第64話 急襲

 地下三階、転移装置が置いてある部屋の前までやって来た。

 上での騒ぎで怖気づいてしまったのか扉は内側から閉められていて、開けようとしても反対側から抑えられていて開かない。

 

「マキナ、扉が壊れない程度の体当たりで開けようとしている振りをするんだ。ズール……じゃなくて饅頭は俺と一緒に来い」


 幸いにも部屋の中では騎士たちがぎゃあぎゃあと怒声や悲鳴を上げている。

 一体中がどんな状況なのかは知らないが、これなら回り込んで行ってもバレないだろう。

 そう判断した俺はつるはしを取り出し、部屋の壁に沿って穴掘りを始める。


 記憶を頼りに掘り進んでいると、中で転移装置が動いている音が聞こえ、また増援が来てしまったらしいことが伺える。

 本当は入口の正反対から入り込んで鎮圧してやりたかったが、妥協して側面から入り込んでやるか。


「饅頭、備えろ」


「いつでも備えてます」


 いかにもズールが言いそうな事を言う饅頭を心強く思いながら、俺は部屋の方へ向けてつるはしを殴り付け。

 穴が開くや否や、饅頭が変形しながら中へ飛び込んで行き、その器用さに感心してしまいながら俺も続く。

 すると転移装置で真っ先に誰かが逃げ出したのが見え、思わず舌打ちする。


「ぎゃあぁ?!」


 扉ごと吹き飛ばすつもりだったのだろう、魔法を使おうとしていた魔術師たちが首を刎ねられ、合図を出そうとしていた隊長格の男が呆気にとられた顔をしていた。

 本当に俺は必要無かったなと思ってしまいながら、盾を構えて騎士たちに向けてマグナム弾を叩き込む。

 鎧を無慈悲に貫く銃弾は騎士たちへ恐怖を与えるのに十分な力を持っていたようで、扉を抑えていた者たちは武器を捨てて転移装置に殺到する。

 

「はやく、早く動かせっ!」


「読めねえよ!」


 それを見て転移装置を起動した時に出るパネルには日本語しか表示されないことを思い出す。

 となると、こちらに気付くなりすぐさま逃げたアイツは勇者、それも俺と敵対している内の誰かであったことは確実だろう。

 悔しく思っていると扉を抑える者がいなくなったことでマキナも中に入り込み、ますます騎士たちは混乱を極める。

 弾切れしたのを合図に俺は攻撃を止め、饅頭とマキナにも合図する。


「さて諸君。もし情報を吐くなら家に帰してやる。どうする?」


「分かった、分かった! 全部話すから……」


 騎士たちはあっさりと武器をぽいぽい捨てて、それを見た俺は情報を吐かせようと近付く

 ――刹那、真上から爆発音が鳴り響いた。


「……よし、お前ら帰って良し。これ、土産にもってけ」


 言いながらピンを抜いた時限式手榴弾を手渡し、転移装置を起動させる。

 数秒経つと同時、転移装置の周囲に集まっていた彼らは音もなく消え、装置を停止する。


「良いのですか? 生かして返す上に土産まで……」


「向こうで爆発しただろうよ。それより上でドンパチが始まってる。急いで戻るぞ」


「かしこまりました」


 駆け出した二人に続こうとするが、急に体から力が抜けた。

 踏ん張る事も出来ずに倒れ込んだ俺は、慌てて起き上がろうとしてみるが体は動かない。


「大丈夫?! 怪我してた?」


 すぐに戻って来たマキナが鎧を取っ払いながら俺の体をペタペタ触る。

 ……こうなったら仕方がない。


「……シンカ、ダ」


 息が苦しくてカタコトな言い方になってしまったが、二人には通じたようで喜ぶ声を上げ始める。


「先、行ってる。無理しなくて良いからね」


「主の新たなお姿、楽しみにしています」


 駆け出していく足音を聞きながら体の力を抜いた俺はスキルを使う。

 

