第58話 依頼

 翌日。

 ギルドの裏口から入ると、箒を片手にしたメルヒウルスが少し驚いたような顔をこちらに向ける。

 トラックを駐車し、相棒たちを解放した俺は御者席から降りながら、こちらに近付いて来る彼に問いかける。


「顔に何か付いてるか?」


「いいや、待ち合わせの三十分前に来るとは思って無くてな」


「三十分前行動って言うだろ」


「初めて聞く言葉だが、良い心構えだな」


 感心した様子で笑った彼は付いて来るように言ってギルドの方へ歩き出す。

 香織とマキナに相棒たちの事を任せて夏月と共に建物の中へ入ると、まだ早朝なのにも関わらず騒がしい声が奥の方から聞こえて来る。

 少し進んで行くと忙しそうに書類仕事や鑑定業務に勤しむ職員たちが現れ、短期間だが飲食店バイトのことを思い出す。

 中々にブラックで忙し過ぎる場所だったせいで三か月も持たずに辞めてしまったが、ここの職員なら余裕で働けそうだ。


 そんなことを考えながら二階に続く階段を上がり、『マスタールーム』の文字がドアに刻まれた部屋へ入る。

 一人部屋である点だけを見れば贅沢なのだが、置いてある家具や装飾はどれも質素で、一番高価そうなのは壁に掛けられている両手剣だけだ。

 メルヒウルスの性格が何となく分かる部屋を軽く見回していると、彼はソファを手で指して。


「そこ座ってくれ」


 言われてソファに腰掛けると、メルヒウルスはデスクの方から書類をいくつか取り出してから俺たちの対面に腰掛ける。

 

「今、ここに寄せられている依頼の中で一番面倒なのがこいつらだ。行けそうなものからやってくれ」


 そう言って彼がテーブルに並べて見せた依頼の内容を見れば、確かに強そうな魔物の名前や、聞いたことの無い薬草の名前が並んでいた。

 しかし、薬草の方は探すのが面倒そうなため、俺は討伐依頼の方へ目を向ける。

 すると天獄の森の表層部分に討伐依頼がいくつか重なっている事に気付き、俺は距離の近いものを手に取って。


「複数でも良いか?」


「こちらとしては非常に助かる。報酬も弾むぞ」


「じゃあ、オリハルコンを頼む」


「オリハルコンをやるにはちょっと足りんな。それに、本部のあるストリッツにでも行かないとそもそも無いぜ?」


 ストリッツ帝国か。

 冒険者や街の人の会話で何度か耳にしたが、この街から大分離れた場所にある事くらいしか知らない。

 それにしても、彼の言葉から察するにオリハルコンは俺が思っている以上にレアなようだ。

 自分で探し出すのも、人間から入手するのも、骨が折れそうな話だ。

 

 後で考えることにして依頼を五つ、メルヒウルスに手渡した。

 彼は手慣れた手つきで判を押し、五枚の依頼書を返しながら。


「じゃあ、頑張って来い。無事を祈るぜ?」


「任せろ」


 拳を突き合わせてから立ち上がった俺は、夏月を連れて部屋を出た。

 階段を下りながら改めて依頼書に書かれている魔物の名称に目をやる。


「なんか、意外と聞いたことあるような名前多いな」


 今回受ける事にした五つの依頼書。

 難易度の簡単そうな順にオークの集落、魔族のアンデッド集団、人食いトロール、ミノタウロスの群れ、そして無差別に生き物を殺して回るデュラハン。

 特に興味が湧くような魔物はいないし、テイムなどは考えずに討伐して回れば良いだろう。


「ストリッツって言う国行くの?」


「そうだな……まあ、ゆっくり考えようか」


 そんな会話をしている間にギルドを出ると、キャッキャと戯れる女子たちの声がトラックから聞こえ、近付くと音で気付いたらしいマキナがひょこりと顔を出した。


「おかえり。どこ行く?」


「天獄の森の浅い場所に行く。一回帰って戦車を取ってからだけどな」


 そんな会話をしている間におーちゃんが運転席に戻ったらしく、エンジンの掛かる音がした。 

 御者席に座り手綱を握った俺は夏月が乗ったのを確認してギルドを発ち、真っ直ぐに壁門へ向かう。

 と、依頼書を握って幌から顔を出した香織が不安そうな顔をして。


「こんなに受けて大丈夫? 今日中に終わる?」


「大丈夫だろ。砲撃しとけばワンパンだから」


「音で逃げられそうだけど……」


 そうは言いつつも、戦車があればどうにでもなるかと納得した様子を見せ、幌の中に戻って行った。

 そんなことを考えながら前を向けば壁門がすぐそこに見え、いつもの門番の姿もある。

 

