第62話 運び屋

「さて、山崎には色々聞かせてもらおうか」


 美味しそうに紅茶を口にする山崎の対面へ腰かけながら言うと、彼女は少し緊張した顔をしてコクリと頷く。

 カップをテーブルに置くとただでさえ小さい体を縮こませ、質問をするだけだと言うのに虐めているかのような罪悪感に苛まれる。


「あんまりイジメないでよ?」


「そこまで悪に堕ちてねえよ」


 言いながら俺は表情を硬くする山崎と向き合い、紙と羽ペンを手にして。


「早速一つ目の質問だ。俺を敵だと思ってる奴はどのくらいいる?」


「うーん……私が知ってる限りだと樋口君あたりの人たちは凄く敵対的だったかも。それ以外だと女子の何人かは怖がってたくらいかな?」


「この世界の人間だとどうだ?」


「騎士団と宮廷魔術師のみんなは殺意凄かったし、隼人君が死んだって情報が出回った時は自分の手で殺したかったって感じで悔しそうだったよ」


 騎士と魔術師は何人か殺したし、そうなるのは必然か。

 殺さない程度の威嚇だけで追い返していれば、面倒ごとは一つ避けることが出来たのかもしれない。

 そんな事を考えている横で夏月が小さく挙手して。


「あの戦車の性能ってどのくらい高いか分かる? 出来れば数値で」


「数値は分からないけど、急ぎで作ったからみんなが使ってるものほど強くは無いような事は言ってたかな」


「主砲の口径とか、何か覚えてる数字はない?」


「えっと……主砲は七センチ、装甲は五センチの厚さ、みたいな事を兵隊さんが話してたよ? でもそれ以上の事は分かんないかな」


 それを聞いた夏月は少し安堵した表情を見せ、「七十ミリであの長さなら百ミリも……」とボソボソ呟き始める。

 オタクスイッチが入った彼女を見た山崎が驚いた顔をするのを無視して、次の質問に映る。


「香織を連れて行った後、俺は向こうでどんな扱いになってた?」


「人質取ったみたいな扱いだったよ? 死んだって報告が来た時は攫うだけ攫って死にやがったって笑われてた」


 それを聞いた香織と夏月がブフッと横で噴き出し、俺は握ってた羽ペンをパキッと折る。

 

「あのクソどもが……」


「ま、まあ落ち着いて? 隼人君のこと嫌ってる人たちが言ってただけだからさ……」


「笑ってんじゃねえか」


 緊張の方はすっかり解けたらしく、山崎の口元はニマニマを抑えられていない。

 どうせそんなことを言っているのは樋口を筆頭にしたゴミカス共だろう。あの腹立つ顔面は一度ぶん殴らないと気が済まないというものだ。

 と、俺の膝の上によじ登って来たおーちゃんが。


「あの無礼者はどうしておる? 殺し損ねたのが心残りじゃ」


「井駒君は……みんなに嫌われてハブられてるよ。流石にあんなことあったら、ね?」


「お前らにも良心はあるんだな」


「失礼な」


 ジト目を向けて不服を示す彼女だが、どこか楽し気な雰囲気が隠せていない。

 へし折れて使えなくなった羽ペンをクラフトの機能で修復していると、急におーちゃんが尻尾をピンと立て、俺の顔面に直撃する。


「何か近付いて来ておる」


「……確かに揺れてんな」


 石鹸の良い匂いがする尻尾を避けながら感覚を研ぎ澄ませば、確かに聞き慣れた地響きが聞こえて来る。

 戦車隊が拠点の近くを通り過ぎるのはいつもの事であるが、そろそろ日が暮れようとしているこの時間にやって来るのは珍しい。

 

「漏らしたな、あいつら」


「そんなこと無いと思うよ? あの子たち、別に隼人君のこと敵だと思ってないし、香織が自分から付いて行ったことも知ってたから」


 となると、俺たちの噂が奴らの耳に届いただけの可能性が高いか。

 

