12話  料理、覚えるから

桑上くわかみ 奈白なしろ



「ここまで買う必要あったか?」

「いいじゃん、いいじゃん!冬でも着れる服だし」

「いや、確かにそうかもしれないけどよ……」


アウターにシャツににズボンまで……お金を無駄遣いしたわけじゃないけど、さすがにこれくらい買ったら罪悪感が先走る。おまけに、こいつにめちゃくちゃ連れまわされたせいで足も痛いし。


紙バッグを持ったままスマホで時間を確かめると、ちょうど午後の4時を過ぎているところだった。


つまり、俺はあれから3時間近く着せ替え人形をされたわけか……。こいつ、どれだけ俺の服に興味があったんだか。



「時間がちょっと曖昧だけど、どうする?このまま帰るか?」

「う~~ん、そうだね。あ、帰る前に何か買っていかない?冷蔵庫空っぽだったから」

「おう、じゃそうするか」



そういえば、今日の夕飯も冷凍か……別に、不満があるわけじゃない。一人暮らしした時も料理はほとんどせずに弁当や惣菜で済ませてたたし、果物やサラダさえちゃんと食べれば、栄養バランスもそこまで偏らないから。


でも、これから2年も暮らしていくとなるとさすがに料理の必要性を感じられる。


願わくば、2年だけじゃなくもっと長続きして欲しいが……。まあ、そのためにも料理は俺がするべきだろう。



「いや、今日は俺が作るわ」

「うん?」

「今日の夕飯は俺が作る。その方がお前にも都合がいいだろ?」

「えっ………で、でも」

「うん?」



おかしいな。俺が知っている夏目唯花なら目を輝かせて頷くところなのに。でも、唯花は焦ったように目を転がした後、いきなりがくっと項垂れた。


俺はびっくりして、思わず足を止めてしまう。



「えっ、どうしたんだよ、お前」

「……ごめん」

「うん?」

「……私、料理とか全然できないから。その……高校の時にカレー作ったことあるじゃない?それがまだトラウマになってるの……」

「ああ~~それな、あの激辛で激しょっぱだったカレー!あはっ、ソースが真っ赤なカレーなんて生まれて初めてだったぞ?」

「蒸し返さないでよ!!とにかく、そんなもの作るよりはほら、冷凍の方がずっと美味しいんじゃないかなって……」

「ぷはっ、失敗するの前提なのがくさ」

「笑わないで!私にはちゃんと深刻な問題だから!!」



……こいつ、まだ気づいていないのか。


深刻な問題だなんて、それは料理をしなきゃという意識をお前が持ってるからこそ出る発言だろ?それはつまり、俺のことをちゃんと気遣っているってことじゃねーか。


まあ………でも、あの時の赤いカレーを味見した身としてはさすがに恐怖も抱いてしまう。あれはカレーじゃなくて毒に近い何かだった。人を拷問する時に食わせたらちょうどいいかもしれない。



「でも、本当に料理しなくてもいいんだぞ?」



苦笑を零しながら再び歩き出すと、唯花は俺の隣まできてぷくっと頬を膨らませた。



「……ウソ、つかないでよ」

「えっ、なんでウソだと思われてんの?」

「いいはずがないじゃん。一緒に住む同居人が料理も作れなかったら、食事の準備は全部あなたに任せることになるんでしょ?それに私……一応、女だし」

「女って……いや、まさかお前がそんなことを気にするとは思わなかったわ」

「だから、私を一体なんだと思ってるのよ!」

「わがままな破天荒女に決まってるだろ?なんか昔より遠慮がちになったよな、お前」

「うっさい!!」

「あははっ!話を戻すとまあ、俺は本当に構わないからさ。最近は料理できる男子の方がモテるとよく言われるし」

「………………あんた、私にモテたいの?」



当たり前だろ、と反射的に出て来そうな言葉を押しとどめて、俺は息を整えたから言った。



「……いや、別にそんなわけじゃないけど、料理できて悪いこともないだろ?それにほら、あと2年くらい経ったらお互いまた一人暮らしに戻るかもしれないし。だから予め―――」

「………………………」

「……唯花?」

「……そう、確かにそうだね」



急に俯いて声を沈ませるんだから、俺はピタッと足を止めて唯花に振り返った。そして、俺はただちに自分の過ちに気づく。


唯花は露骨に落ち込んだような顔で俺を見上げていた。たぶん、俺が一人暮らしに戻るかもしれないなんて口走ったから……こんな表情をしているんだろう。


別に、間違った話をしたとは思わなかった。俺たちが同居を続ける期間はたった2年間で、最悪の場合にはその後にバラバラになることだって十分ありえるだろう。


俺だってそもそも、こいつに対する色んなもやもやを整理したくてこの生活を始めたのだ。願わくばもっと長く暮らしていきたいが、その願望を唯花に強要することはできない。


……でもな、唯花。



「……………なに?」

「……………いや」



なんでそんなに悲しそうな顔するんだよ。お願いだから、そんな顔はやめてくれ。


勘違いしたくなるだろ。俺がお前と一緒にいたいように、お前も俺と一緒にいたがっていると……そう信じたくなるじゃないか。



「さっきはごめんな。変なこと言って」

「……いや、謝ることないじゃん。あんたは事実を言っただけだし」

「あ、でも……」

「本当にいいから!なに気にしてんだ、バカ。ああ、昔はもうちょっと失礼だったのにな~」



俺より一歩先に進んで、ヤツはわざとらしい笑顔を浮かべてくる。視線が絡み合って、再び歩き出して、こんな状況ではどんな話題を出せばいいか思っていたところで。


ぽつりと、唯花がそんなことを言ってきた。



「……料理、覚えるから」

「は?」

「今日の夕食だけ、そっちが作って。会社に行ってるあなたに料理まで任せるなんてありえないじゃん。これからは私が料理する」

「……ぷふっ、大丈夫か?俺、あんなカレーはもう二度と食べたくないけど?」

「バカにしてるな、こいつ~~私だってちゃんとやればできるからね?後で泣きながら謝罪しても許さないんだから!」

「はっ、期待しておくわ」



……唯花の料理か。


正直、心配にしかならなかった。こいつは昔から手際よく何かをこなせるタイプではなかったから。でも、やっぱり食べてみたいという気持ちが勝ってしまう。


当たり前だ。好きな人が自分のために料理してくれると言っているんだから。唯花の気遣いが身に染みるくらいに伝わってきて、心臓の鳴る音が段々とうるさくなっていく。


それをごまかすように息を吐いて、俺は再び好きな人に目を向けた。



「なに食べたいんだ?ちなみに難しいメニューはムリだからな」

「うん~~じゃ、ビーフシチュー!」

「俺さっき言ったよな!?難しいのはできないって!!」

「し~~らない!へへっ」

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