第63話 狼煙
上の階へやって来ると、狭い車庫の中央で堂々と居座るIS2の姿があった。
少し改造されて砲塔天板に機銃が一門、側面にスモークグレネード投射機がそれぞれ追加され、汎用性が少しだけ高くなっている。
「資材余ったし、新しい戦車も作れるかもな」
「ホント? なら次は日本戦車とか作りたいなー」
「もう作っただろ」
「あれは戦車じゃないもん。装甲戦闘車だもん」
違いが分からん。
と、外から足音が聞こえる事に気付き、俺は夏月の口を指で塞いで耳を澄ませる。
金属同士のぶつかる音がする事から足音の主は騎士だろうと予測していると。
「あむっ」
ずっと夏月の口に当てていた指が甘噛みされた。
「入口に地雷を仕掛けたら?」
「そうだな。前の襲撃で使った余りでも使おう」
そんなことを話しながらIS2をアイテム化していると、奴らのポンコツ戦車が拠点の隣を横切って行った。
それに続いて一緒に来たのであろう騎士や勇者たちの会話が少しだけ聞こえ、聞き耳を立てると。
「こんだけ広いのにどうやって見つけんだよ、バカかアイツ」
「落ち着けよ徹。こうでもしなきゃ真美ちゃん取り戻せねえだろ?」
どうやら俺たちの真上をあの狂人が歩いているらしく、夏月が嫌そうな表情を浮かべる。
こちらに気付いている様子が無いため息を殺して盗み聞きを続ける。
「もうレイプして殺してんじゃねえの? あんなクソ野郎が生かしてるなんて思えねえな」
「大丈夫だろ。女子が言うには意外と優しかったらしいしよ?」
「脅されてんだろ」
その会話を聞いてやはり女子が漏らしたわけでは無かったと察する。
と、夏月を見れば額に青筋を浮かべながらロケットランチャーを構えようとして、俺は慌てて落ち着かせる。
「まだだ、ぶち込むのは今じゃない」
「……だめ?」
「だめ」
小声でそんなやり取りをしている間に、樋口はくしゃみをしながら去って行き。
俺はホッとため息をつきながら夏月の体を抱き締め、ヨシヨシと背中を撫でる。
「可愛いやつだな」
「……何さ」
照れてしまったらしく、ぷいと目を逸らした彼女をお姫様抱っこした俺は、奴らに見つかる前にと下の階へ移動する。
できる事なら何をして来るか分からない樋口たちは早めに潰したいのが本音だ。
しかし、厄介なスキルを持つ勇者が何人もいるこの状況で、ドンパチを始めるのは、いくら現代的な武器を揃えていても危険過ぎるというものだ。
「殺すのは今じゃない。その時が来るまで待つんだ」
「しょーがないなー」
そんな事を話しながらバレない内にと、階段を降りればリビングの半分は綺麗に片付いていた。
見ればおーちゃんとズールに擬態した饅頭がてきぱきと片付けを進めていて、四足歩行組は邪魔にならない場所で大人しく伏せている。
ちょっと寂しそうな顔をしているのがまた可愛らしく、後で撫で回してやろうと考えていると。
「ホントに魔族を奴隷にしてるんだね……」
香織と手をつなぎながら戻って来た真美が、怖いものを見る目を俺に向けて来る。
「まあな。でも、ちゃんと報酬と飯はくれてやってるし、そこまで恨んで無さそうだけどな」
意外にも魔族は真面目に働いているため、彼らの要望通り採掘場は川辺の近くに用意し、外での休憩なんかもある程度は自由にさせている。
それが良かったのか分からないが、ここ最近も順調に採掘量は増え続けていて、ちょっとずつではあるが資源の貯蓄も出来るようになった。
「それより、地上は勇者共が徘徊してて危険な状態だから、アレが完成するまでは外に出ちゃだめだからな」
「うぅ……分かった」
どうやらアウトドア派だったらしく、真美はちょっと嫌そうな顔を浮かべながらも頷いた。
同情しながら俺はみんなに片付けを始めるよう指示を出し、まだおーちゃんたちが手を付けていない寝室の方へ向かう。
