47話  お前しかいないから

夏目なつめ 唯花ゆいか



『んじゃ、駅前で待ち合わせしようか』

『え?一緒に暮らしてるんだから、普通に家から出発しても………あ』

『……そうだよ、デートだろ?』



………ああ、もう。


もう、もう………!あの男、いつもは鈍感で尻込みするくせにたまにとんでもないこと言ってくるんだから、もう……!心臓弾けちゃうじゃん、そんな風に顔真っ赤にして言ったら!


昨日の夜の話を思い返していたら、恥ずかしくてつい俯いてしまう。でも言われた通り、私は白より先に家を出て待ち合わせ場所に来ていた。腕時計で時間を確かめながら、私は身につけた服をジッと見下ろす。



「……大丈夫かな」



シンプルと言えばすごくシンプルな服装。白いブラウスに濃い藍色のロングスカート、そして普段のローファといったなんの変哲もないスタイルだった。


もちろん、これも悩みに悩んで選んだ服ではあるけど……最近はあまり外に出てないせいで服の数がそんなに多いわけでもないし、冒険をするにしても引かれるかが心配で、こんな無難なスタイルしか選べなかったのだ。場所も場所だし。


もちろん腕時計とネックレスなどで所々ポイントは与えたけど、これがちゃんと効いているのかはよく分からない。


……可愛いと、思ってくれたらいいな。普通だと言われたらちょっと嫌かも……。


そんな風に考えていると、隣から聞きなれた声が響いてくる。



「よう、待たせたな」

「あ………」



好きな人の声につられて横を向いた瞬間、私は目を見開いてしまう。


先ずは、ヘアスタイル。普段はヘアスプレーとかワックスとかあんまり使わないくせに、前髪にちゃんと分け目を作って普段より爽やかで綺麗な雰囲気を漂わせていた。


そして、淡いベージュ色のシャツの上に私と一緒に買った紺色のジャケットを羽織って、黒いスラックスと白いスニーカーを合わせている。


全体的にシンプルだけど、非常に清潔感のある格好で………その証拠に、通りすがりの女の人たちが、みんなチラチラと白を見ていた。



「……ど、どうした?もしかして、ダサいか?」

「………………………」



この男………この男は、もう!!



「うわっ!?ど、どうしたんだよ。急に手を握って……!」

「……これはあんたが悪い」

「はあ!?ちょっ、引っ張るなよ!どこ行く気だ!」



嬉しさと共に何とも言えないもやもやが立ち込んできて、私は繋いでいる手にもっと力を込める。


でも、これは本当にあんたが悪いもん!なんなの!?私のモノのくせに私の許可もなしに一人だけ格好良くなって……!ああ、もう!昔はこうじゃなかったのに!!



「ちょっと、唯花!待てって!」



急に手を引っ張るような真似をして驚いたのか、白は急に立ち止まって私の前に回り込んでくる。


視線が数秒ほど混ざってから、私は頬を膨らませた。



「本当にどうしたんだ?やっぱりダサいのか?一緒にいるのが恥ずかしい……とか?」

「……ムカつく」

「はあ!?」

「そういうわけじゃないから!ほら、行くわよ?ここじゃ人も多いし」

「……やっぱり、格好が変とか?」

「…………あのね!!」



なんでそこまで自信ないのかな!なに、この男。目が節穴なの!?本当に自分のことダサいと思ってるの、この男は!?



「私、前に言ったよね!?え、エッチする時に……わたし以外の、誰の者にもなっちゃダメって……」

「……な、なんでこの場面でそれが出てくるんだよ?」

「は、恥ずかしいこと言わせないでよ……!ダサくないから!ちゃんと、格好いいから!」

「………………え?」

「ほら、今も!今も他の女に見られてるじゃん……!ああ、もう!」



……ダメ、ドキドキと恥ずかしさが綯い交ぜになって、もう自分が何を言っているのかもよく分からない。もう、これ以上は限界。


私はまた白の手を強く握って、つかつかと展示場に向かう。好きな人を振り向くこともできずに、私はただただ歩き続けた。



「ゆ、ゆいか!?ちょっ……!」



くだらない独占欲だと、分かってはいるけど。


でも、こんなに格好いい白の姿は誰にも見せたくない。他の女に見せたくないなんて、徹底的に私のものにしたいなんて……幼稚で重いとは思うけど、どうしてもその気持ちを止められない。



「………………ぷふっ」



白も最初は慌てていたものの、すぐ私の手を振りほどかずに大人しく私についてきてくれていた。前と違ってちゃんと繋がっている手が、私たちの関係が変わったことを教えてくれる。


それがたまらなく嬉しくて、見せたくないのと同時に見せつけたくもなる。この男は私のものだって、私の彼氏だって……何度も、何度も。


そう、私のなの。私の彼氏だから……誰も見るな。誰も、狙うな……。


その幼稚な気持ちをごまかすように大股で歩いて、展示場までたどり着く。ようやく手を解いて振り向いたら、白はすぐにでも噴き出しそうな顔で私を見つめていた。



「……なによ」

「いや、なんでもない」

「変なこと思ってるでしょ、あんた」

「変なことを言ったのはそっちだろ?俺は悪くない」

「っ……!と、とにかく入るから!ほら、ちゃんと付いて来なよ」

「へぇ~~手は繋がなくてもいいのか?」

「な、なに言って……!ここ、イチャイチャする場所じゃないし!」

「ふうん、そっか」



そう、ここは絵師さんたちの努力と才能が凝縮された展示場。他の人もたくさんいるわけだし、公共の場ではさすがに自制すべきだと思う。もちろん、そういった表向きな理由もあるけど。


ずっと手を繋いだまま歩いたら、もっとくっつきたくなるからという……死んでも口には出せない理由もあった。



「分かった、じゃ入るか」

「……うん」



白もさすがにそこは弁えているのか、あまり反応を見せることなくすんなりと私の言葉を受け入れてくれる。


少しばかり寂しさを抱きながらも、会場に入ろうとした直前に。



「そうだ、唯花」

「うん?」



白は急に私を呼び止めて、また嬉しさがこぼれそうなほどの笑顔で伝えてきた。



「心配しなくてもいいから」

「………………………………………え?」

「そんなに心配しなくていいから。ど、どうせ、俺にはお前しかいないから…………その」

「…………………………………」

「……………ご、ごめん。俺、先行くわ」

「…………………………………ぁ」



いつの間にか真っ赤になった耳と白の後姿を見て、私はぼうっと立ちすくんでしまう。


そして、おもむろにさっき言われた言葉の意味を噛みしめて、私は……。



「~~~~~~~!?!?!?」



つい、その場で大きな声で叫びそうになった。

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