第61話 親友

 果物の詰まった麻袋を抱えた山崎ロリ娘は、それを横に立っていた副委員長の仁尾におあずさに押し付けると、こちらに向かって駆け出す。

 危険を察知したマキナが俺の前に立つと、【装甲化】を発動させてその体に侍のような鎧を身に纏い、両手には赤黒く禍々しい鎌を持つ。

 初めて見る戦闘形態を見て歓声を挙げたくなる気持ちを抑え、俺もマキナの後ろからリボルバーの銃口を向ける。


「それ以上近付くな!」


 俺たちの戦闘態勢を見て女子たちも慌てたように武器を手にしようとするが、それを山崎が制止する。


「香織は? 夏月ちゃんは? みんな無事?」


「お、おう? 無事だけど……」


 攻撃を仕掛けて来るのかと警戒していただけに、その発言に驚きを隠せず間抜けな声が出た。

 

「良かった……みんな死んじゃったって聞いてたからずっと不安で……」


 まさか本当に死んでいると勘違いしていたとは驚きである。

 というか、かなり噂は広がっているという話だったのだが、こいつらの耳には入っていなかったのか?


「待てよ、俺がここでやらかした事とか耳にしてなかったのか?」


「え? 何のこと?」


 全く耳にしていない様子で彼女は尋ね返してきて、彼女の仲間である女子たちも何も知らない様子を見せる。


「い、いや、知らないなら別に良いけど……」


 あいつらが貴族街に入り浸っている事を考えると、この街の貴族すら俺たちの話を知らないのかもしれない。

 それならば、今後はもう少し派手に動いても問題無いのかもしれない。

 

「ね、ねえ、その子って井駒君が召喚した女の子だよね?」


 俺の足元から顔だけ覗かせていたおーちゃんに気付いた仁尾が、少し興奮気味に問い掛けて来る。

 

「どっかのバカが乱暴したって話も聞いてる。絶対やらんからな?」


「それは……ごめん」


 撫でたそうだった手を引っ込め、オズオズと下がっていく仁尾。

 そんな彼女たちに見せつけるようにしておーちゃんを抱っこした俺は、ふわふわな尻尾を堪能する。

 女子たちの目が撫で回されるもふもふに目が釘付けとなり――そんな俺たちにマキナが呆れたような顔をする。


「戦わないの?」


「え、日本語?」


 驚かれたことを気にする様子を見せないマキナは、身に纏っていた侍風の鎧と鎌を消し去り隣へ戻る。

 すると、山崎と仁尾の後ろで女子三人が陰口を叩き始める。


「もしかして奴隷? よく人を買おうとか思えるよね」


「性奴隷ってやつじゃない? 貴族の人がよく買ってるって聞いたよ?」


「んなわけねえだろ。魔族の兵士しか奴隷にしてねえわ」


「「「えっ」」」


 陰口を叩き始めた女子三人に対してそう答えると、仁尾と山崎も目を丸くしてこちらを見る。

 説明すべきかとも思ったが、敵になるかも分からない彼女たちに情報を渡すべきではないと思い直し、俺はマキナの肩を抱きながら。


「この子は大口真神と同じ召喚獣みたいなもんだから気にすんな。それより、俺らやることあるからもう良いか?」


「う、うん、ごめん」


 さっきより表情が明るくなった山崎は、こちらに寄って来ると小声で尋ねて来る。


「その……もうここ出て行っちゃう?」


「まあな。とっとと魔王ぶち殺して帰りたいから、お前らに絡まれたくないんだよ」


「うぅ、ごめん」


 しょんぼりと目を伏せた彼女を見て罪悪感に苛まれていると、何か悩むような素振りを見せ始める。

 何となく面倒くさいことを言い出しそうなのは察したが、今の悲しそうな顔をもう一度見るよりは良いかと思い直し、どんな言葉が飛び出てくるのかと待つ。

 十秒程度悩んだ彼女はやがて顔を上げ、上目遣いで俺を見つめると。


「私、香織に会いたい」


 案の定というべきか、面倒くさいことを言い出した。

 

「……他の奴に俺たちの存在を教えないなら」


「ホント?! 絶対言わないって約束する! ねっ!」


 山崎が後ろの女子たちを振り返り、絶対に言うなよと圧を掛け、四人は無言でコクコクと頷いて見せる。


「一応言っておくが、お前らの中にスパイを紛れ込ませてる。情報が漏洩した事が分かったら貴族街に砲撃するからよろしく」


「ぜ、絶対守る!」


 嘘八百も良いところであるが、五人は信じ込んでしまったようで、顔を蒼褪めさせてコクコクと頷いた。

 それを見てこれなら大丈夫だろうと悟った俺は、すぐ近くの果物に目を向けて。


「じゃ、買い物するまでその辺で待っててな」


 俺は彼女らにそう声を掛け、本来の目的だった買い出しを再開しようとすると、仁尾がおずおずと手を挙げる。


「私たちも付いて行って良いの?」


「いいや、山崎だけだ。いきなり暴れ出されてもイヤだからな」


 全く信用されていない事に傷付いたのかしゅんと悲しそうな表情を向けて来る。

 クッソ、山崎に情けを掛けたせいでその手口を使えば行けると思ってやがる。


「ダメなものはダメ。ご主人を困らせないで」


「ご主人って呼ばせてるの……?」


「……何のことだか」

 