「よお、依頼受けたか?」


「おう、討伐依頼だ。行って来る」


「気を付けろよー」


 門番に手を振りながら門を通過し、周辺に人影が無くなったところでアイボウたちを解放する。

 やっと自由に動けるぜとばかりに体を伸ばした四匹は、行先を分かっている様子で歩き出し、トラックもその後に続く。

 

「おーちゃん、これ外して良いぞ」


『うむ』


 偽装のために付けられている木板が内側から取り外され、可愛い顔が御者席からも見えるようになった。

 

「コイツの運転、難しいか?」


「うむ。前は見辛いし、あのモフ公の動きにある程度合わせなければならぬからな」


「……その負担を考えるとあいつらに引っ張ってもらった方が良いかもな」


 トラックの重さは荷台に乗っている貨物などを含めて四トン弱で、四頭が引っ張ってくれれば簡単に動くだろう。

 ただ、心配なのはトラックの大部分が木造であるため、乱暴に引っ張り回されたら簡単にぶっ壊れる点だ。

 もしも引かせるのなら、何かで興奮状態にならないよう、俺が気を付ける必要があるだろう。


「見えて来たな」


 考え事をしている間に見慣れた小高い丘が見え始め、家に帰って来たのだという安堵感が湧き上がる。

  

「拠点で回収するのは戦車だけでいいの?」


「戦車と捕獲用の縄くらいだな。後は弾くらいか?」


「はーい。後さ、お試しで使ってみようと思ってる武器あるんだけど使ってみて良い?」


「良いぞ。味方巻き込まなければ」


「攻撃用じゃないから大丈夫だよ」


 攻撃用ではないとなると、こちらが有利に動けるようサポートしてくれるアイテムだろうか。期待しておこう。

 と、そんな会話をしている間に拠点の前へ到着し、見張りを魔獣たちに任せて俺たちは隠し扉から中へ入る。

 荒らされた後も無ければ下の階から変な声が聞こえることも無く、何も無かった様子でホッと安心した俺は地下に移動する。

 弾薬や縄などの道具をチェストから取り出していると、降りて来た夏月がチェストを指差して。


「その、私がいつも使ってる箱に『ディフェンス・フィールド』って武器あるからそれ取って」


「ディフェンス?」


 名前だけで何となくどんなものか分かりながら、彼女がいつも使っているチェストを開いてみる。

 適当にそれっぽいアイテムのアイコンをタップして名前を表示させていくと、緑色に染まった立方体のアイコンがその名称だった。

 それを取り出し説明を見てみれば、半径二十メートル以内に存在する味方の防御力を上昇させるとある。

 上昇する数値は五パーセントと、お世辞にも高いとは言えないが、無いよりは良いに違いない。

 

「これ、敵の防御も上がったりしないよな?」


「使用者が味方って認識してる相手だけみたい。つまり、私が味方って思って無いと発動しないの」


 口調で何を言って欲しいのか分かった俺は、それをインベントリに入れながら彼女の方を向いて。


「夏月の可愛さは女神レベルだよな。後光が差してるって感じするわ」


「も、もっと……」


 頬を赤らめながらも、もっと言われたい様子で強請る夏月。

 一先ず良い匂いのする体をお姫様抱っこして、ゆっくりと階段を上がりながら。


「可愛いだけじゃなくて俺に尽くしてくれて、しかも一途で素直な女の子が妻で幸せだよ。人生の目標の半分は達成できたな」


「こ、子供出来たら目標はまた沢山増えると思うなー?」


「子どもは女の子が良いな。チビ夏月を見てニヤニヤしたいし」


「男の子じゃないとダーメ。チビ隼人を育ててみたいし」


 負けじとそんなことを言ってくる彼女のせいで噴き出していると、エンジンが点火されたIS2が見えて来る。

 それと同時、ジト目を肌で感じ取り、そちらを見れば香織とマキナが凄い目でこちらを見つめていた。

 

