼくすての2巻のプロット?それに、最初に言われた夏白先生って呼び名……。
…………………まさか。ま、ま、まさか………。
「あ……すみません。一つ聞きたいことがあるんですが……」
『あ、はい』
「この電話……もしかして、夏白
『はい、そうですよ?あ、自己紹介が遅かったですね。私、ジェネリック文庫の編集者をやっている
「……………………………………………………」
『………あ、あら、まさか……』
………こいつが、夏白唯?
あの、幼馴染ものしか書かないと有名な、幼馴染に狂ったと言われるあの人が。
ネットで幼馴染を犯すエロ小説を何作も書いていたという夏白唯が……こいつ?
『し……知りませんでしたか……?あはっ、あははは……』
「…………………………………」
『……すみません』
「ああ……い、いえ。ははっ、あははははっ………」
『あはっ、はははっ……………そ、その……今回のことは、夏白先生には秘密にしてくださいますか?私が後ほど直接お伝えしますので……』
「はい…………分かりました」
『では、失礼いたしました……………………っ』
プチっと電話が切られて後、俺は力の抜けた操り人形のようにぐったりと腕を下ろした。
それから、喉からきっきっと音が鳴らせながら、唯花に目を向ける。
「……………」
世の中には知ってもいい情報と、知らない方がいい情報があるという。この情報は、俺にとっては圧倒的な後者だった。
…………まさか、俺の同居人があの、幼馴染狂いのラノベ作家だなんて……!!
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