第59話 貴族
オークの集落を吹き飛ばし、見覚えのある魔族のアンデッド集団を機銃掃射で片付け、ミノタウロスの群れを食肉に変えた。
残るは人食いトロールだけだが、森の少し奥側にある洞窟の中を住処にしているらしく、依頼の中では一番面倒なやつだ。
その洞窟というのは薬の材料になる希少で美味なキノコが取れるとかで、可能な限り燃やすなどの戦法は取らないで欲しいとあった。
「まあ、全部食われてるだろうなあ」
「そう言えばこの世界できのこって食べて無いね。生えてたら回収する?」
「おう、そうしよう。美味かったら拠点で栽培しても良いしな」
ハッチから上半身だけを出す香織とそんな会話をしていると、前方にそれらしきものが見え始めた。
急斜面になっている地形にぽっかりと空いた六メートルほどの高さがある穴の奥から生物の気配と生ごみのような悪臭があり、俺は携行式ロケットランチャー『RPG-7』を取り出す。
トロールは身長四メートルの大巨漢で、体重は四百から七百キロ、大物だと千キロを超える事もあるらしい。
「全員、何が出て来るか分からんから警戒しろ。戦車だってどこまで入れるか分からないからな」
全員が返事をしたタイミングでおーちゃんに前進を命令すると、戦車はゆっくり洞窟の入口へ近付く。
車体前部に装着されているライトが洞窟内を照らし出したことで、食い散らかされた人間や魔物の腐乱死体と巨大な糞がいくつも転がっているのが見える。
その悪臭はギルドがマシに思えるほどきつく、魔獣たちには入口の前で待機するよう命じ、俺はみんなにガスマスクの装着を呼び掛ける。
「グァ?」
奥から大型の獣の声が聞こえた。
どうやら侵入されてようやくこちらに気付ける程度に五感は鈍いようで、そこまで警戒する必要は無かったかもしれないと、そんなことを考えながら発射筒を構える。
しかし、曲がりくねった空洞の先から漂って来た異臭がマスクすら貫通するほど濃くなり、マイク越しにおーちゃんのえづく声が聞こえる。
「おーちゃん、撤退だ」
「うみゅ……」
鼻を摘まんでいるのか声がくぐもっているおーちゃんの声と共に、戦車はゆっくりと後退を開始した。
洞窟から出ると戦車の中にいたみんなが一斉に顔を出して新鮮な空気を吸い込もうとし、もっと早くに撤退すべきだったと後悔する。
面倒くさくなった俺は火炎瓶を作ることに決め、飲み物を入れるために持って来ていたガラス瓶とガソリン、布を素材にしてクラフトを開始する。
「きのこ欲しかったけど、こりゃ諦めるしか無いな」
「うん……こんなに臭いなんて聞いてないよ……」
中学生の時に検便をやらされたことがあったが、あの臭いを何十倍にも濃縮したような悪臭に、夏場放置した生ごみの悪臭を混ぜ合わせたような、とんでもない激臭だった。
へなへなと獣耳を垂れ下がらせるおーちゃんの背中を摩りつつ、完成した簡易的な火炎瓶を手に取った俺は、洞窟の中に向けて投げ飛ばした。
奥の方まで飛んで行ったそれは壁に当たるとすぐに燃え上がり、もう一個をぶん投げてみると今度は爆発した。
空洞内へ音が響き渡ると同時、洞窟の奥で気持ちの悪い叫び声が聞こえ、痰を吐き出すような、咳き込んでいるような、そんな声を上げながら何かが出てこようとする。
「死んじゃえっ!」
夏月のド直球な暴言と共に発射された榴弾は、奥から出て来た巨人の足元に命中した。
脂肪でぶよぶよしていて、肌には苔すら生えた丸太のように太い脚が一瞬にして肉片と化し。
「ガァァアアッ?!」
体を支えるものが無くなり、ズテンと転びながら悲鳴を上げるトロール。
俺も火葬してやるべくさらにもう一つ火炎瓶を投げ込み、脂肪の塊のような体に火が引火した。
肥え太った肉体はよく燃えるようで、ジタバタともがく度に火の勢いは強くなる。
と、まだ足音が聞こえる事に気付き、俺はまだいたのかと驚きながら火炎瓶を取り出す。
「……マジかよ」
奥から現れたトロールの群れを見て、もしも他の冒険者が依頼を受けていたら絶対に生きて帰られなかっただろうなと、そんなことを考えながら火炎瓶を投げつけた。
そんなこんなで街へ帰る頃にはすっかり日が暮れてしまった。
仕事帰りの人々で賑わう大通りを、四匹の魔獣にトラックを引かせてギルドへ向かう。
案の定、魔獣にとってこのトラックは軽すぎるようで、欠伸をしながら前を歩いている。