「お、おおう。ごめんな?」


 謝罪する横で、夏月はニヤリと笑いながら俺の首に手を回して見せ、二人の額に青筋が浮かび上がる。

 

「隼人君、次からはどんな時も一緒だからね」


「私も」


 言っていることは可愛らしいのに、顔が恐くて別の意味に聞こえて来る。

 後ろからさっくり命を持って行かれそうな口振りに震えながら夏月を下ろし、ジト目を向けられながら戦車に乗り込む。

 夏月の設計したゲートが開き、戦車が轟音を立てて中から出ると、見張りをしていた魔獣たちが退屈そうに欠伸をしていた。


「待たせたな」


「わうっ」


 戦車から降りた俺は遅いと言いたげな目を向ける相棒たちに装備を付けさせ、天獄の森へ向けて移動を開始した。


 前回、森を抜けた時は川の近くを歩いて帰って来たが、今回はそこから二十キロ程度離れた何も無い地点から入る予定だ。

 討伐対象が最後に目撃された場所から近く、かつ拠点からもそんなに離れていない、丁度良いところなのである。

 砲塔の中で女子三人が戯れる声をバックミュージックに、のんびりと天を仰ぐ。


「……平和だな」


 今日は珍しく雲一つない晴天が広がっている。

 鳥が群れで優雅に飛翔する姿を見ていると、俺もあの中に加わりたいと思ってしまう。

 と、砲塔がゆっくり動き出したことに気付き、車長席に座る香織へ問いかける。


「何かいたか?」


「ほら、あれ」


 彼女が指差した先を向くと、数人の冒険者が魔物に追いかけられている姿が見えた。

 そのうちの一人は仲間を担いで走っていて、ボコられたのだろうと容易に想像が付いた。


「夏月、なるべく後ろの方を狙うんだぞ」


『はーい』


「冒険者は絶対に殺すなよ?」


『任せてよ。私を誰だと思ってるのさ』


 マイクで指示すると彼女は自信満々な様子で返答する。

 追随する魔獣たちに少し離れるよう指示しながら耳を塞いで音と衝撃に備える。

 じっくりと狙いを付けていた主砲は少しの微調整の後、轟音と共に百二十二ミリ榴弾が発射された。

 誰も巻き込まないことを祈りながら飛んで行く砲弾を見つめていると、それは最後尾のオーガを見事撃ち抜いた

 しかし、爆発することなく貫通して行った砲弾は、地面に命中してやっと破裂した。

 一匹しか殺せなかったものの、今の砲声と仲間がいきなり挽肉と化したのが十分な恐怖を与えたらしく、オークたちは深追いを止めて森の方へ逃げて行った。


「よし、とっとと行こう」


『うむ』


 こちらに気付いて興奮した様子を見せる冒険者たちが起伏に寄って見えなくなり、きっと帰る頃には俺たちの噂で大騒ぎになるのだろうと予想が付く。

 まあ、この距離なら戦車が見られたとしても問題無いだろう。イコールで俺たちが結びつくわけでは無いし、噂程度の目撃情報ならあの国まで情報が届く可能性も低い。

 街でどんな噂が立つのだろうかと想像を膨らませていると、前方に青々と茂る森林が見え始めた。

 こうして改めて森を見ると怪しい雰囲気がもやもやと漂い、『魔素が淀んでいる』というのが目に見えるかのようだ。

 

