61話 絶対に別れないから
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「なんか、色々と考えたんだよね、私」
「色々って、なにを?」
波乱万丈だったダブルデートを終えた来日、私は白のベッドでうつ伏せになりながら彼氏さんの首元を抱きしめていた。
白はベッドを背もたれにして、コントローラーを操作しながら私に聞き返してくる。
「私たちももし別れたらああなるのかなって、ちょっと不安になってた」
「いや、ウソだろ?ペアリング買ってからめっちゃウキウキしてたくせに」
「ふうん………彼女の言葉が信じられないんだ?」
「ちょっ、やめっ……!首を絞めるな!」
……すぐ意地悪なこと言うんだから、もう。
「ねぇ、白。一つだけ聞いてもいい?」
「うん、なんだ?」
「O神と私、どっちが大事?」
「原O」
「…………………」
「ちょっ………!けほっ、けほっ!マジで絞めるな!!」
なんなの、この彼氏……!?せっかく人が悩み事を打ち明かしたのにゲームの方が大事ですって!?これは首を絞められても仕方ないよね?そうだよね!?
「……白、ちょうど1時間14分35秒経ったよ?」
「えっ……ぷ、プレイ時間のこと?」
「ううん、あなたが私を見ないまま経った時間」
「………………………………………………」
パタン、とコントローラーが床に落ちる音が鳴って。
ようやく、白は壊れたロボットのようにきしきしと首を回して、私を見てきた。私は満面の笑みを浮かべながら、両手で彼氏の頬を掴める。
「ふふっ、おかえりなさい、白。ようやくこっちを見てくれたわね」
「ゆ、唯花さん。その、これはですね……!」
「ううん?いやいや、怒ってないよ?私より大事なゲームなんでしょ?私、心の広い彼女だからちっとも怒らないもん~~」
「…………………本音を言え」
「甘雨ちゃんと浮気して楽しい?」
「なんでこれが浮気になるんだよ!だから、先ずは説明を聞いて………うむぅっ!?」
また変なでたらめを並べられないように、私はキスで白の唇を防ぐ。
白は一瞬びっくりしてたけど、すぐに私の後ろ頭に手を置いて、優しく私の動きに答えてくる。
「んむっ、ちゅっ……んん……しろぉ……」
……相変わらず、キスをするたびに心臓がドキドキする。
白の唇は、美味しい。唾液は熱くて、心の中で何かがぐっとこみ上がるようで、心が落ち着かない。
私が先に唇を離したら、白はさっきよりうっとりした瞳で私の頭を撫でて来た。
「……浮気しないって、分かってるだろ?」
「……60%くらいは浮気だもん。これから女性キャラ使うの禁止」
「ええ~~そんな横暴な……」
「ぷふふっ、冗談。言ってみただけだから。ほら、クエスト残ってるんでしょ?早くやって」
「………本当にやっていいのか?」
「私もこのゲーム好きだもん。ほら、早く」
心配の念がいっぱい込められているため息をついて、白は再びコントローラーを手に取る。私はさっきのように白の肩の上に顎を乗せて、首元を片腕で抱きしめた。
「……あの、唯花」
「うん?どうしたの?」
「さっき、お前60%くらいは浮気だと言ってたよな?」
「ああ、うん。それがどうしたの?」
「あれ、ウソだろ?俺が知ってる夏目唯花なら100%浮気判定出るとこなんだけど」
「……………………………………」
「どうせ俺に引かれたくないから控えめに言っただけだろ?本音を言え」
「察しのいい彼氏は嫌い……ちゅっ」
抗議のつもりで首元に軽くキスをしたら、白はくすぐったそうに身をよじりながらもクスクス笑い始めた。
私は、ちょっとだけ頬を膨らませてから言う。
「とにかく、雪と松下さんを見て夜に色々と考えたわけ。本当にお互いのこと好きだったんだな~とか、お互い未練だらだらなのが目に見えるから、逆に憧れちゃうというか……」
「いや、別れた時点で憧れもなにもないんじゃ?」
「むぅ、すぐそうやって意地悪なことを言う……別れてからほとんど3年近く経ったんだよ?なのにあの二人、まだお互いのこと忘れられていないんだもん。私は逆にそれがすごいと思うな」
「ああ~~確かに。藍坂さんはともかく、秀斗はけっこう複雑な目つきしてたしな」
「そうでしょ?雪もほとんど同じだったのよ。口調とか視線の置き場とか、相手が松下さんだと知って急いで服を買うところとか。昨日は結局あっさり別れてしまったけど、実はもうちょっと松下さんと一緒にいたかったんじゃないかな」
「復縁か……難しい話だな。まあ、あの二人なら上手くやっていくだろう」
「そうだね………」
………いや、もしかしたら私が知らないだけで、進展があったのかもしれない。別れ際に雪の表情、どこか嬉しそうに見えたし。帰宅した後にもメッセージで楽しかったと言ってたし。なんらかの成果はあったんじゃないかな。
私は、どうなんだろう。万が一の場合、私が白と別れることになったら……私は、白を完全に忘れられるのかな?
……いや、無理だ。深くまで考えなくても無理だって分かってしまう。きっと、白と別れたら私は他の男に一生出会えないまま、一人で人生を過ごしていくと思う。
そう思ったら無性に怖くなって、私は白の首筋にもっと顔を埋めた。
「うん……唯花?」
「………………白」
「なんでクンクンするんだよ、犬じゃあるまいし……どうした?本当に」
「………………………別れないで?」
「え?」
急に変な言葉をもらって驚いたのか、白は即座に私に振り向いてきた。
私はまた彼氏の頬を両手で包みながら、見つめ合う。
「……私、あなたと別れたくない」
「……あはっ、重いな。俺の彼女」
「こういう時は別れるはずないだろう、と答えるのが正解なの。分かった?」
「ぷふっ、はいはい」
「むぅぅ……」
頬をパンパンに膨らませると、なにが可笑しいのか白は人差し指でそのふくらみをツンツンとしてから再びモニターに目を向けた。
自然な流れで、また私が白の肩に顔を乗せた瞬間。
「……別れないから」
「うん?」
「俺も色々と、お前のために頑張るつもりだから…………絶対に、別れないから」
「…………………………………………」
顔を覗き見しようとすると、すぐに顔を逸らされてしまう。視界の端に映っているキャラの動きは完全に止まっていて、白の耳は真っ赤に染まっている。
……………本当に、この男はズルい。
「……うん。私も、頑張る」
「………………………」
「………なにしてるの?早く、顔こっちに向けてよ。このままじゃキスできないじゃん」
「さ、さっきもしたから、別にいいだろ?」
「よくない。よくないから、早く」
「……………………」
「……5秒あげるね。振り向かなかったら、強引にでもするから」
「…………はあ」
……自分もしたいくせに。
そんな愚痴を零す唇も白に塞がれたまま、私は温もりに覆われる。白が少しずつ私の中に染み渡っていく。
一日必ず一回以上はキスをする、という我が家のルールは、今日もちゃんと守られていた。
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