一方その頃、勇者は 6

「あーあ、遠征か」


 俺の部屋に集まったダチたちと酒を飲みながらそんな話をする。

 余計なことを言ったやつがいたせいで二十歳になるまで酒を禁止されたが、調理場の管理がザルだったおかげであっさりと盗み出せた。

 と、瓶三本を開けて顔を真っ赤に染めながら愉快そうに笑った山田が。


「良いじゃん良いじゃん、夏月ちゃんとまた会うチャンスだろ? あいつに取られたままで良いのかよ」


「よくねえよ。でももう無理だろ」


 遠出先はあのクズが追い出された天獄の森からすぐ近くのカノーネンと呼ばれる街だ。

 何でも、天獄の森へ向かった奴隷軍が偵察した結果、あいつらの拠点があったと思わしき場所が見つかったのだ。

 しかし、そこには大きな爆発跡と建物の残骸だけがあり、付近を通りがかった魔族を捕らえて尋問したところ、魔王軍の幹部が一掃したと吐いたという。

 既にあいつらが死んだ可能性が高いと分かり、まあまあ強い魔物が出現することの多い天獄の森での訓練を開始することになったのだろう。

 ……あいつがそう簡単に死ぬのかと言う疑問はあるが。


 あんな可愛い女二人を失ったのは痛いが、どうせあのクズに自ら股を開いたに違いない。

 そんな股の緩い女なんざ、こっちから願い下げと言うものだ。

 

「あ、そういや今日って式典があるとか何とか言ってなかったか?」


「……やっべ」


 そうだった。明日に向けて士気を高めるとか何とかで、式典をすると話していた。

 時計を慌てて見れば式典の始まる時間に迫ろうとしていて、俺たちはドタバタと支度をする。

 酒の臭いを誤魔化すため香水を振り撒き、消臭効果を持っているという観葉植物の葉を口の中に突っ込んだところで、部屋をコンコンとノックされた。

 