「【鑑定】」


 自分に起きている事を調べようとスキルを発動させてみると、状態異常の欄には『進化中』の文字があり、いつの間にか三百を超えていたレベルが減少を始めていた。

 てっきり勇者が何か置き土産でもしたのだろうと思っていたが、まさか本当に進化だったとは驚きである。


「ああ……やべえな」


 上から聞こえて来る銃声がドンドン激しくなっている。

 ぽちとたまが機銃掃射する音や爆発音が聞こえてくるあたり、既に拠点内へ侵入されたのだろう。

 夏月のレベルは俺よりちょっと低いし、接近戦のスキルがほとんど育っていないことを考えると、皆を守り切れるか怪しい。

 俺が……俺が守らないといけないのに。



 ★



 時は隼人たちが地下へ向かって行った時に遡る。


「行っちゃったけど大丈夫かな」


「大丈夫。私の旦那様だから」


 不安気に呟く真美を、私はそんな事を言いながら良い子良い子と背中を撫でて落ち着かせる。

 もちろん私だって不安だ。隼人だって完璧超人ではないし、未知数の力を持っている勇者が相手だと尚更何が起きるか分からない。

 だけどそれを表に出したら私だけじゃなくて皆が不安になってしまう。


「私は上に地雷を撒いて来るからみんなは地下の警戒をお願い。レーヴェ、行くよ」


 猫のように体を伸ばしていたレーヴェは私に呼ばれるとすぐにこちらへ駆け寄って来て、いつもの鎧を装備させると尻尾の蛇をくねらせながら先に階段を登っていく。


「香織、ぽちとたまに装備を付けたらバリケードとか作って置いて」


「分かった。夏月も気を付けてね」


 その言葉に頷いて見せた私はレーヴェを連れて階段を上がる。

 耳を澄ませてみると地上では戦車の駆動音くらいしか聞こえず、反対に地下の方からは悲鳴が聞こえて来る。

 向こうは大丈夫そうで安堵している間に階段を登り切った私は。


「レーヴェは音を聞いて警戒しててね。でもあんまり動かないように」


「ガウッ」


 私の言葉に返事をした獅子の頭をヨシヨシと撫で、対人地雷と対戦車地雷を侵入口となりそうな箇所へ設置する。

 と、どこかで魔力の動きを感じ取り、反射的に動きを止めて周囲の様子を伺う。

 

 多分、今のは地下で誰かが魔法を使ったんだ。

 隼人たちの使える魔法であそこまで魔力を大きく動かすものは無いはず……。

 

「レーヴェ、一回降り――」


 刹那、爆発音と共に大きな揺れが拠点を襲った。

 慌てて立ち上がると再び爆発音が鳴り響き、私は慌ててレーヴェと共に階段へ逃げ込もうとする。


「きゃっ?!」


 真後ろから爆発音と共に衝撃が体を襲い、私は回避しながら後ろを振り返る。

 するとそこにはぽっかりと一メートルほどの穴が開いていて、その先から中を覗き込む騎士と、その更に後ろでこちらに砲を向ける戦車の姿があった。

 

「ここだぁ! ここを爆破しろ!」


 明かりをほとんど片付けていた事もあり、私たちの姿は見えていなかったようで、彼は仲間に向けて叫び始める。

 それを見た私は地雷と間違えて持って来ていた手榴弾を手に取り、ピンを引き抜いて投げ飛ばした。


「レーヴェ、行くよ!」


「がう」


 戦意の漲る顔をしていたレーヴェを連れて階段へ逃げ込むと、外でパンッと乾いた破裂音が鳴り響き、続けて男の甲高い悲鳴が聞こえる。

 少しだけ罪悪感を覚えながら駆け降りていくと、既に事態を察知していたみんなが戦闘態勢を取っていた。

 部屋の中央には自動の砲台が設置され、階段周辺に纏められた資材を守る形でバリケードが設置されている。

 手早くやっておいてくれた彼女に感謝しつつ、早く早くと手招きする香織たちの元へ加わる。

 

「真美、弾薬以外の荷物を踊り場に移動させて。戦わなくて大丈夫だから」


「分かった」


 慌てた様子で真美は資材の詰まったいくつかのチェストを【無限収納】で吸収し、重たそうにしながら階段を降りていく。

 と、上階で砲撃音と何かが崩れ落ちる音が響き渡り、四足歩行組が目をキラキラさせて戦闘態勢を取る。

 

