第60話 買い出し

 勇者がカノーネンにやって来てから三日が経った。

 時折、外から小さい砲撃音が聞こえて来たり、拠点の近辺を通過するせいで地響きがしたりと、鬱陶しい事この上ない。

 

「あのポンコツ戦車、やっぱぶっ壊すか?」


 俺の発言に夏月が笑いながら制止する。


「だーめ。もっと強いの作られちゃったら大変だから」


 今日も今日とて勇者と共にやって来た戦車隊が近くを通過しているらしく、十両程度のエンジン音と揺れが拠点を襲う。

 いつの日か、対戦車ロケットをぶち込む日を夢見ながら、俺は一昨日に街で調達して来た紅茶を口にする。

 

「後三日掛かるんだね。早く他の国行ってみたいなー」


 IS2を作った時に使った専用の作業台である『バトルタンクメーカー』を操作しながら呟く香織。

 一体何を作っているのかと言えばキャタピラ式の輸送トラックを二両と、護衛用の軽装甲車両を一両の計三両だ。

 そんなに作れるほどの素材があったのかと言えばそんなことは無く、全く足りなかったため昨日まで全力で穴を掘って素材集めを行っていた。

 何とか素材を集めきる事が出来たおかげで、昨夜からクラフトが始まったのだが、やはり大型車両というだけあって時間が掛かってしまうのである。


 そんな考え事をしていると地上を移動する戦車の音が聞こえなくなり、俺は紅茶を口にしながら。


「さて、そろそろあいつらも貴族街に帰った頃だろうし、街で買い物でもするか」


「だね。今日は誰行く?」


 隣で紅茶を口にしていた夏月が声を掛けると、女子だけの会議が始まり、参加権の無い俺はその会話を尻目に、足元でゴロゴロしているぽちとたまを撫で回す。

 

「お前たちもそろそろ進化できそうか?」


 喉をゴロゴロ鳴らして何とも言えない反応をする二匹に【鑑定】を使ってみれば、レベルは六十九にまで上がっていた。

 前回、進化した時はこのくらいのレベルだった事を踏まえると、もしかしたらもうちょっとで進化出来るのかもしれない。


「お前らも採掘出来れば良いのになぁ」


 一番育っているスキルが攻撃性能に優れた【鋭爪】で、採掘するのにも必要となりそうな事からも、まだ【サバイバー】を共有していない。

 何かどうでも良いスキルでも育てさせることが出来れば良いのだが……。


「隼人、今日はおーちゃんとマキナになったよ」


「お、異世界組か」


 この面子で街に出かけるのは初めてだ。

 おーちゃんが誘拐魔に狙われそうで心配だが、ずっと抱っこしていれば大丈夫か。


「じゃあ、ちょっくら行ってくる。なんかあったら無線でな」


「うん」


 コクリと頷いた夏月と、隣でお茶を淹れる香織に俺は手を振りながら、二人を連れて下の階へ向かう。

 

「奴らにバレぬか?」


「大丈夫。アイツら、貴族街しかウロウロしてないから」


 一昨日、夏月と偵察を兼ねて街の様子を見に行ったところ、奴らは森での訓練以外では、ずっと貴族街に入り浸っている事が分かった。

 俺たちがよく歩き回っていた平民街であれば、大通りに近付かない限り奴らと遭遇するリスクも低いため、入手が面倒になった茶葉や食料などを買いに何度か出掛けている。

 

