第20話 遭遇
「お疲れー」
「お疲れ。一休みしたら、今度はわんこの経験値稼ぎしようか」
「分かったー」
約三時間に渡る採掘でかいた汗を濡れタオルで拭う夏月の服装は、いつぞやと同じようにタンクトップで、非常にエロティックだ。
筋肉が付いて来た二の腕と、時々見える脇に視線が吸い寄せられそうになりながら、地下でセンサーの代わりをしてくれた愛犬たちを撫で回す。
無邪気に喜ぶもふもふたちに癒されていると、ふわふわな体毛へ吸い寄せられるように夏月が近寄って来て、ぽちのお腹を撫で始める。
襟がよれて際どいところまで見える状態になってしまって、チラチラとそちらを見ながら真っ白なたまのお腹を撫でる。
夏月のお腹もこんな風に撫で回してみたいだのと、そんな煩悩が頭に浮かび上がり、慌ててそれを払い除けて立ち上がる。
「よ、よし、そろそろ行くか」
「はーい」
俺に続いて立ち上がった彼女はインベントリから上着と、薄っすらと青く輝く皮の防具を身に付ける。
それは魔石を砕いて粉にしたものを皮に練り込み、耐久力と防御力を向上させたという防具で、重たい装備を身に付けられない彼女にはうってつけの代物なのだそうだ。
俺の方は鉄防具を身に付け、カマキリの素材から作った盾を取り出す。
大きさとしては学校にあった教卓の天板より一回り大きいくらいで、重さは十キロ程度。
装備の説明にはそこそこ重たいとの一文があって警戒していたが、この程度なら問題は無さそうだ。
「大丈夫? いけそう?」
「十キロくらいだから平気。夏月のことは俺がちゃんと守ってやるからな」
「ありがと」
嬉しそうに笑った彼女はぎゅっとハグをして先に地上へ向かい、俺と愛犬たちも一緒に外へ出る。
特に変わった様子のない拠点周辺の様子を見て安堵しながら、どこに魔物がいるのか探ろうと耳を澄ませる。
「向こうになんかいるな」
オークの鳴き声のようなものを捉え、一人と二匹を連れてそちらへ向かう。
耳を澄ませて索敵をすることが多かったおかげなのか、カマキリも持っていたスキル【聴覚強化】を入手していた。
おかげでちょっと耳を済ませれば敵の居場所が分かるようになったし、そうそう不意打ちはされないだろう。
「いたな。ぽち、たま、俺があいつの注意を惹くから頑張って殺せ。夏月はヤバそうになったら魔導銃で援護を頼む」
「うん、分かった」
「「わふ!」」
カマキリのような硬い敵には弱い魔導銃だが、オークのような中途半端な相手には十分な火力は持ち合わせている。
そして狼たちもやる気で満ち溢れている。早いところレベルを上げて、拠点のマスコットから卒業してもらおう。
「よし、行くぞ!」
俺が盾を構えながら突っ込んで行くと、こちらに気付いたオークが雄たけびを上げながら突っ込んで来る。
「ブビィィッ!」
「いてえんだよボケ!」
盾と衝突すると衝撃が腕を駆け巡り、その痛みで怯みそうになったが何とか堪えた。
どうやら此奴の知能はかなり低いようで、ゴブリンを圧倒的に上回る力と重さで俺を潰そうとするばかりで、盾をどうにかしようとはしない。
想像を超えるアホっぷりに驚きながら、オークの背後へ回り込んだふわふわな生物に向けて叫ぶ。
「ぽち、たま! やれ!」
「「わふ!」」
返事をしながら二匹は背中に飛びついて首元に噛み付く。
オークは慌てたように二匹を攻撃しようとしたが、夏月の援護射撃を脚に喰らって動きが鈍る。
盾で殴り付けて威嚇と挑発を続け、オークは一先ず俺を殺そうと暴れ回る。
「ほら、殺してみろよ豚野郎が!」
「ブヒィ……」