 ドン引きした顔をする女子四人に、説明するのも面倒になった俺は適当にはぐらかし、逃げるように買い物を始めた。



 ★



 約一時間ほど掛けて必要な食材を買い込んだ俺たちは、市場の外側に位置するベンチに腰掛けて俺たちを待つ山崎の元へ近付く。

 他の女子四人は俺たちが戻って来るまでは貴族街の店で遊ぶとかで、買い物している間に去って行った。

 

「待たせたな」


「ううん、平気」


 緊張しているのか怯えているのか、少し声を震わせている彼女に、付いて来るよう言って来た道を戻る。

 流石に貴族街を砲撃するなんて言うべきでは無かったかと少し反省していると、マキナが徐に俺の手を握る。


「どうした?」


「どうもしない」


 そう言ってにんまりと微笑んだ彼女の顔は、夏月や香織が二人きりになった時だけ見せる満足そうなそれと全く同じだった。

 この子は自分の娘みたいなものだと言い聞かせて来た。しかし、夏月や香織に負けない可愛らしさを持つ彼女を異性として見ないでいるのはそろそろ厳しいかもしれない。

 

「もしかして三股してる?」


「は?! い、いや、違うし……やっぱそうかも」


 山崎の唐突な問いかけに、思考の海へ沈もうとしていた俺は慌てて否定しようとした。

 しかし、マキナが「え、違うの?」と言いたげに眉を歪め、反射的に肯定の言葉が出る。

 すると俺に肩車されていたおーちゃんが呆れたように笑って。


「自我を持つのじゃ」


「そんなんじゃ妻を三人も養えないんじゃないのー?」


「そーだそーだ」


 山崎に続いてマキナまで揶揄って来る。

 味方はいないらしい。


 と、前方に壁門が見え始め、時間も時間なため仕事帰りの冒険者たちがたくさん歩いている。

 何人かがこちらを見て何か気付いたような反応を見せるのを無視し、いつもの門番に挨拶しながら壁門を潜る。


「どこに行くの?」


「場所は教えない。とりあえずこっちだ」


 そう言いながらテレポート装置のある方へ向けて歩き、人気の無い場所まで移動したところで、目隠しを取り出す。


「え、エッチなことするつもり?」


「んなわけねえだろ。これ以上嫁が増えたら守り切れないっての」


「よ、よめ?」


 冗談で言ってみただけなのだが、山崎は顔を赤らめて口に手を当てる。

 思っていたのと違う反応に戸惑いながら目隠しを付けさせ、百四十センチほどの小柄な体をお姫様抱っこする。


「えうっ」


「変な声出すなよ」


 周囲に人がいないか確認しながら再び壁に沿って歩き出し、穴倉を見つけて中に入る。

 土の臭いに気付いたのか「地下……?」と小さく呟く彼女に何も答えないで装置の前に立つ。


「ちょっとフワッとするぞ」


「え、ふわっと?」


 少々困惑気味に尋ね返して来る彼女を抱っこしたまま装置を弄り、拠点の地下へと転移した。

 狐火が明るく照らす地下空間から地下一階に位置するリビングへと向かう。

 