「なんだ」


「執事のセバスです。そろそろ式典が始まりますので、ご用意を願います」


「もう済んでる」


 言いながら部屋を出ると、他のクラスメイト達も丁度出てきたところだったらしく、セバスの後ろで移動していくのが見える。

 俺たちの素行の悪さからか、誰もこちらに目を合わせようとしていない事に気付きながら、その後に続いて移動を開始する。

 式典を行う場所は俺たちが召喚されたあの玉座の間で、今回は国王や姫も来ると聞いている。


「あーあ、面倒くせえな」


 何をするのか知らないが、三時間程度は拘束されるらしい。

 そんなことをするくらいなら部屋で酒飲みながら駄弁ってる方が楽しく、そして明日の不安も消えると言うものだ。

 口の中で渋い味がする葉っぱを転がしながら、どうやってサボろうか考えていると、玉座の間へと到着した。

 両開きの大扉が開け放たれた状態になっているため、それを潜っていけば、色とりどりな料理の盛り付けられたテーブルがずらりと並ぶ景色が広がっていた。


「美味そうじゃん」


 早速手を付けたくなるが、どうやらまだ食べてはダメらしく、俺たちは渋々玉座の間の端で列を作るクラスメイト達の元へ向かう。

 臭いでバレたのか数人が顔を顰めたのを無視して、俺たちは何食わぬ顔をして、他のクラスメイトに倣って部屋の中央を向く。

 と、無駄に豪華な玉座の左右を挟むような形で、布をかぶせられたデカブツが置かれている事に気が付いた。

 前までは槍と剣を持った大きな石像が玉座を守るように置かれていたのだが、アレを新しい物に変えたのかもしれない。

 ……まさか、そんなどうでも良いことを自慢するために俺たちを呼び出したんじゃないだろうな。


「全員、注目っ!」


 玉座の隣に立った宰相が大声で叫び、酒のせいでグラグラする頭に響く。

 ヤバくなったら耳を塞ごう、そう決めながら見ていれば、音楽隊による壮大な演奏と共に、王とその娘が現れ、背筋をピンと張ってそこを歩いて行く。

 躓いて転ばないかなと、そんなことを考えながら見ていたが、二人は何事も無く歩いて行き、玉座の前まで到達するとこちらを振り返る。

 王と姫は宰相から魔導式のマイクを手渡されて。


「明日、貴殿らは遠征訓練に旅立つと聞いている。此度は不安で仕方なかろう皆のための宴だ」


 カッコつけた上に見下した話し方が気に食わず、手元に石があったら投げ飛ばしたくなる。

 と、今度は姫がマイクを口元に近付けて。


「そして、今回は皆様の士気向上のため、新兵器をお披露目したいと思います!」


 その台詞で俺たちは思わず「おおっ」と声を上げた。

 そう言えば、あのミリオタが戦車だかなんだかを作ると話していたが、もう新しい物が完成したのか。

 あいつが何のスキルを持っているのかは知らんが、もっと強い武器が使えると言うのなら、今までの鬱憤を晴らすことだって出来そうだ。


 と、玉座の両隣に置かれていた布をかぶせられたデカブツの元に数人の召使たちが近寄り、布に付けられていた紐を引っ張った。

 すると現れたのは……。


「は?」


 思わず変な声が出たのは俺だけでは無かった。 

 そこに現れたのは戦車……なのだが、明らかにアイツが使っていたそれより数段劣るのが目に見え、落胆した俺はため息を吐きながら口の中の葉をペッと吐き出す。

 一方でこの世界の人間たちの方は盛り上がりを見せ、周りのクラスメイトはそれに合わせるように嘘くさい歓声を挙げ始める。


「なんだあれ。あんなので戦うのか?」


 隣の山田に耳打ちすると、そう思っていたのは周囲の全員だったようで、何とも言えない顔でこちらをチラチラ見て来る。

 実際、長方形の箱の正面に古臭い大砲をポンと乗せただけにしか見えず、その砲も短くて頼りない。


「短小なのはチンコだけにしとけって話よな」


 山田の一言に俺たちが噴き出していると、式典が始まってからずっと姿を見せていなかった築山ミリオタが、姫に呼ばれてその姿を現した。

 騎士や召使たちがぱちぱちと拍手して迎え、気を良くした様子で笑いながら手を振り、姫の隣にやって来たムカつく顔面を睨んでいると。


「えー、皆様お久しぶりです。あまりにも短い期間で完成させなければならず、本来作りたかったものは作れなかったことを、先ずは詫びたいと思います」


 本当に時間があったらアイツの使っていた物以上の戦車を作れたのかと問いたく思っていると、戦車を手で指し示す。


「とりあえず、こいつらの紹介をします。これはフランスのサン=シャモン突撃戦車をイメージして作り出した戦車で、主砲は七十ミリ、正面の装甲は五十ミリで傾斜が――」


 ペラペラと早口で話し始めたのを見て、俺は興味を無くし近くのテーブルへ移動する。

 そこに並べられた豪華で高級そうな飯を、傍に置いてある皿に盛りつけていると、セバスが駆け寄って来た。


「樋口様。まだ式典の途中です」


「あんなペラペラ意味分かんねえ話聞いてもしょうがねえだろ。俺はあんなの乗りたくねえしな」


「そ、そんな事言わずに……」


 引き留めようとするセバスだが、王族に次いで高い地位を持つ勇者相手に強く出ることは出来ないようで、懇願するだけに留まる。

 食いたい分を盛りつけた俺は、こちらをジロジロ見て来るアホ共の元へ戻り、尚もしゃべり続けている築山に飯を食いながら目を向ける。


「お前、やるなあ」


「だろ? お前も取って来いよ。話終わらなくて餓死するぞ?」


 俺がそう答えると、ダチ共は揃って料理を取りに動き出し、クラスメイトはガヤガヤと騒がしくなる。

 ……魔法の世界で戦車やら銃火器やら、そんなもので戦いたくねえなあ。

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