恐怖が入り混じった鳴き声と共に俺の方へ倒れ込み、ぽちとたまが死んだことを察知して地に降りる。
どうやら首の皮を食いちぎって血管を引っ張り出していたらしく、かなりグロテスクな状態になっていた。
「お、お前ら、えげつないな」
「わふ」
顔を血で汚したぽちがお座りして一声鳴く。
帰ったら
「お、結構上がったな。その調子で頑張るんだぞ」
褒めていることは伝わったようで、二匹は嬉しそうに尻尾を揺らした。
そんなこんなで数時間、地図埋めも兼ねて森の中を練り歩き、魔物を殺して回った。
やっていくうちに分かったが、どうやら一方的に殺すよりも、肉弾戦を仕掛けた方が経験値の取得量が増加するらしい。
とは言っても、ショットガンで殺した時の二倍弱程度で、そんなに気にする必要もない差ではあるのだが。
「うし、今日はこのくらいにしておくか」
「そーだねー。ぽちもたまもがんばったねえ」
俺がオークの死体を解体している横で夏月にお湯で頭を洗われるわんこ。
ぶるぶるして水気を飛ばしたいのを我慢しているのが伝わる顔をしていて、夏月の悲鳴が上がるのもそろそろだなと察する。
「ちょ、ちょっと! まだだってば!」
予想通り、二匹が頭をぶるぶると振り回し、顔に付いていた水を撒き散らした。
俺の方まで飛んで来て文句を言ってやろうかと思いながらそちらを向くと――こちらを見ている誰かと目が合った。
「夏月、敵だ!」
「え?!」
慌てて盾を構えた俺は視線でぽちとたまに下がるよう合図して、夏月も魔導銃を手に取る。
「来いよ、豚野郎が!」
どうせオークだろう、そう思っての威嚇。
しかし、こちらに寄って来たのは軍服を身に纏い、背中には巨大な盾を装備している見覚えのあるワニ頭の男だった。
それに続いて六人の魔族が盾や剣を構えてこちらにやって来て。
「武器を捨てて投降しろ。命は助けてやる」
「……夏月、ショットガン持て」
「大丈夫、持ってるから」
俺を遮蔽物にする形で銃を構えた夏月の優秀さに惚れ惚れする。
と、魔族たちはすぐに身構え、既にこちらの武器の情報は漏れているらしいことが伺える。
「俺たちはアンタらと戦うつもりは無い。そっちが攻撃をしないならこっちも攻撃しねえよ」
無論、嘘である。
勇者に懸賞金を掛けているような奴らと停戦なんてするわけがない。
「ほう……俺様の部下を何人も殺しておいて、よくそんなことが言えるなあ?」
こいつ、昨日の生き残りか。
「人の家を荒しといて謝罪もしねえのか? 魔族ってのは礼儀がねえな」
「貴様あ……!」
ちょっと煽っただけで顔を真っ赤にするあたり、こいつらは精神面が未熟なのかもしれない。
そんなことを考えながら目の前にいる七人の魔族の他にいないか周囲を見回すと、いつの間にやら木の枝で弓兵がこちらを狙っていた。
俺の聴覚をすり抜けるあたり、そこらの魔物とはワケが違うということらしい。
「夏月、木の上に弓兵が一人いる。狙えるか?」
「二人だよ。右だけじゃなくて左にもいる。右の方を先に倒すから、左の方に向いて」
そう言われて目を向ければ確かにいた。
と、隊長格の魔族は背中に背負っていた巨大な盾を構えて。
「俺たち魔族に楯突いたらどうなるか、教育してやるよ」
「盾だけに、ってか?」
鼻で笑ってやるとそれほどつまらなかったらしく、ぶちぎれて突撃して来た。
夏月がすぐさま弓兵に向けて散弾をばら撒き、もう一人が放った矢を盾で弾く。
すぐさまそちらにも散弾が撃ち込まれて木から落っこちたのを確認するや否や、正面から隊長格の男が体当たりを仕掛けて来る。
「勝てると思ったか!」