みんなの寝具をアイテム化してインベントリに突っ込むだけの作業をしていると、後ろで扉の開いた音がした。
「……どうした?」
振り返ればマキナが寂しそうな顔で立っていて、可哀想と可愛いが両立しているせいで反応に困ってしまう。
「ここ、せっかく作ったのに……」
「マキナ、おいで」
手招きすると素直に俺の元へやって来て、背中と頭を撫でると静かに抱き締め返してくれる。
「気分は落ち着いたか?」
「うん」
「次の国に着いたら、今度はちゃんとした家を建てようと思ってる。その時はマキナも一緒に、もっとすごいものを作り上げよう、な?」
「うん!」
そこまで悲しんでいたわけでは無かったようで安堵しながら、俺はマキナと共に片付けを再開する。
夜を超えるのに必要最低限の寝具だけ残し、それ以外の家具や替えのシーツなどは全てインベントリに放り込んだ。
……しかし、何か足りない気がする。
と、リビングの方も片付いたらしく、ズールの姿をした饅頭がエプロンで手を拭いながらやって来た。
「主、あちらは片付きました。ご指示をお願い致します」
「早かったな。後は車両の完成とあいつらの監視が緩くなるタイミングを待つだけだ」
言いながらインベントリの中身を整理すべくリビングへ向かえば、食卓とチェストしか置かれていない空間が出来上がっていた。
殺風景になってしまったそれを見て今度は俺が悲しさを覚え、察した様子でマキナが頭を撫でて来る。
力が強くて髪がグチャグチャになるのを感じながら、床に大の字で寝転がる真美に声を掛ける。
「何やってんだ?」
「どのくらいなら入るか試してたんだけど……動けなくなっちゃった」
「圧死とかしないよな?」
「これ以上入れたらヤバいかも……」
それはそれは気だるそうな顔で言う彼女の横では、香織がサディステックな笑みを浮かべて見下ろしている。
「イタズラしてもいい?」
「何する気?!」
慌ててアイテムをぽいぽいと体から放出し始めたロリっ子だったが、脇腹をくすぐられて可愛らしい声を上げ始める。
可愛い者同士が戯れる光景と力強いナデナデのおかげで気が紛れた俺はマキナに礼を言い、部屋の隅で怪しい行動をしている夏月の元へ向かう。
「何してんだ?」
「べ、べつに……」
何かをインベントリにサッと仕舞ったのを見て、後ろからぎゅっと抱き締める。
「素直に言いなさい」
「つ、つまみ食いしてただけだよ?」
誤魔化そうとしたのだろうが、そんな彼女の手元に出て来たのは未開封の魚の缶詰で、自ら嘘を暴くポンコツっぷりに吹き出す。
「本当は? 大丈夫、ちょっとキショい事してても嫌いになんてならないから」
「……におい嗅いでました」
渋々認めた彼女の手にはいつも俺が使っている毛布があり、さっきの違和感の正体に気付かされる。
「嫌いになった……?」
いつも似たような事をしているクセして、恐る恐ると言った様子で尋ねて来る。
「いや、俺も同じような事してるから何とも」
「ヘンタイ」
「どの口が……!」
安堵するなりすぐさま態度を変えた彼女を後ろから抱き締め、少しだけ汗ばんだ匂いを思い切り吸い込む。
くすぐったそうに笑った彼女を放した俺は、手を叩いてみんなの気を引く。
「じゃ、後は車両が完成次第とんずらしよう。みんなそれまで騒ぎ過ぎない程度に休憩だ」
そんな事を言っていると、また騒がしい声が聞こえて来る。
この世界の言語である事から騎士だろうと察していると、夏月が俺の袖を引っ張った。
見れば足元に目を向ける彼女が少し焦った表情を浮かべていて。
「ねえ、今の声下からじゃなかった?」
「……あっ」
脳裏に転移装置が浮かび上がり、接続の解除をしていなかったことを思い出す。
すると、饅頭が俺の肩に手を置く。