街の人々もこいつらには慣れたらしく、チラチラと視線を送る程度であからさまに驚いたり怯えたりするような事が無くなり始めている。
と、ギルドが先の方に見え始め、もふもふたちにそこの近くで止まるよう指示を出す。
「お嬢さんたち、誰が一緒に行くか決まったか?」
「うん、大丈夫だよー」
明るい夏月の声で誰が来るのか察していると馬車はギルドの前で停止し、俺は夏月と香織を連れてギルドの中へ入る。
ガヤガヤとたくさんの冒険者たちで賑わい、悪臭も普段の三割増しでキツくなった屋内を、いつもなら付けるガスマスクを付けないで進む。
あの洞窟で完全に鼻が鈍ったせいかそこまで不快感は無く、慣れの恐ろしさを感じながら受付に近付こうとすると、俺に気付いた職員の男が慌てた様子で中から出て来た。
「ど、どうかなさいましたか?」
困惑の交じった雰囲気で問いかけて来る彼に、俺は依頼書をペラペラさせながら。
「依頼終わったから報告にな。ギルドマスターはいるか?」
「こ、こちらへどうぞ」
最早、当たり前のように中へ通され、彼の案内の元マスタールームへと移動した。
そこではメルヒウルスが眼鏡を掛けて書類と睨めっこしていて、こちらに気付くと困惑した様子を見せる。
「何だ、追加で依頼でも受けたくなったか?」
「いや、終わらせてきた」
「……本気で言ってんのか?」
そんなことを言われたため、俺は各魔物の頭が入った麻袋を取り出し、香織と夏月が討伐した魔物と発見した遺体の特徴を記録した書類をそれぞれ取り出すと。
「わ、分かった。それをここで出すのはやめてくれ」
「外か?」
「ああ、解体部屋がある。そっちに行こう」
仕事部屋を汚されるのはイヤだったらしく、慌てたように彼は立ちあがった。
それを見た俺はインベントリに頭を戻し、ホッとしたようにため息を吐いたメルヒウルスは。
「何で頭なんだ? 左手で良かったんだぞ?」
「俺たちの国では打ち取った敵の頭を刈り取るんだよ。こっちでもそうだろ?」
「どこの蛮族の話だ?」
呆れたように笑った彼は、血の臭いがこびり付いた扉を開け、俺たちをそこへと通す。
作業をしていたブッチャーたちが少し驚いた様子を見せながら一部のスペースを開け、メルヒウルスは空いたテーブルを指差して。
「そこに並べてくれ。状態が良ければ高値で買い取る」
「蛮族とか言っときながら買うのか?」
「俺にはさっぱりだが、魔物の頭を集める変態がいるんだよ。しかも高値だろうと平気で金を出しやがる」
「世の中広いな」
そんな会話をしながら頭を取り出してテーブルへ並べると、彼は驚いた顔をする。
「状態良すぎないか? すぐそこで取って来たのか?」
「勇者だからな、こんなもんだ。それより、これって買い取ってくれるのか?」
「……普通に買うなら金貨一枚、変態貴族の元に届けてくれたら金貨五枚でどうだ」
相場が分からないせいで何とも言えないが、肥料くらいにしかならない素材が金貨になるなら良いか。
それに、変態とは言え貴族と繋がりを持てるのは大きい。ここは話に乗ってみよう。
「分かった、届けよう。どこだ?」
「案内する。お前達だけで行っても、通しては貰えないだろうからな」
俺はその言葉を受けて頭を回収すると、彼は付いて来るように言って馬車置き場へ向かう。
マイクでマキナに移動を指示しつつ外へ出ると、少し遅れて四匹の相棒たちが引っ張るトラックが現れた。
「何度見ても恐ろしいな」
「こいつらの危険度ってどんなものだ?」
「白の冒険者パーティが一組、あるいは黒の冒険者パーティが四組で討伐に当たる……って言えば大体わかるか?」
白は一番、黒は二番目に高いランクだったか。
ってことは、この四匹だけで人類最強格の人間たちと対等な程度には強いのか。
……そんなこいつらより俺と夏月のステータスの数値の方が高いということは、もしかしたら人類最強は目前かもしれない。
そんなことを考えながら御者席にメルヒウルスを乗せ、その隣に座った俺は手綱を握って魔獣に進むよう合図を送る。
「道案内頼むぜ」
「任せろ」
そんな会話をしながら、俺たちは貴族の屋敷へ向けて進み始めた。
ギルドから約三十分ほど移動した先、貴族街のやや奥側に位置する大きな屋敷の前までやって来ると、大きな門の前に立つ門番が慌てたように槍を構えた。