「戻ったぞー」


 声を掛けてみるとガタンッと音が鳴り、その重たい音からデカいワンコぽちとたまであると察する。

 階段を登り切ればマジックテーブルで何かを作っている夏月と読書に夢中な香織、そして退屈そうに欠伸をしている魔獣たちの姿があった。

 と、見慣れない人間がいることに全員がすぐに気が付いた様子を見せ、俺は山崎を床に降ろして目隠しを外す。


「外すぞ」


「う、うん」


 緊張した声色の彼女から布を外すと、眩しそうに目を細めながら周囲を見渡そうとして――


「ひぇっ」


 可愛い声を出して俺の後ろに隠れた。

 それもそのはず、人間よりデカい四足歩行の魔物が四匹、こちらをじいっと見つめているのだ。

 この世界に来た頃の俺ならチビったに違いない。


「紹介する。そこの赤黒いオオカミはぽちとたま、ジリジリ寄って来てるのがキマイラのレーヴェ、そんで強面な牛はぶるちゃんだ」


「な、何で怖いのしかいないのさ!」


 涙目で文句を行って来る山崎に、いや可愛いだろと口答えしようか悩んでいると、いつの間にやら饅頭が足元にやって来ていた。


「も、もう。可愛いのはこの子だけだよ」


「強さならそこの面々と変わらんけどな」


 色々と食べまくったせいなのだろう。今ではすくすくと育ち、そこら辺の魔物なら踊り食い出来る程度には強くなった。

 レベルから察するに、そろそろ二度目の進化を迎えそうだ。


「……真美?」


 と、やっと本の世界から現実に戻って来た香織が、饅頭を抱っこする山崎に気付いて驚いた顔をする。


「か、香織? 久しぶりっ」


 顔をぱあっと輝かせ、軽い足音を立てて彼女の元へ駆け出して行った彼女を横目に、困惑気味な夏月の元へ向かう。


「悪いな。市場でばったり会っちゃってさ」


「ううん、良いけどさ……連れて行くの?」


「いや、香織に会いたいって言うから連れて来ただけだよ。拒否したら言い触らしそうだったし」


 実際はあの悲しそうな顔を見たくなかっただけなんて言えない。

 すると夏月は妬いた目をして。


「ふーん。また浮気するつもりなのかと思った」


「俺はそんなに尻軽じゃねえよ」


「四人も女の子をたぶらかしておいて?」


「おーちゃんまで含むなコラ」


 そんなことを言いながらセクハラすると、夏月も負けじとくすぐり攻撃で応戦する。

 目の前の女神からしか得られない栄養を補給したところで、再会を喜ぶ二人の方を見る。

 

「ずっと心配してたのに! 何でこんなに良い匂いするのさ! ずるいよ!」


「わ、分かった、分かったから泣かないで……」


 必死に宥める委員長と、えんえんと幼子のように涙を流す山崎。

 そんな二人を見ていると姉妹のように見えてしまい、会わせる選択をしたのは正しかったかもしれないと、そんな気持ちが湧き上がる。

 ふええーんと泣きわめきながら香織のたわわな胸に顔を埋める山崎に羨ましさを覚えるが、すぐに夏月の鋭い視線を感じ、口笛を吹いて誤魔化しながらキッチンの食糧庫へ逃げた。

 

 奥側に並べられている四つのチェストへ、種類ごとに分別して入手した食料を移し替えていると、おーちゃんが鼻歌交じりに冷蔵庫をパカリと開ける。

 ウォーターピッチャーを取り出した彼女は近くに置いてあったコップへ水を注ぐ。


「神棚、また作れないで終わりそうだな」


「良いのじゃ。その分、しっかりと崇拝してくれれば童は強くなれるからのう」


「強くなったら俺らをポイってしないよな?」


「するわけなかろう。これでも元居た世界では配下に慕われておった」


 その言葉でふと気になる。


「その世界だと信者が沢山いたんだろ? そん時は結構強かったのか?」


「そりゃもちろん。童はこれでも長きに渡る戦で勝利したのじゃからな」


 えっへんとぺたんこな胸を張り、また愛でたくなる気持ちを堪える。

 

「おーちゃんが戦うところってあんま想像出来ないな。……幻覚見せて戦う感じか?」


 インベントリからアイテムを移し終え、チェストに入っていた干し肉を齧りながら問いかける。

 おーちゃんは近くに置かれていた背の低い椅子に腰掛けながら、昔を懐かしむように明後日の方向を見上げる。


「あの頃は刀、時には素手で戦っておった。何度も死にかけたものじゃのう……」


「マジかよ」


 可愛い見た目からは想像出来ないが、嘘を吐いているわけでは無さそうだ。

 ……待てよ?


「でもさ、おーちゃんのスキルに戦闘系のスキル無かったよな?」


「衰えただけじゃよ、何百年も昔の話じゃからな。それに信者も四人と五匹だけで少ないからのう……」


「魔獣まで信者になってたのかよ」


 だからあんなにモフモフ同士で仲良くしていたのか。

 知らぬ間に勢力を伸ばしていた彼女に、思わず笑ってしまいながら獣耳を撫でる。

 大きなもこもこ尻尾がゆらりゆらりとご機嫌そうに揺れ、感情が丸分かりな彼女に癒される。 

 

「あ、ロリコン!」


「子供好きと言え」


 よりにもよって最悪なタイミングで現れ、とんでもない一言を放った夏月には、今日の夜にでも凄い目に合わせてやろう。

 そんなことを考えながら水を飲み終えたおーちゃんを抱っこしてリビングへ戻れば、泣き疲れて眠ってしまったらしい山崎を抱きかかえる香織の姿があった。

 やはり姉妹のようにしか見えない二人を見てニヤケそうになっていると、香織がむすっとした顔をして。


「連れて来るなら前以て連絡してよね」


「サプライズってやつだよ。一番仲良かったとか何とか言ってたろ?」


「ま、まあね? 嬉しいよ、真美に会えて」


 何とも言えない表情をする彼女の腕の中ですやすや眠る山崎の寝顔は、それはそれは幸せそうであった。

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