「主、私にお任せください」
「い、いや、相手は鍛え上げてる軍人だぞ? 勝てるのか?」
「軍人は人を殺す訓練しかしていません。人間どころか、人型生物ですらない私に彼らが勝てるはずありません」
ズールの知識を持っているからか、特に反論の思い浮かばない台詞が返って来る。
「……いや、心配だ。俺とマキナも一緒に行く」
「分かりました。ダメそうだったら壁の隙間に逃げます」
「そうしてくれ」
俺に名前を呼ばれたマキナが、市場でも見せた鎧を身に纏い、それを見た夏月が「サムライ!」と目を輝かせる。
「それじゃあ行って来る。みんなは地上から入って来ないように警戒と、俺たちが戻って来るまでは階段を見張るように」
その指示に頷いた皆を見て、俺は以前マキナから貰った鎧を身に着け、盾とリボルバーを装備をする。
夏月お手製の鉄剣だけを手にした饅頭を先頭に、俺とマキナが後に続いて地下に向かって降りて行くと、鎧の擦れる音や足音、会話などが聞こえて来る。
「――なんか相手に勝てんのか?」
「うるせえ、やれって言われたらやるのが俺たちの仕事だ!」
小声ではあるのだが、生憎にも俺にはハッキリと聞こえる。
殺さずに生かしておくべきだろうかと思案を始めるのと、饅頭が踊り場へ飛び出していくのはほぼ同時だった。
見覚えのある天井や壁を足場にした高速移動で向かって行き、階段を上って来た騎士たちに迷いない斬撃を食らわせた。
見事に兜と鎧の隙間を切り裂いて見せた彼を見て、騎士たちが顔を恐怖に歪める。
「ず、ズールだぁ! 逃げ――」
最後まで言い切る前にすっぱりと喉を斬られ、後続の騎士たちはズールという単語に反応して大混乱に陥った。
真っ先に逃げ出す者、果敢にも挑もうとする者、他人には戦うよう命令しながら自分は逃げる者……。
そんな阿鼻叫喚を幅三ブロックの狭い通路で始めたため、まともに動けなくなった彼は饅頭の無慈悲な刃が次々に襲っていく。
「私も行く」
「あ、おい」
ただでさえオーバーキル気味な所へマキナも突っ込んで行き、正面から鎌でぶん殴って騎士を叩きのめす。
その間も縦横無尽に狭い空間を飛び回る饅頭が次々に首を刎ねて回っていて、悲鳴も命乞いも聞こえなくなっていく。
「……情報収集したかったんだけどな」
ボソッと呟いた俺の視界には、生き残りの姿は一人も見えず。
戻って来た饅頭とマキナは褒めて欲しそうに目をキラキラさせる。
「うん、お前たちは偉いよ」
「有難きお言葉」
「えへへ」
一人は生かしておくように指示をすべきだったと少しだけ後悔しながら、転移装置のある最奥へ向かおうとすると。
「道連れに……してやる……!」
ハッと声のした足元へ目を向ければ、死体に隠れていた魔術師が何かの魔法を使おうとしていた。
饅頭が動き出すよりも早く魔法が発動し――何も起こらなかった。
「何をした?」
生きているものを見かけたらすぐに殺そうとする一人と一匹を制止して尋ねると、男は血を吐きながら笑う。
「地上の精鋭たちがここに来る。命乞いの準備をすることだなぁ……」
もう生きることを諦めたのだろう。
吹っ切れた顔をしてそんな事を言った彼は、自らの頭に人差し指を当てると。
「【エクスプローシブ】」
ボンという破裂音と共に首から上がバラバラに吹き飛んだ男の体は糸の切れた操り人形のように、隣の死体に覆いかぶさった。
「……急ぐか」
俺の言葉に頷いた饅頭は素早い動きで先行していき、マキナと俺もその後に続く。
何をしたのか分からないが、少なくとも良いことが起きるわけでは無いだろう。
早いところ転移装置を破壊して地下からの増援を止めてしまおう。
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