第57話 宿
ギルドを後にしたのは四時間後の事だった。
大量に持って来た売り物を全て鑑定するのに時間が掛かったのもそうだが、これから俺たちが任される高難易度クエストの話し合いもしていたのである。
いくつか面倒なものを引き受けることになってしまったが、報酬として未だ入手したことの無いようなレアな鉱石や魔石などを貰える事になったため、結果としては良かったのかもしれない。
「さて、どうすっか」
ギルドから少し離れたところで、荷台の中でキャッキャと楽しげな声を上げる女子たちに問いかける。
ガスマスクを外した夏月が後ろから現れるとぎゅっと抱き付いて来ながら。
「泊まる場所の確保ー」
「はいよ。この前、俺と香織で宿泊した場所で良いか?」
「うん」
俺の問いかけに頷いた彼女は荷台から俺の隣へやって来るが。
『前が見えぬのじゃ』
マイク越しにおーちゃんの不満気な声が響き、夏月は慌てた様子で俺の膝に乗る。
御者席はボンネットに設置している都合で、左側に座ってしまうと運転席の一部視界が遮られてしまう。
かと言って俺の膝に座られると視界が遮られるというもので、天使の顔がまじまじと見える。
「可愛いけど邪魔だな」
「みんなして私を邪魔者扱い?」
「そういう事もある」
俺の返答が気に入らなかったらしく、ぎゅっと抱き付きながらジト目を向けて来る。
しかし、姿勢を低くする気遣いはしてくれるおかげで、前はある程度見えるようになった。
やる気無さそうに歩く四匹が通りを歩く人々の視線を集める姿を眺めながら手綱で進路を教える。
「おーちゃん、次の角を右だ」
『うむ』
俺の指示通りにトラックが右へ曲がると、この前宿泊したホテルが見えて来る。
小金持ちの商人が使う場所なだけありサービスが充実していて、前回で気に入っている。
建物の前で止めた俺は、入口の前で目を丸くする看板娘に声を掛ける。
「五人と五匹で泊まりたい。空いてるかな?」
「は、はい! こちらへどうぞっ!」
声を上擦らせながらそう答えた彼女は、震えているのが分かる足取りで中へ入って行く。
夏月と香織にトラックの見張りを頼み、珍しく一番に降りて来たマキナと共に宿の中へと進む。
素早く受付に入り込んだ彼女は、少し待つよう言って奥へ引っ込み、その間に金を用意する。
料金表を参考に金貨一枚と銀貨数枚、そこにチップを加えた料金にしていると、何かのリストを片手にした店主がやって来た。
「久しぶりだな坊主。今度は随分と大所帯で来たなあ?」
「ああ、後から来た仲間と合流したんだ。それより値段はいくらだ?」
「金貨一枚と銀貨五枚だな。チップくれても良いんだぜ?」
「はいよ」
冗談めかしてそう言った彼にチップ込みの金を手渡すと、少し驚いた顔をする。
「こんなに良いのか?」
「デカい魔物が四体いるんだ。そんくらいはな?」
「そうか。魔物たちには綺麗な方の馬小屋を用意しておく」
そう返答した彼は鍵をカウンターの裏から取り出して手渡す。
それを受け取った俺はトラックの方を彼らに任せ、一足先に部屋へと移動する。
ニ〇五号室へ入るとマキナは部屋の中をキョロキョロ見回して。
「ご主人、お風呂は?」
「ここは温泉があるんだよ。後で入ろうな」
そう、前回そこまで資金があるわけでは無いのにわざわざ料金の高いここを選んだのは、天然の温泉があるのだ。
しかも前回泊って分かったが、この街の人間には風呂の文化がそこまで普及していないためか、前回は貸し切り状態だったのである。
「じゃ、皆が来たらぱぱっと風呂入って来るか」
「うん!」
目をキラリと輝かせて頷いた彼女はルンルンと鼻歌を歌いながら着替えや風呂グッズをインベントリから取り出し始める。
見た目は西欧の金髪美女だと言うのに、仕草や行動が子どもっぽくてギャップ萌えを感じていると、夏月たちがこちらに歩いて来るのが分かった。
ドアを開けて廊下を覗き込むとこちらに向かって来る三人と饅頭の姿が目に入る。
「こっちだ。マキナが風呂入りたいらしいから、皆も準備するんだぞ」
「はーい」
急ぎ足で入って来た皆はいそいそと準備を始め、各々が着替えと風呂グッズを手にした。
おーちゃんも早く温泉に入りたい様子で尻尾を振り振りさせ、夏月に至ってはニッコニコである。
「早いな」