「な、なんかみんなやる気満々だね?」


「散歩くらいしかやる事無くて暇だったからだろうね。これでもこの子たちは魔物だし」


「これでも……これでも?」


 香織が何か引っかかった様子で首をひねり、認識がズレていたらしいことが伺える。

 普段の全くやる気のない姿を見ていれば普通の動物と同じか、それ以上に無害な存在にしか見えないものだと思っていたけれど、それは私と隼人だけだったらしい。


「……ッ! 来る!」


 上階の地雷が爆発する音と悲鳴が一緒に聞こえ始め、私は新しく作ったばかりのN416を構える。

 そこまで多くの数を設置出来ていなかったこともあり、何人かは踏み抜いたようだが大半は突破してしまったらしいことが伺える。

 緊張から震える手を深呼吸で落ち着かせると盾を構えた騎士が隊列を組んで現れ、私は隠れ切れていない足元を狙って発砲する。


「ぎゃあっ?!」


 足を吹き飛ばされた一人が悲鳴を上げながら転び、後続の騎士がそれを跨いでこちらに近付こうとする。


「ヴァンッ!」


 狭い室内にぽちの声がよく響いた直後、電動ノコギリMG42 の咆哮が全ての音を掻き消す。

 魔法でも付与されているのだろう、盾は数発だけ防いだがあっさりと砕け、一秒と経たずに挽肉と化した。

 そんなおぞましい光景を目の当たりにした前衛たちは逃げようとするが。


「前進せよー!」


 後ろから何人も来ているらしく、下がろうとした者たちが押し出されるようにして前へ出て、その度に挽肉がどんどん増えていく。

 と、地下階段を上がって来る小さい足音が聞こえて。


「後持っていく物って――」


「あー、もう大丈夫。おーちゃんと一緒に隠れてて」


 あんな光景を見せるわけにもいかないため、私は慌てて真美を階下に下がらせ、ロケットランチャーを取り出す。


「香織、伏せて」


「待って、それなら私のスキルでやっちゃった方がお得じゃない?」


「じゃあお願い」


 全く使う機会が無いから忘れていたけど、香織の攻撃は遠距離攻撃に爆発効果を載せるものだった。

 それならば私は余計なことをせずに任せて、撃ち漏らしを片付けよう。


「みんな伏せて!」


 その言葉から一拍置いて金属のボールを投げ付けたのを見た私はバリケードに身を隠し、ぽちたまもその場で姿勢を低くする。

 攻撃が止んだ今がチャンスだと思ったのか騎士たちが雪崩れ込み――


「死んじゃえ」


 間の抜けた声と共にパコーンと金属の砕け散る音が鳴り響き、悲鳴が聞こえて来る。

 様子を見れば突撃しようとしていた騎士たちは目立った外傷は無いのにその場に倒れ込んで動かなくなっていて。

 数秒経つとその場に血だまりが出来始める。


「これでも私、結構強いんだよ?」


「……そうみたいだね」


 香織のことを弱いと思っていたのは見透かされていたらしく、ドヤ顔を向けて来る。

 いつの間にあんなやり方を覚えたのだろうと思いながら、第二波として雪崩れ込んで来る騎士たちに鉛玉を浴びせる。


「夏月ちゃん! 二人戻って来た!」


 真美の言葉を聴いた私は少し混乱し、弾切れのタイミングで後ろを振り返る。

 ズールに擬態している饅頭とサムライ姿のマキナは見えたが、隼人の姿だけが無く、血の気が引いて行くのを感じ取る。


「隼人は? 隼人はどうしたの?!」


 するとマキナが私の両肩にポンと手を置いて。


「ご主人は進化中で動けない。地下は制圧したから後はあいつらだけ」


 笠で隠れていた彼女の興奮した顔が近付いた事で見え、私はホッと胸を撫で下ろす。

 

「ガウッ! ガウガウッ!」


 たまの焦ったような吠える声が聞こえ、目を向ければこちらに力尽くで突っ込もうとする男の姿があった。

 ――樋口だ。


「集中砲火して!」


 着弾時の衝撃で思うように前へ進めていないが、それでも着実に前へ進み、その隙にドンドン騎士たちが入り込んでいる。

 室内と言ってもそれなりに広さのある空間なだけあり、散らばって動かれると思うように潰せない。


「ガァッ!」


 焦ったのも束の間、左翼側で鎮座していたレーヴェが突っ込んで来た騎士を前足で粉砕し、尻尾の蛇が奇襲を仕掛けようとした者を噛み殺す。

 右翼側で待機していたぶるちゃんも大きな角を利用した頭突きで軽々と人間を投げ飛ばし、味方同士で衝突させて命を奪う。


「クソッ!」


 リビング中央まで来た樋口だったが、吐き捨てると急に逃げ出し、効果が切れるのだと見た私は慌ててその背中に銃弾を浴びせる。

 

