63話 ヘンタイになってしまって
<夏目 唯花>
「……うわぁ、シャツよれよれ」
結局、一人エッチが盛り上がりすぎたせいでお見送りもできないくらい寝坊してしまった私は、ベッドの横によれよれになったワイシャツを見て、猛省していた。
……ヤバい。ヤバいよ、これは。これはもう完全にヘンタイじゃん。
いや、でも……火が付いたらどうしても衝動が抑えられないというか、白に対する思いが溢れて、止まらなくなるというか……思いを募らせてきた時間が時間だから、こうなるのも仕方ないというか。
ううっ……でも、これはちょっと盛大にやらかしてしまった気が……。
「すん、すん……ああ、やっぱり匂いほとんど落ちちゃった……」
白にエッチな女だと思われるのは、今でも素直に嫌だ。
そもそも、好きな人にエッチだと思われたい女がいるはずないけど……でも、昨晩に自分がやらかしたことと今自分がしている行動を鑑みたら、もう否定できない気がする。私は完全に、抜き差しならないヘンタイになってしまった。
でも、これは白のせいもある。私のあの歪んだ性癖にも精いっぱい応えようとするから、余計に調子が狂う。
あれは仮想の話なのに、現実でしたら普通に引かれるプレイでしかないのに、白のせいでどんどん仮想の壁が崩れていく。白を支配して、自分のものにしたいという……どす黒い欲望がぐつぐつ湧いてしまう。
白は明らかにMじゃないのに。むしろ、私とエッチする時はいつも……………私だけ、気持ちよくしてくれるから。
「はああ……どうしよう」
……まだエッチも数えられるくらいにしかしてないのに、こういうプレイして本当にいいのかな?いや、でも普通に白が自分のものだという実感も欲しいし……。
いやいやいや、彼氏のことを自分のモノって言うなんてもう普通にヤバい女じゃん。でも、白は確かに受け入れようとしてたよね?それなら問題ないじゃない?
……そもそも、ヤバいの定義ってなに?私はただ白を愛しているだけで、彼氏が彼女のモノになるのは当たり前って言うか。私はもう身も心も白のモノなのに、白が勝手に私のモノにならない方がおかしいのでは―――――
「………っわああ!!ふう、ふう……だ、ダメ。ダメ……一旦落ち着こう」
私は力いっぱいに首を振って、ベッドから立ち上がる。
うん、先ずは白にお見送りできなくてごめんってメッセージ送って、朝ごはん食べなきゃ。その後は鈴木さんと打ち合わせして、原稿書いて、今月の新刊も一通りチェックして、それからは…………つ、通販とか、見てもいいんじゃないかな……?
「……先ずは、洗濯からしよう」
片手に掴んでいるワイシャツを一度見下ろした後に、また襟元の部分をクンクンと嗅いでみる。やっぱり昨日より匂いが落ちていて………ついつい惜しいと、もう一枚濃いめのヤツが欲しいと、そんな風に思ってしまう。
「…………本当、ヘンタイ」
……私が悪いわけじゃない。悪いのは私をたぶらかして弄ぶ、あの男が悪い。こんなにいい匂いしている方が悪いに決まってる。
そうよ。ヘンタイなのは私じゃなくて、あの男の方だから……。
「……………っ」
だ、だから。他の女に目を付けられる前に………。
白に、私のモノという事実を焼き付けるためにも、ある程度は仕方ないよね?
―――――ということで、訪れた約束の金曜日の午後。
作業をほとんど終えてからちょうどよく宅配をもらった私は、ごくりと生唾を飲んで……自分の部屋で、箱の中身を取り出した。
そう、これは二日前の夜に通販で買ったアダルト商品。
遠回しに言えば相手との関係の深さが証明できて、使うことでお互いがお互いのものだということをより強く実感させられる幻の品物。互いの愛と興奮をみなぎらせる、魔法の道具。
ぶっちゃけに言えば、手錠と目隠し。
「……………う、うわぁ。こんな風にできてるんだ」
手錠というからもっと冷たい感じを想像していたけど、これはちょっと違う。手首を包む部分がちゃんと柔らかい生地になっていて、多少暴いても肌が擦れたりすることはなさそうだった。それに目隠しはまあ……目隠しだしね、うん。
「これを、白がつけてくれたら……………」
………っ、だ、ダメ……。そんな想像をするだけでも顔に熱が上がって、頭の上で軽く湯気が出そうになる。
これを、あの白が……?白が、私のモノに……ようやく私だけのものに……。
「ふふっ、うふふっ……あっ、こほん。うん、さすがにダメだよね……白の許可もちゃんと取らなきゃ」
そうだ、これはあくまで好奇心で買っただけのもの。今日から実戦に使いたいと思って買ったわけじゃない。白に無理強いをするわけにはいかないし、なによりも大事なのは白の意志だから。
……………私は、失いたくない。20年も溜めてきた愛だからこそ、失った時を考えたら怖くて怖くて、仕方なくなる。白を失ったら私はきっと心に穴が空いて、それを一生埋められないまま生きていくことになる。それだけは、絶対に嫌だ。
大切な、とっても大切な友達で、恋人だから。
いくら自分の欲望があるからと言って、それを白に押し付けてはいけない。そんな風に暴走して白に嫌われるよりは、私がずっと我慢をし続ける方が何十倍もマシだ。
……もちろん、私にもそれなりに歪んだ欲望があるから、これを買ってしまったわけだけど。
「……ふぅ。押し付けてはいけない、押し付けてはいけない……」
自分に言い聞かせるようにそう独り言ちりながら、私はキッチンに向かう。
別に手錠とか目隠しとか変な道具を使わなくても、今日は金曜日だ。夜になったら白が帰ってきて、一緒にご飯を食べて、夜には………。
「……………………………っ」
……きっと、いつも以上に愛してもらえるはずだから。
いきなりこみあげて来た羞恥心をぐっと押し殺して、私は冷蔵庫の中を確認し始めた。
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