46話 デートのお誘い
<桑上 奈白>
ヤバい……ヤバいぞ、これは。
旅行に帰ってきてから二日も経ってるのに、まだまだエッチしたという実感が湧かない。それは唯花も同じなのか、俺を見てもずっと目を避けて恥ずかしそうに震えるだけだった。
いや、24歳にもなってちょっと意識しすぎだとは思うけど……なかなか、思い通りにはいかなかった。頭の中では恋人らしく和気あいあいに話すシチュエーションを何度も描いたのに、現実で口を開こうとしたら言葉が詰まって、どうしても上手く話せない。
「はあ………中学生かよ、俺は……」
それで俺が取った手段が、恋愛経験者である
もちろん、唯花が外出している時に。
『ぷははっ、本当に不器用だな、お前』
「うるせぇ!器用だったらもうとっくに付き合ってるだろ!」
『まあ、それもそうか~でも、僕はちょっと焦りすぎだと思うな。好きってちゃんと言ったんだし、体の関係まで持ったんだろ?ゆっくりと時間の流れに任せるのもいいかもしれないぞ』
「それはそうだけどよ……なんか、一緒に住んでるから妙に落ち着かないし、変に流されて欲しくもないんだよ」
『へぇ……本当に好きなんだな、あの幼馴染のこと』
「……そりゃ、当たり前だろ」
第一、好きじゃなかったら体の関係を持つこともなかった。人によって捉え方が違うと思うが、俺にとってあの行為はとにかく好きな人としかやりたくない行為だった。
俺はとにかく、唯花に対して最後まで責任を持つつもりでいる。これを本人に言うのはさすがに重いと思われるから、あえて口には出さなかったけど。
『うう~~ん。結局、気まずい雰囲気を打開したいってことだよな?』
「そうだよ。なんかいい策はないのか?お前、恋愛慣れてるだろ?」
『いや、僕の場合は一人の女と長く付き合っただけだから……はあ、それはいい。じゃ、恋人らしいことでもしたらどうだ?』
「は?恋人らしいこと?」
『そうだよ。色々あるだろ?定番はデートとか、普段は行かなそうなところに行くことか。相手がスポーツ好きならボウリング場もいいし、普通に楽しむなら猫カフェや遊園地、それとグルメもおすすめだ。どうせGWはまだまだ残ってるんだし、デートに誘ってみろよ』
「へぇ、やけに詳しいな……分かった。じゃ………デート、行ってきてからまた連絡する」
『はいよ。あ、あとな、奈白』
「うん?」
『…………恋人関係はとにかく、言葉が大事なんだからな?ちょっと気恥ずかしくても、ちゃんと好きって言っておけよ?』
「なんだ、その経験談らしきアドバイスは」
『経験談だからだよ……ははっ、そういうことで』
「……ああ、ありがとう」
通話を終えて、俺はスマホで時間を確かめた。
もうすぐ夕方になるんだから、あいつもそろそろ帰ってくるよな……?出かける前に、夕飯は家で食べたいと言ってたし。
「……よっし、誘うか」
そんな風に深呼吸を重ねて覚悟を固めている最中、玄関からまるで図ったかのように鍵の音が聞かれて、俺はそそくさと部屋を出た。
そして、外出していた唯花と6時間ぶりに目が合う。
「……………………た、ただいま」
「お、おう……おかえり」
……気まずっ。ああ、なんでまたこんな空気になるんだ……くそ。
「ゆ、夕飯まだ食べてないよな?俺が作るぞ」
「あ………う、うん!お願いね……私は、その……着替えてくるから」
「……おう」
幸い、唯花が外出している間にスーパーに行ってきたから献立にそこまで困ることはなかった。
味噌汁と唐揚げを作るため、お湯を沸かしながら冷蔵庫からサラダ用のキャベツと色々な具材を取り出す。
一通り料理するための準備を終えると、ちょうど唯花が部屋から出て来た。唯花は手を洗ってからぼうっとダイニングテーブルの上を見てから、俺に尋ねてくる。
「……唐揚げ作るんだよね?」
「うん?ああ、そうだな。味噌汁と唐揚げと、ゴマソースかけたサラダ」
「……じゃ、キャベツ切るのは私がやる」
「えっ、いいぞ。部屋で休んでても」
「そういうわけにもいかないじゃない。最近はほとんど料理してあげられなかったし……少しは、役に立ちたいのよ」
「………………………」
なんだ、こいつ。なんでこんないじらしいことばかり言ってくるんだ……。
「……じゃ、お願い。下手して指切らないように気を付けるんだぞ?」
「………うん」
それからは話し声がなく、生活音だけがダイニングに鳴り響いた。俺はデートでどこに行けばいいのかと必死に頭を捻りながらも、後ろにいる唯花が気になって仕方がなかった。
こうしていると、あの時にあったことがすべて夢のように思えてくる。高い声で何度も好きって言われて、キスマークもつけられて、旅館から出た後もまたキスしてきて……体のあちこちにつけられた跡はもうだいぶ消えているけど、その時の感触はまだ体に残っているようで、落ち着かない。恥ずかしさがグッとこみ上がってくる。
でも、言わなきゃいけない。これ以上尻込みするのも、逃げるのもごめんだから。
そんな風に改めて意志を固めながら、振り返った瞬間。
「あの、唯花――――」
「あの、白――――」
俺たちの声は綺麗に重なって、途中でパッと打ち切られてしまった。
数秒くらい経って唯花は急速に顔を赤らめてから、俯く。
「………………………………………っ」
………………ああ、くそぉ。恥ずかしい……!こんな雰囲気で言うのは恥ずかしいけど、でも……やらなきゃ!
「お、俺が先に言っていいか?」
「あ、うん………お願い」
「えっと………GW、まだ少し残ってるだろ?」
「そ、そうね……うん」
「………もし仕事が忙しくないなら、一緒にどっかに出掛けないか?」
その言葉に従うように、唯花はおもむろに顔を上げてくる。
「…………仕事は、忙しくないけど」
「……あ、うん」
「…………デート、だよね?それ」
「………………………うん」
「……じゃ、行きたいところがあるの」
「うん、言ってみ」
握っていた包丁を下ろして、唯花はもじもじした後に口を開く。
「えっと、私の友達が参加してる展示会みたいなものがあるんだけどさ。そこに……一緒に行ってみない?」
「えっ…………もしかして、100人展?」
「えっ?知ってたんだ?」
「そりゃ、SNSやってると自然と情報が流れてくるから……まあ、いいぞ」
「………………じゃ、明日行く?」
唯花は、明らかに緊張している様子で俺を見つめていた。
声にも顔にも緊張が丸出しで、旅行先で私を誘惑してきた人と本当に同じ人なのかと疑いたくなるくらい恥ずかしがっている。
でも、俺はあの日の唯花も、今目の前にいる唯花も大好きで。
そして、好きな人にデートを誘われて断る男は、この世にはいない。
「うん、一緒に行こう。デート」
「……うん」
そうやって、俺たちのデートの日程が決められた。
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