17話  キスの後遺症

夏目なつめ 唯花ゆいか



「ん…………ううん……」



……頭痛い。今、何時?


隣にあるはずのスマホを手探りで取ろうとしても、なにも取れない。結局、私は体を起こしてデスクにあるスマホに手を差し伸べた。


時間を確認。ふむふむ、午前の11時……11時?



「えっ、しろ……!」



3時間も遅れたじゃない!!毎日お出迎えはしようとしてたのに……いや。


………………いや、今日はさすがにダメだよね、うん。



「………………はあ」



二日酔いでぼやけていた頭の中でも、きちんと思い出せることがあった。そう、ビールを一気飲みしたせいでドロドロに酔って、白に近づいて……その後に私は……私は。


き、キスを、しちゃって………!



「~~~~~~~~~~~っ!!!」



ば、バカバカバカバカ!!!!!私のバカ!何を……何をしてたのよ、私!キスなんて、キスなんて!!いくら酔ってたからってそれはないでしょ!!初キスだったのに。人生初めてのキスだったのに!!


初キスは素面で、せめてもうちょっとロマンチックな雰囲気でしたかったのに。なのに、なんであんな……あんな……。



「ああああああ………バカぁ………」



両手で頭を抱えてしまう。最悪、もう最悪。これ以上の最悪な事態なんてありえない……!それに、うろ覚えではあるけど最後にあいつ、私の口を手で抑えて、顔を逸らしていた気がするし。


……そう、確かにそうだった気がする。こういうのは好きなヤツとやれと、そんなこと言わてたっけ。


それって、つまり……。



「………キスしたくないってことよね、絶対」



ようやく私は、自分が調子に乗っていたことに気が付く。白が何もかも受け入れてくれるから、その優しさを逆手に取って、甘えて………白の気持ちは何も考えずに、自分の気持ちだけを優先していたのだ。


私は白の気持ちなんか、なに一つ考えなかった。



「……………………はぁ」



思い返せば、当たり前の話なのに。あいつは一度も、私のことを好きだというそぶりを見せたことがなかった。大切にはしてくれるけど、そこまでだ。


好きなわけでもない女にキスされて、喜ぶような男はいない。


そう、当たり前の話。私が勝手に暴走してただけ。あいつのこと好きって気持ちがあふれて、いつものキモい妄想を走らせていただけ。


キスって、恋人同士がする行為だから……。


気持ちが沈む。心が地獄の底まで引っ張られていくようだった。私は……なんで。



「………ふぅ」



なんであんなバカなこと、してたんだろ。






それからは、なんとなく白と顔を合わせるのが気まずかった。



「おかえり」

「………ただいま。えっと、唯花。ご飯は――――」

「ごめん。私、先に食べたから冷蔵庫の中にあるもの適当に食べてて。今はちょっと原稿が忙しくて」

「……ああ、分かった」



あのキスがあってから一週間、私たちはまだ適当な距離感を掴めずにいる。こういう時はお互い腹を割って、心にあるものを打ち明けるべきだと頭では分かっているけど……白の顔を見るたびに、その決意がチリのように吹き飛ばされていくのだ。


別れるのが怖い。いくら空気が気まずくても、一緒にいられなくなるよりはずっとマシだから。


5年の時を経てようやく好きな人と一緒になれたのに、下手な行動でこの時間を失いたくはなかった。今度失ったら、もうこの時間は二度と訪れないかもしれない。



「唯花~~?お風呂沸かしておいたけど」

「ごめん、先に入ってて」

「…………」

「………なに?」

「………いや、なんでも」



でも、あんな気まずい空気が一週間も続いたのだからさすがにメンタルが先にやられてしまった。この一週間、私たちは食事はもちろん、面と向かって会話することだってほとんどなかった。


白はいつもなにかを言いかけようとしていたけど、そのたびに私が話の腰を折ってしまって。


そんな風に滞ったまま、朽ちている。あのキスが、あの柔らかな唇の感触が私たちの生活を割れやすいガラスに変えた。メンタルがやられたせいで、原稿もろくに進まない。


自分が書いてきた小説も白に引かれると思ったらすべて削除したくなる。自己嫌悪が渦巻いてどんどん気持ちが沈んで……よく、眠れなくて。



「けほっ、けほっ………あぁぁ……」



その結果として、とうとう体にまで支障が来ていた。



「ううっ……頭痛い……体温計、どこだっけ……」



私の体弱すぎるでしょ……ちょっと鬱になって、ちょっと眠らなかっただけなのにこんなに体調を崩して……はあ。


朝からよからぬ兆しはあった。体もあちこちが痛くて、頭がぼうっとしてて痛くて熱もあったけど、別に大したことはないと思ってたのに。


ああ……なんで何もかもうまく行かないのかな。なんで。



「38.2℃……思ってたより酷いな」



でも、熱の割には頭が痛すぎるんだけど……なにこれ?視界がふらふらしてて、上手く歩けそうにもないけど。



「…………………っ」



結局またベッドに倒れ込んで、気づいたら私は泣き始めていた。



「………………しろ」



……怖い。怖いよ、白。


こんなにも、こんなにもあなたのことが好きなのに、このままじゃ別れてしまいそうで。あなたとまた離れ離れになってしまいそうで……怖いよ、白。


こうなると分かっていれば、あの時に告白すればよかったのに。卒業式の日にずっと好きだったって、大学生になってからもずっと会いたいって言えばよかったのに……。


くらくらしている世界の中で、私はどんどん泣き崩れて行った。

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