「今日は何を買うのじゃ?」


「肉とパンを買い占める。長距離移動には一週間くらいかかるだろうからな」


「米が食べたいものじゃな」


「だなぁ……」


 旧拠点で栽培していた米の備蓄は大分少なくなって来た。

 街でも米を扱っている店はあったが、パンや芋などが主食のこの世界では高価な上、味も日本のそれより数段劣っていてお世辞にも美味しくない。

 早いところ次の拠点を用意して、思う存分白米を食いたいものだ。


「じゃ、準備するから待っててな」


 地下三階の妖しげな装飾の施された空間の中央にポツンとある一つの装置――その名は設置型テレポーター。

 名の示す通りテレポートが可能な魔道具で、街の近くと緊急時の避難先として森側に逃げられるよう設定してある。

 ちなみに携帯式の方もあるらしく、そちらは設置型と比べてテレポート可能な距離が短く、起動に必要な魔力も膨大なため、使い勝手は良く無いようだ。


 セグウェイから車輪を外したような見た目の装置に手をかざして魔力を充填し、二人と共に機械の周囲に並ぶ。

 空中に現れたゲームらしさのあるスクリーンには転移先の情報が記述されていて、目的地の方を選択する。


「やっぱすげえな」


 足元に出現した煌めく魔法陣は何度見ても美しく。

 見惚れている間に三人揃って街の外壁近くに掘った穴ぐらへ転移した。

 潜望鏡で外の様子を確認し、誰もいないと分かった俺は二人を連れて地上へ出て、念のためマスクで口元を隠す。


「じゃ、行くか」


 おーちゃんを抱っこし、マキナと手を繋ぐ。

 側から見たら子連れの夫婦に見えるのでは無いかと、そんな事を考えながらマキナに目を向ける。

 そんな彼女の服装は、冒険者が良く身に着けている革装備に、白シャツと黒のズボンという極々普通の格好だ。


「女誑しな奴じゃな」


「否定はしない」


 小馬鹿にした目を向けて来るおーちゃんの方は魔法使い風のとんがり帽子とローブを纏わせている。しかし大きな耳と尻尾は隠し切れず、俺の顔の前でもふもふと揺れている。

 そんな二人に癒されながら門の前に出来上がった十数人の列に近付き、最後尾に並ぶと前方の冒険者パーティがこちらを振り返る。


「もしかしてあんた、勇者か?」


「え?」


 顔の半分はフェイスマスクで、黒髪はキャスケットを被って隠しているのに、いきなりバレて間抜けな声が出た。

 そんな俺に興味津々な様子で魔法使いの女の子が。


「ずっと放置されてた依頼全部終わらせちゃったって噂の勇者でしょ? ほら、冒険者カードとか見せてよ」


「人違いだな」


 言いながら緑色のカードを取り出し、レベルなどの書かれていない裏面を向けて見せつけると冒険者たちは目を丸くした。

 それだけの依頼をこなしていれば上から数えた方が早いようなランクにまで上がったと思うのは当然か。

 ……試験を受けないといけないのが面倒だからと昇格を延期してたのが、逆に良かったらしい。


「違う……のか?」


 困惑した顔で俺のカードを凝視する彼らを、後ろから話しかける者が現れる。


「おい、次お前たちだぞ」


 いつもの門番が話しかけると、冒険者四人組は慌てた様子ながら自分の冒険者カードを取り出す。

 青いカードを見て立場上は格上だったらしい事に気付き、なぜあんな反応になったのか察していると。


「よう、久しぶりだな。有名人さんよ」


 俺たちに絡んで来た冒険者を追っ払った門番は、酒の臭いを纏いながらこちらにやって来る。


「なんであいつら、俺が分かったと思う?」


「あんなバカみたいにデケェ魔物連れて来る奴なんだから見た目くらい覚えられるに決まってんだろ」


「……ちなみに俺ってどのくらい有名だ?」


 みんなで街を歩きたいと欲張ったことを少し後悔しながら問うと、少し考える素振りを見せて。


「キマイラを連れたイカレ野郎がいるってのは、この街全体で噂になってんな。ちょっと前までアレよりデカいキマイラが暴れてたし、それが拍車をかけたんだろうよ」


 脳裏にキマイラレーヴェの親の顔が朧気ながら浮かび上がる。

 

「参考までに聞いておくが、そのキマイラってどのくらいヤバい存在だった?」


 問いかけながら冒険者カードを見せると、彼はそれを横目に。


「つい数年前まで、ここの近くには街が五つもあった。だけど残ってんのはカノーネンだけ……どういうことか分かるだろ?」


 そりゃそうか。スキルで魔素の薄い場所でも行動出来るようになっていたくらいだし、森の中だけじゃなくて外にだって出るか。

 と、マキナとおーちゃんのカードも見た彼は、通るようジェスチャーしながら。


「よし、通って良いぞ。頑張れよ勇者」


「……何のことか分からんな」


 はぐらかしてみるが、既にバレているようで彼はニヤニヤと笑っている。

 逃げるようにその場を後にした俺たちは、大通りから外れて商店街の方へ向かって進む。


「バレバレじゃったな」


「もうちっと自重すべきだったかもなぁ」


「でも、楽しかったよ?」


 俺のネガティブな言葉に対し、マキナが純粋無垢な目で擁護してくれる。

 完全に間違いでは無かったかもしれないと思い直しながら細道を歩いていると、威勢の良い声が聞こえ始め、やがて活気付いた場所に出た。

 ここは一昨日にメルヒウルスから教えてもらった市場で、大通りに面した店よりも多種類の品物を、比較的安く購入できるのである。

 

「何を買うのじゃ?」


「とりあえずパンと芋だな。そんで魚と肉、果物も買っとく」


「野菜は良いのか?」


「おう、死ぬほど在庫あるからな」


 旧拠点の周囲を整地した時や森の探索をした時に食えそうなものは片っ端から採取して回っていた事もあり、野菜でチェストがいくつか埋まっているのである。 

 と、マキナが一方向を見つめていることに気付き、視線の先に目を向ければ、色とりどりの果物が並んだ店が目に入る。


「食ってみたいか?」


「うん」


 最初に果物を買ってやる事に決めながらそちらへ向かって歩き出す。

 すると、パンパンに膨らんだ麻袋を抱えた五人の女子が中から出て来た。


「ありがとうございました」


 疲労のうかがえる声色で礼を口にした一人がこちらを向き、ハッとした様子で立ち止まる。

 しかし、立ち止まったのはこちらも同じで、マキナが困惑気味に彼女たちと俺の顔を見る。


「大澤君、だよね?」


 問いかけて来たのは、香織とよく一緒に行動しているところを見かけた山崎やまざき真美まみだった。

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