「うっせえバーカ!」
盾越しにワニ野郎と怒鳴り合っていると、視界の端で盾持ちが脚を吹っ飛ばされてズッコケた。
これなら勝てる――そう思ったのも束の間、いつの間にか回り込んでいたもう一人の盾持ちが夏月を殴り付けた。
「きゃっ?!」
「夏月!」
「てめえの目の前でレイプしてやるよ、ハハハ!」
煽って来るワニ野郎を無視してショットガンを手に取った俺は、夏月に襲い掛かろうとするクソ野郎に射撃しようと構える。
しかし、怯えて後退っていたぽちとたまが覚悟を決めた目をして援護を始め、それを見て剣で殴り掛かって来る魔族に狙いを変える。
「うがっ?!」
綺麗に全弾当たったことで上半身と下半身がさよならしたのを横目に、ワニ野郎と目を合わせる。
「お前、レイプされる覚悟出来てんだろうな? 俺は魔族の男でもイケる口だぜ?」
「は?」
俺のハッタリで気色の悪いものを見る目を浮かべ、その一瞬の隙を突いてもう一人の魔族も吹き飛ばした。
まだ殺していない二人の魔族は完全に怯えた様子で後退り、俺との睨み合いを続けるワニも少しずつ下がり始める。
後ろで痛みを堪えるような声を出しながら立ち上がった夏月がショットガンを構えると、生き残った部下たちは悲鳴を上げて逃げ出す。
「お、覚えてろよ!」
「逃がすかバカ」
後退ったワニが逃げられないように押し込み、向こうからも押し返さないといけない状態に持って行く。
すると、狼たちが素早く彼の背面に回り込み、躊躇無くうなじに噛み付いた。
「うああぁぁっ?!」
盾越しに血しぶきを上げながらも、俺を必死の形相で睨み付けるワニ男。
「レイプ出来無さそうで残念だよ、隊長サン?」
「変態野郎が……」
最後の言葉を残して倒れ込んだ彼に、我らが愛犬は容赦なく噛み続ける。
死亡確認のために【鑑定】を発動させてみれば、既にHPはゼロになっていて、何とか勝てた安堵からほっと溜息を吐く。
と、後ろで痛みに悶える声が聞こえ、盾を放り投げて夏月の元へ駆け寄る。
「大丈夫か?」
「うん……ちょっと痛めちゃって……」
「クッソ……」
盾で殴り付けられたようで、前腕が全体的に赤くなってしまっている。
後でカメレオンの頭をした魔族には死体撃ちしてやることに決めつつ、【鑑定】を使って怪我の状態を見る。
すると、HPが四分の一程度削れてしまっていて、腕も打撲してしまったことが分かった。
「弱くて……ごめんなさい」
「良いんだよ、夏月は悪くないし、十分な働きしてくれた。俺なんて、あのワニ一匹しか相手にしてなかったんだぞ?」
「もう……もっと働いてよね」
俺に心配を掛けまいと、無理して冗談を言う彼女の優しさで涙が出る。
と、ワニ男の骨が見えるまで肉をほじくってた狼たちが戻って来て、怪我をした夏月を見ると悲しそうに鼻を鳴らす。
「一回帰るぞ。お前たちもよく頑張った」
「くーん……」
犬のくせして悲しそうな顔をする二匹のせいで余計に泣けてくる。
つられて夏月も静かに泣き始めたのを見て、俺がしっかりせねばと思い直し、帰る前にワニ野郎の所持品を漁る。
腰に巻き付けられているポーチに地図や食料などが入っているのを見つけ、それを奪って装備した俺は、盾をインベントリに突っ込んで夏月をお姫様抱っこする。
「痛かったら言ってな?」
「ありがと」
涙を流しながらも、幸せそうな笑みを浮かべた彼女を見て、しっかりと守り切れなかった悔しさがふつふつと湧き上がる。
……もっと強くならねば。
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