一方その頃、勇者は 7

 森林での訓練が終わり、街へ帰って来てから二時間が経った。

 戦車の周囲を歩き、時々現れる野生の魔物を迎撃するだけなだけあり、夏月の奪還作戦に参加した俺にとっては大したものではない。


「あーあ、疲れた」


 隣でソファの背もたれにだらしなく体をもたれかけながらぼやく山田たち。

 あの時、俺と一緒に来ていればここで楽が出来ただろうに……アホな奴らだ。

 内心ではほくそ笑みながら俺も体をだらしなく広げていると、鳴海が退屈そうな顔をしてジュースを口にする。


「なんかさぁ、この世界って娯楽が少ねえよな」


 その言葉に山田が剣の手入れをしながら。


「しょうがねえだろ。その代りうめえもん食えるんだしよ」


 この世界の娯楽なんて賭け事、煙草、酒、女……そのくらいで、日本でやっていたようなテレビゲームはもちろん、スポーツと言えるようなものも全く発展していない。

 いくら金と権力があっても、この世界では退屈過ぎる。


「まあ、適当にその辺歩くか。良い店見つかるかもしれないしな」


 言いながら立ち上がると、ダチたちも気怠そうな声を上げながら立ち上がる。

 あの時、森へ一緒に来た鳴海と新山の二人はかなり余裕のありそうな雰囲気があって気に食わないが、それ以外の面々が苦しむザマは見ていて気持ちが良い。

 そんな快感を覚えながら部屋を出て、ホテルのフロントに鍵を預けようとしていると、後ろで勢いよく扉が開かれた。

 後ろを振り返れば小太りな騎士が膝に手を当て、ぜーぜーと息を切らしながら周囲を見回し、俺たちを見つけると小走りでやって来る。


「勇者の皆様! 至急、カノーネ伯爵様の屋敷へ御集り下さい! 緊急事態です!」


「分かったから汚い手で服を掴むな」


「も、申し訳ありません……」


 おずおずと下がったおっさんは、急いでいる様子でホテルのフロントへと向かい、受付嬢に勇者全員を呼び出すよう指示を出し始める。


「何騒いでんだ、あれ」


「知らん。魔王軍が攻めて来たとか、そんなところだろ」


 丁度、暇潰しが無くて飽き飽きしていたところだ。

 魔王軍の雑魚どもを相手に無双して憂さ晴らしと経験値稼ぎでもするか。


「お?」


 後ろを歩いてた山田が反応を示し、振り返るとフードを深く被った井駒が足早に隣を追い越そうとしていた。


「どこいくんだよ、クズ」


 声を掛けてみるが何の反応も見せないままスタスタと歩いて行き、その無様さに俺たちはケラケラと笑う。

 幼女を蹴ったクズっぷりと、反撃を受けて泣かされたのを機に全員からハブられるようになったアイツは、いつからか話しかけても無視して来るようになった。

 最初の頃は俺たちに話しかけて来たり、他のグループに入ろうとしていたようだったが、あの様子だと完全に諦めたのだろう。

 ――俺にやった事を丸々やり返されて、今はどんな気分なのか非常に気になる。


「それにしても、あのおっさん何であんなに急いでたんだろうな」


 吉井がふと気になった様子で呟き、俺も「確かにな」と短く答えながら考える。

 この街は魔王軍が半分近くを支配しているという巨大な森林のすぐ近くに位置しているだけあり、襲撃なんてよくある話だと聞いている。

 それなのにあの焦りようだったとなると――幹部でも現れたのかもしれない。


 名声を稼ぐチャンスかもしれないと、そんな期待を持ち始めている横で、他の皆は顔色を悪くしながらオドオドする。

 ……まあ、そうか。俺とは違ってこいつらは平原の魔物を殺してイキリ散らしていただけの雑魚。魔族の兵士にすら負けそうだ。


 と、目的だったカノーネ伯爵の屋敷が見え始め、いつもは閉まっている両開きの大きな門が開け放たれ、見張り番の私兵たちがそこ周辺の警備を固めているのが分かる。

 様子からしてただ事では無さそうな彼らを見て俺は期待で胸を膨らませ、アホ共は余計に表情を強張らせる。

 先に歩いて行っていた井駒が庭を通り抜け、屋敷の玄関口に立っているのが見え、俺は試しに煽ってみる事にした。


「お前らビビってんじゃねえよ。あいつは恐くなさそうだぞ、おい?」


 一番近くにいた吉井を肘で小突いてみると、分かりやすいほど怯えた顔をこちらに向ける。


「あ、あいつは失う物が何もねえからだろっ」


「そうか?」


 お前にも失う物は無いだろと言いたくなるが、無駄に敵を作らないためにも口を閉ざして屋敷の中へと入った。

 この街へ来た初日にも一度上がったが、その時とは特に変わった様子の無い無駄に豪華な内装が俺たちを迎える。


「勇者様、こちらです」


 召使の男が俺たちを出迎え、奥へと案内する。

 会議室へ通されるとオタクたち五人と話し合う騎士たちの姿があり、何となく魔族の襲撃という予想は違うのではないかと、そんな嫌な予感が脳裏を過る。

 と、騎士隊長のバックレーが俺たちに気付き、べらべらと早口で話していた佐間田さまだ雅史まさふみの話を遮り。


「分かった。全員集まったら事情を説明してくれ」


 面倒くさそうな、呆れたような、そんな声色で言われているのに、気付いていない様子で「はい!」と威勢だけは良い返事をする。

 チラと会議室の隅に目を向ければ、仁尾が机に突っ伏して「うぅ」とすすり泣き、それを三人の女子が慰める。

 机と体に挟まれて無様な姿になった乳を見て、娼婦では満たせない欲求がふつふつと湧き上がり、どうにか犯せないだろうかと思案する。

 

 十分程度で遠征に参加しているクラスメイト全員が集まると、バックレーは全員に座るように指示を出す。

 近くの椅子に座った俺たちの前で、佐間田は手を叩いて注目を集めると早口で語り始める。


「ついさっき、街で情報収集をして来た帰りなんだけど。偶々挙動不審な仁尾さんを見かけたから【思考盗聴】を使ってみたら大澤隼人に真美が連れ去られた事が分かったんだよっ!」


 言われてみれば山崎がいない。

 セフレにしようと何度か声を掛けたり、酒を飲ませて勢いでヤろうとしてみたり、色々試したが全て失敗して諦めた苦い思い出がある。

 ここで救出すればコロッと傾く可能性は大いにあるな。

 と、バックレーが途中で遮り、佐間田を席に着かせると。


「……と、言うことだ。国家反逆罪という大罪を犯し、俺の優秀な部下たちを虐殺したクソ野郎がこの街でのうのうと生きている……こんなことがあって良いと思うか?」


 その言葉でクラスメイトたちはバックレーが言わんとしていることを察した様子を見せ、張り詰めた空気が流れ始める。

 佐間田がニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべたのが視界の端に映り、不快感から思わず目を逸らした。


「これより、大澤隼人の討伐作戦を実行する。一時間後、壁門の前まで集合せよ!」


 その台詞に俺を含めた半数のクラスメイトが返事をして。

 女子たちと佐間田を除くオタクたちは覚悟の決まらない顔で俯いた。

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