しかし、武器を向けられた相棒たちは相手が自分よりも弱いと分かっている様子で、やる気の無さそうな欠伸をする。
と、慌てたように御者席から降りたメルヒウルスが門番たちの元へ駆け寄る。
「こいつらは大丈夫だ。あいつに飼い慣らされてるし、暴れたりはしない」
「……本当か?」
「もしも何かあったら俺が責任を取る。修繕費はあいつに請求して欲しいけどな」
俺を指差してそんなことを言うメルヒウルス。
もしもそんな事になったら夜逃げすることに決めつつ、御者席から降りた俺はたまの頭を撫でて見せて。
「こいつらは俺の言うことを良く聞く。主人にべっとりだからな」
撫で回している内に尻尾をご機嫌そうに振るデカいだけのワンコと化した見て、門番たちは顔を見合わせると。
「と、とりあえずメルヒさんだけ通します。通すかどうかは旦那様が決めると言うことでここはどうか……」
そうほいほいと通してくれるはずがないか。
屋敷の庭で相棒たちと可愛い嫁たちを構う事約一時間、ようやくメルヒウルスと執事らしき人が出て来た。
それに気づいた女の子たちは誰が残るか決めるためじゃんけんを始め、そんな可愛い姿を横目に俺の方からも二人の元へ寄る。
「歓迎するってよ。立ち振る舞いは気を付けるんだぞ」
「任せろ。日本人は礼儀マナーにうるさいからな」
この世界に来て礼儀やマナーを気にした事があるのかと問われれば、口を閉ざすほか無いのだが。
と、じゃんけんに勝ったおーちゃんと香織が付いて来ることになったらしく、マキナと夏月が寂しそうな顔をする。
「すぐ戻る。ふわふわで寂しがりな相棒たちを構ってやってな?」
「うん」
可愛いもの同士が戯れる姿を名残惜しく思いながら、メルヒウルスと共に屋敷の中に入る。
豪華な絵画や彫刻などが等間隔で並び、金ぴかのもので統一された廊下はいかにも貴族といった様相で、何となく当主の性格が分かって来た。
三階の奥でボス部屋のように佇む三メートル以上ある大扉へ近付くと、執事が俺たちに変わって扉を叩く。
「入れ」
中から聞こえて来た男の声はソプラノばりに高く、少し驚きながら開かれる扉の先にいる人物へ目を向ける。
そこには、事務机のようなところに腰掛ける、背の低い男が偉そうにふんぞり返っていた。
「貴様が持って来たのだな?」
「はい、この私が取って参りました」
彼の気取った話し方を真似て答えてみると、香織が後ろで噴き出した。
後でデカ乳を揉みしだいてやることに決めつつ、特に気にする様子も無い貴族のおっさんは、デスクの前に向かい合う形で置かれたソファを指差す。
「一先ずそこに座りたまえ。ヒュンベル、貴様は客人と私の飲み物を持って来い」
「かしこまりました」
一礼したヒュンベルと呼ばれた執事は足早に部屋を出ると、駆け足で廊下を移動して行ったのが音で分かった。
彼の所作を真似て一礼してみた俺は指されたソファに腰掛け、右側に香織が、膝におーちゃんが、そして左側にメルヒウルスが座る。
すると手元の書類をまとめたおっさんは立ち上がり、対面のソファへと腰掛ける。
「私はアルフォンス・ディ・クライベルク侯爵だ」
「オオサワハヤトと申します。お会いできて光栄です」
日本にいた頃、国語の授業で習った知識を最大限に活かし、口調もなるべく気取ったものにして答えると、彼の方から手を差し出された。
俺よりも一回り小さいその手をしっかりと両手で握ると、彼は俺の顔をマジマジと見つめる。
「……勇者か?」
「か、顔立ちが似ているだけです」
「嘘を吐くな」
チビだからと舐めていただけに、一発で見抜かれて動揺を隠せない。
チラとメルヒウルスに目をやると、「話しちまえ」とアイコンタクトを送られ、俺は誤魔化すことを諦める。
「申し訳ありません、勇者です。新鮮な生首を持って来れたのもスキルのおかげです」
あっさりと認めた俺に、アルフォンスは特段驚く様子は無い。
「聞いていた話だと明日だったが……前倒しになったか?」
「何の話です?」
聞き返しながら察した。
「明日から一ヶ月、天獄の森で訓練を行うのだろう? 新型の武器も試験すると聞いているが……」
さて、とんずらの準備をしよう。
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