「そりゃそうだよ。あんな臭い場所入っちゃったし、にらみ合いになった時は汗かいちゃったし」
「トラックの中は暑くて大変だったのじゃぞ? 特にこの尻尾が暑いのなんの……」
口々に文句を言い始めた彼女たちに軽く謝罪した俺は、皆を連れて温泉へと向かう。
ふと気になった俺は後ろを歩く皆に問いかける。
「もふもふたちはどうなった?」
「綺麗な方の馬小屋を用意してもらえたから凄く満足そうにしてた。それに寝心地の良いお布団と玩具おいて来たから不満は無いと思う」
「そりゃよかった。散歩だけしとけば大丈夫そうだな」
まあ、あいつらは隙あらば泥の中に顔を突っ込むし、綺麗かどうかはそこまで気にすることは無かっただろうけどな。
……それよりも、馬を食わないかが心配だ。
と、脱衣所に続く扉が見えた来た。
「じゃ、皆で仲良く入って来な。俺は一人寂しく入って来るから」
「えー、そんなこと言わないでよ。ほら、饅頭ちゃん連れて行って良いから」
夏月が紫色の餅を差し出し、それを受け取るとひんやりもちもちな感触で両手が包まれた。
「またデカくなったか?」
「うん、大きくなったよ。洗うの大変だけど頑張ってねー」
面倒ごとを押し付けただけだったらしい。
手を振りながら女子の脱衣所に入って行った彼女たちを見届けた俺は、小型犬より少し大きいサイズになった饅頭を抱えて中へ入る。
温泉の匂いが色濃くなったのを感じながら服を脱ぎ、インベントリに突っ込んでいると、ズールの姿に擬態した饅頭が。
「主、二人きりですね」
「ズールの姿で言うの辞めてくれない?」
全く別の意味に聞こえる。これから拷問が始まるか、それとも地獄の殺し合いのどちらかが始まりそうだ。
擬態したばかりだと全裸であるため、用意などの必要がない饅頭は、俺が脱ぎ終えたのを見るとスタスタ先を歩き、温泉と脱衣所を繋ぐ扉を開けて。
「これが温泉ですか」
「どうよ、家の風呂とは違うだろ?」
「ええ、この匂いも悪くない」
嬉しそうにそう言う饅頭と共に露天風呂へ入ると、女風呂の方でも歓声が聞こえて来る。
中でもおーちゃんのテンションが高いようで、連れて来て良かったと思いながら湯に浸かる。
「……男だけってのは気まずいな」
「私は主と二人だけになれて嬉しいですよ」
「ズールに言われるみたいで恐いんだわ。てか、饅頭ってオスなのか? メスなのか?」
時々疑問に思っていたことを思い出して問いかけてみると、饅頭は自分の顎に手を当てる。
「はて、今はどちらだったか……」
「自分の性別が分からないなんてことがあるのか?」
「我々スライムはその場の状況に合わせて雌雄が変わりますし、番がいなければ分裂して個体数を増やしますから。主が交配したいようでしたら、今すぐにでもメスになれますよ?」
「やめてくれ」
そんなことをしたら別の扉が開かれてしまいそうだ。
いや、それより分裂して数を増やすと言ったか?
「なあ、もしかして饅頭も分裂したことあるのか?」
「ええ、ありますよ」
「あの川にどんくらいいた?」
「周辺にいたスライムは全て私ですよ」
「その言い方恐いから辞めろ」
いつもの丸っこくて可愛らしい見た目だったらともかく、ズールの姿で言われると不気味さが勝るというものだ。
と、女風呂の方ではキャッキャとお湯を掛け合う声が聞こえ、俺も混ざりたく思いながらだらしない体勢で寝転がる。
「饅頭はさあ、何で俺にテイムされようとしたんだ?」
「スライムは脳が小さいですから何を思ったのかは分かりません。直感でこの人が主君だと思ったのかもしれませんね」
「可愛いやつだな」
俺がそう答えると饅頭はいつものぷるぷるボディに戻り、湯に浮かびながらこちらへやって来る。
温かくなった真ん丸な体を撫でながら温泉を堪能していると。
「きゃあっ」
女湯の方で悲鳴が聞こえた。
慌てて立ち上がった俺は女湯の方へ大声で問いかけてみると。
「ネズミ! おっきいの!」
「饅頭、出番だ」
俺がそう呟くとプルプルして応答し、湯を仕切る三メートルほどの板をぴょんと飛び越えた。
あちらでどんちゃん騒ぎしているのをバックミュージックに、腕を枕にして空を見上げる。
……俺も向こうに行きたいものだ。
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