「全員、戦闘態勢を取れ。魔族たちにも逃げる用意をするように言っておけ」


「分かった。伝言して来る」


 あの話は本当だったのかと、そんな驚いた顔をする山崎を気にする事なく魔族たちの元へ駆けて行く香織。

 それを横目に俺は立ち上がり、目隠し用の布を手に取る。


「……帰れって事?」


「流石に山崎を拉致っていくわけにはいかないからな」


「別にいいよ? 私、香織と一緒に居たいし」


「「えっ」」


 俺と香織が動きを止めるが、山崎は続ける。


「それにさー、ジロジロ体見て来る人多いし、樋口君とかもしつこいし……。スキルだって戦闘に向かないのに正面戦闘やらされて……」


 目元に涙を浮かべながら手をぷるぷるさせる彼女を見ていると、助けてやりたい欲求が湧き上がる。

 香織がぎゅっと抱き締めて背中を撫でながらチラチラとこちらを見やり、居た堪れなくなった俺は夏月を見る。


「何で私を見るのさ」


「女神はどう思うのかなって」


 女神と言われたのが嬉しかったのか、照れた顔をして目を逸らす。


「……連れて行ってあげたら?」


「ホントッ?!」


 子どものように目を輝かせ、断る選択肢を奪いに来る山崎と、上目遣いで連れて行ってと訴えかける香織。

 拒否したら全員から詰められそうな雰囲気で、俺は渋々ながら頷いた。


「分かった。……そういや、スキルは何持ってるんだ?」


 以前、香織に一度教えてもらっていたが、山崎の持っていた物は地味で無害そうだったため忘れてしまっていた。

 

「私のスキルは【無限収納】。みんなから地味だねって笑われる事多いし、最近の遠征だとスキル使う機会もめっきり――」


「待て、それって無限に、なんでも持つことが出来るのか? デメリット無しで?」


 思わず遮ってまで尋ねた俺に、彼女はちょっと困ったような表情を浮かべる。


「無限に入る事は入るけど……レベルを上げないと物を入れ過ぎたら体が重くなっちゃうのと、家みたいな大きいものとか、生き物とかは入れることが出来ないの」


 その言葉を聞いた俺はドキドキを隠せないまま『バトルタンクメーカー』の元へ小走りで近付く。

 既に完成していた一両をインベントリへ移し、山崎の元へ戻る。


「これ、【無限収納】に入れられるか?」


「フィギュア?」


 手のひらサイズのそれを見て、山崎は尋ねながらも【無限収納】を発動させ。

 重量二十六トンのそれは光に包まれるとあっさり消え去り、彼女は不満そうにジト目を向けて来る。


「玩具くらい入るもん。バカにしないでよね」


「山崎、これからもよろしくな。一緒に日本へ帰ろう」


「え、え? 嫌そうだったのに、なんで?」


 困惑した表情を浮かべる彼女に、俺はそれ以上の事は何も答えず、ジト目を向けて来る女性陣から向けられる目を少し気にしながら、アイテム運搬用の輸送車両一台をキャンセルすべくその場を離れる。

 残った魔族運搬用の輸送車両の方は明日の昼頃には完成するし、奴らがここを見つける前には逃げ出せるに違いない。

 

「よし、明日の昼にはここを出よう。持って行くアイテムを纏めて、出発前に拠点を吹っ飛ばすぞ」


 俺の指示で皆が動き始める横で、山崎は「吹っ飛ばすって……」と呟きながら、何かを察したような顔をする。

 大方、拠点が爆発四散していた理由が分かったと言ったところだろう。

 と、夏月が俺の袖をくいくい引っ張って。


「上の階のもの回収しよ。戦車以外にも色々あるしさ」


「はいよ。山崎は香織と一緒に動いて」


「下の名前で呼んでくれない?」


「よろしくな真美たん」


「う、うん、よろしく」


 今までの仕返しにそう言ってみたのだが、目を逸らしてモジモジする真美と、何か言いたげな目を向けて来る夏月。

 ……色々と鈍い俺でも、流石に察するというものである。


 

 

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