「ぎゃっ?!」


 階段へ逃げ込まれる直前に一発だけの弾が脚に当たり、情けない声を上げながら転んだ。

 せめて足だけでも挽肉にしようとするが、それよりも先に弾が切れ、その間に逃げ切られてしまった。


「なあ、虐殺って楽しいのか?」


 突如、真後ろから聞き慣れない声が聞こえて振り返ると、怒りの表情を浮かべる鳴海の姿があった。

 彼のスキル【短距離転移】の文字が脳裏に浮かび、そんな彼の手が私に向かって伸ばされ――


「うお?!」


 寸でのところで饅頭の攻撃が割って入り、ついさっきまで鳴海の首のあった場所に血で濡れた刃が刺さる。

 ギリギリのところで転移によって避けられたが、私はその隙にピストルを取り出し、顔面を目掛けて引き金を引く。

 しかし不規則に消えて回る動きを予測して発砲するのは難しく、饅頭が私の背後を守るように位置取りする。

 すると、私たちの前をうろちょろしていた彼は急に消え、どこに行ったと周囲を見回す。


「夏月様、マズイです」


 饅頭の声で振り返ると香織を人質に取る山田健二の姿があり、その後ろでは顔に切り傷の付いたぽちが騎士の死体に覆い被さる形で倒れている。

 失敗したと悟った。厄介な鳴海を始末するより、防衛線を下げるべきだった。


「投降しろ! 俺たちだって殺したくはねえんだよ!」


 どうしたらこの状況を挽回出来るだろう? どうしたら香織を取り戻すことが出来るだろう?

 思考がぐるぐると巡っているのに答えが出せないでいた私の視界の端に、階段からこちらを覗き込む真美の姿が留まった。

 彼女も察したのか、諦めたような顔をしてやって来て。


「きゃっ?!」


 真美を片手で抱き締め、頭にピストルの銃口を突き付ける。

 鳴海のせいで弾は既に切れているが、山田たちはそんな事に気付いていない様子で焦った顔をする。


「香織を放して。じゃないとこの子も殺して私も死ぬ」


 一瞬だけ驚いた顔をした真美だったが、うえーんとウソ泣きを始める。

 そんな事をしている間もじりじりと騎士たちは寄って来ていて、どうしたら良いのか分からない様子の魔獣たちが交互に見やる。


「うあっ?!」


「ゾンビの大群だ! やべえぞ!」


 急に騎士たちが騒がしくなり、そちらに目を向けると味方同士で殺し合いを始めていた。

 困惑した顔だった山田と鳴海も、すぐ近くに何かが見えるらしく、情けない悲鳴を上げて香織を放す。

 瞬間、ぽちがぱっちりと目を覚ました事に気付いて私は叫ぶ。


「ぽち!」


「グルルァッ!」


 すぐに状況を把握した愛犬は隙だらけの山田を切り裂こうと飛びかかる。

 しかし寸でのところで鳴海が山田の腕を掴んで【短距離転移】を発動させ、鋭利な爪は空を切った。


「ああ、もうっ!」


 厄介なスキルを持つ鳴海を始末しておきたかった。

 舌打ちしながら山田の刃が触れて負傷してしまった香織に回復魔法を使いながら地下階段へ連れて行くと。


「すまぬな、援護が遅れてしまって」


 階段横の隠し扉から顔をちらっと見せたおーちゃんに、私は笑って見せて。


「大丈夫。もうちょっと早い方が良かったけどね」


「タイミングを見誤ったのじゃ」


 しゅんと尻尾を垂らす彼女の頭を撫でて慰める。

 心地良さそうに揺れていた尻尾は急に毛を逆立たせ、くりっとした目が大きく見開かれる。

 

「後ろ――」


 振り返った時には鳴海の手が私の腕を掴んでいた。

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異世界サバイバル生活~召喚されて早々追放されましたが、万能スキル【サバイバー】でクラフトと建築してたら最強になってました~ ぴよぴよ @piyopiyonyan

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