「こんな場所で生活してたんだな、俺ら」


「だねー。でも、私はイヤじゃなかったよ?」


「住めば都って言うしな」


 魔族の襲撃を常に恐れていなければならなかったのはストレスだったが、拠点を放棄する時は悲しかったものだ。

 そんなことを考えながらカービンを取り出し、弾倉にしっかりと弾が詰まっていることを確認する。

 それにしても、久しぶりにコイツを使う。街で殺した時はリボルバー、拠点でゆっくりしていた間は銃を握ってすらいない。

 と、戦車は森の奥へと続く獣道へ突っ込み、木々を薙ぎ倒しながら進行する。

 小鳥が慌てたようにぴよぴよ鳴きながら一斉に飛び立ち、辺りは一気に騒がしくなる。


「環境破壊って怒られそうだな、これ」


『ここ、地球じゃないから平気』


 もっと怒られそうなことを言う夏月に思わず吹き出していると、ぽちが射撃体勢を取った。

 凄まじい連射音が鳴り響き、ゴブリンが挽肉と化したのが見え、思わず言葉を失う。


「や、やるなあ」


 一番怖いのは敵の攻撃では無く、味方の誤射。

 それを忘れかけていたことに気付き、そんな事故が起こらないよう気を引き締める。

 こんなつまらない依頼で味方を失うことだけは避けなければならない。


「全員、味方を間違えて撃たないように気を付けろ。敵の攻撃より味方の攻撃の方がずっと痛いからな」


 俺の呼びかけに全員が良い返事をした。

 自分が死ぬのはもちろんイヤだが、味方を殺してしまうのはもっとイヤだと言うのは、全員同じらしい。

 と、今度はレーヴェが反応を示し、背中の山羊がメェーと叫びながら魔法陣を出現させる。

 何をするのだろうと期待を込めて様子を見つつ、何を標的にしているのか周囲を探してみれば、三体のオークが逃げ出しているのが見えた。

 

「夏月? あいつ、魔法使えるようになったのか?」


『うん、結構前から使えるようにはなってたよー』


 夏月ののほほんとした返事。

 それとは対照的に恐ろしい雰囲気を漂わせていたレーヴェは、次の瞬間赤いレーザーを発射した。

 オークを貫き、一拍置いて小さな爆発を発生させる。

 射程ある全ての物が爆風で薙ぎ倒され、オークたちに至っては玩具のようにバラバラとなって吹っ飛んで行った。

 いつの間にそのレベルまで至ったのだと驚きを隠せないままレーヴェに目を向けると、「すごいやろ?」と言いたげな目を向けて来る。

 後で三つの頭全てを撫で回してやろうと考えながらマップを見れば、そろそろデュラハンの目撃情報があった地点で、こちらに向かって来るのではないかと気を引き締める。

 これだけバカみたいに音を立てたのだ、無差別に殺戮するというのなら突っ込んで来るはずだ。

 と、視界の端に動く者が映った。


「逃げてるじゃねえか!」


『え?』


 思わず叫んだ俺に、夏月が驚いた声を出す。

 二メートル近い長さの大剣と、頭らしきものを抱きかかえ、全速力で逃げ去って行く腐敗した騎士。

 装備が重いせいか逃げ足は遅く、IS2の鈍重な足でも距離が少しずつ近付いていくが、そのもどかしさにイライラさせられる。

 ……俺が追いかけた方が早いな。


「俺が追いかける。攻撃はしなくていいからな」


『分かった』


 戦車から飛び降りた俺が駆け出すと、同じく降りて来たマキナが隣を併走する。

 その手には前よりも少し大きくなったような気がする鎌が握られていて、禍々しい見た目が返って頼もしさを感じさせる。

 

「逃げんじゃねえ、雑魚が!」


 叫びながら銃を構えて射撃すると、デュラハンの胴体を撃ち抜いた。

 あっさりと鎧が砕けてふっとんでいき、倒れ込んだそれはゆっくりとこちらを向く。


「……あれ?」


 腐り切っているのかと思いきや、意外と艶のある生首が俺に怯えた目を向けていて。

 そして、どこかで見覚えのあるものである事に気付かされる。


「あいつ、勇者の護衛で一緒に来てた騎士じゃねえか」


「殺して良い?」


「経験値にしてやれ」


 禍々しい鎌を構えたマキナは、慌てた様子で武器を構えたデュラハンに真っ直ぐ突っ込んで行く。

 重たそうな両手剣が彼女の頭目掛けて振り下ろされるが、華麗な身のこなしでひょいと避けた彼女は、鎧を鎌でぶち抜いた。


「ア゛ァ゛ッ?!」


 獣のような悲鳴を上げるヤツに、しかしマキナは容赦なく攻撃を加えて行く。

 鎧が次々に砕かれ、四肢はもがれ、頭はデカい穴を開けられてしまったデュラハンはやがて動かなくなり、マキナは「いい仕事したぜ」とばかりに額の汗を気持ち良さそうに拭った。


「も、戻ろうか」


「うん!」


 返り血で真っ黒に汚れてしまった彼女とは、絶対に喧嘩をしないと決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る