第56話 嘘か真か

 ギルドの前に到着した。

 通りを歩く人々や冒険者からの視線を浴びる相棒たちだが、全く気にする様子なく欠伸をしている。

 肝っ玉が座っているのか、はたまた人間に興味が無いだけなのかは分からないが、気にしていないに越した事はないだろう。

 そんなことを頭の片隅で考えながらトラックから降りた俺は、香織に御者席で座っているよう指示して、夏月とマキナを連れて中へ入る。

 二人を冒険者として登録するのである。


「くっさいね」


「ほい、ガスマスク」


 前もって用意していたそれを手渡し、タバコや酒、麻薬などからの悪臭をシャットアウトする。

 嗅覚の敏感なマキナが「うえぇ」と呻きながらマスクを付けたのを見て、ギルドに空気清浄機を取り付けてやりたく思う。

 受付へ近付くと見覚えのある受付嬢が立っていて、俺に気が付くと体がぴくっと動いた。


「この子たちの登録をしたい」


「かしこまりました」


 受付嬢は手慣れた動きで機械を取り出しカウンターへ置くと、マキナと夏月のカードをテキパキと作成した。

 二人分の赤いカードを機械が吐き出し、それをそれぞれ手渡した彼女は、俺の方を向いて。


「売却ですか?」


「ああ、頼む。今回は馬車で大量に持ってきた」


「それでしたら係の者が案内しますね。隼人様とお連れの方は中でお待ちください」


 彼女に案内されてカウンター横の扉から中へ入ると、前回通ったのと違う通路を通り抜け、裏庭のような空間に出た。

 どうやらここは馬車の駐車スペースとして使われているようで、ギルドの紋章が描かれた二十両ほどの馬車が並んでいる。

 そこへ俺たちの馬車に偽装されたトラックがやって来て、魔物たちは慣れた様子で引っ張る振りをしている。

 やがて駐車場の右端に停車し、香織がふいーと額の汗を拭いながら降りると、真っ直ぐに俺の元へ駆け寄って来る。


「おーちゃん、降りたいって言ってるけどどうする?」


「良いと思うぞ」


 俺がマイクをオンにしてそう答えると、少しして荷台の方からちっちゃな影が降りて来た。

 本来のドアがあった部分は偽装のために塞いでしまったため、助手席があった部分を改造して、車内と荷台を行き来出来るようにしているためだ。

 

「ここは何なのじゃ?」


「ギルドって言って、街の中での困りごとの解決だったり、街周辺の魔物の駆除だったり、色んな仕事を斡旋してくれる組織ってところだな」


「ふむ、要は何でも屋か」


 次からはそうやって説明するか。

 そんな会話をしていると、俺たちが通って来た扉が開き、大柄で浅黒い肌を持つ男が中から出て来た。

 身長は百九十センチ越えの筋骨隆々な彼を見て対抗心が湧き上がる。

 そんな俺の様子に気付く様子なく、彼は表情を変えないままこちらへやって来る。

 殴りかかって来そうな物々しい雰囲気を漂わせる彼を警戒していると、目前までやって来て徐に片手を差し出す。


「俺はメルヒウルス、ギルドマスターだ」


「隼人だ。辺境の地から来た」


 差し出された手は剣ダコだらけでゴツゴツとしていて、彼が歴戦の猛者であることが分かる。

 どうりで腕の筋肉が凄いわけだと納得するのと同時に、俺も筋トレ代わりに近接武器でも使ってみようかと思案していると。


「話は聞いている。レベルがもう少しで三百を超えるそうだな?」


「ああ、後三つでな」


 ここまで高レベルになるとなかなかレベルが上がらないのに、偽装やら商品作りやらしているせいで最近は全く進展していない。

 早くレベル三百を超えてしまいたいと考えていると、メルヒウルスはトラックに繋げられた相棒たちに目を向ける。


「アークウルフにブル、それにキマイラか……流石は勇者だ」


「勇者? 何でそう思う?」


 少しドキッとしながら尋ねると、彼は初めて笑った。


「追放された二人の勇者、だろ? 本部から情報が来ている」


「……あの国から要請でも受けたか?」


「ああ、来てるぜ。見つけ次第拘束しろってな」


 笑みを浮かべてそう言う彼の頭をいつでも打ち抜けるように片手を胸ポケットに突っ込んでリボルバーを用意する。

 すると、メルヒウルスは慌てたように両手を俺と夏月に向けた。

 チラと見れば既に銃を手にした彼女の姿があり、ガスマスク越しに見えるその目はいつでも殺すつもりのそれだ。


「落ち着け。俺たちはあんな奴らに協力するつもりはない」


「本当か?」


 それなら最初からそう言えと言いたい。

 夏月には銃を下ろすようにアイコンタクトして、しかし俺はポケットの中でリボルバーを掴んだまま彼の眼を見つめる。

 すると、彼は何か迷う素振りを一瞬だけ見せ、こちらに視線を戻す。


「実はな、どこの地域も高ランクの冒険者が足りていないんだ。騎士団に引っこ抜かれたり、依頼に失敗して死んじまったり……とにかく、高難易度の依頼を達成できる人間が不足している」


「味方する代わりに依頼をこなせって事か?」


「そういうことだ。無論、最高ランクとして歓迎するし、欲しいものがあれば各地のギルドから取り寄せることだって出来る。悪い話じゃないだろ?」


 そう問いかけて来る彼の声が少しだけ震えていることに気が付いた。

 よく見れば俺たちに向けている手のひらは小さく震え、額や頬を汗が伝っている。

 

「弱い者いじめは良く無いのじゃ」


 いつの間にやら足元までやって来ていたおーちゃんが、俺のズボンを引っ張りながら柔らかい笑みを浮かべてそう言う。

 夏月は罪悪感に襲われた様子で銃を消し去り、俺もリボルバーから手を離した。

 瞬間、周囲を支配していた圧迫感のある空気がふっと軽くなり、メルヒウルスの表情も少し柔らかくなったように感じる。

 すると彼はズボンのポケットからギルドの紋様が描かれた封筒を取り出し、その中から手紙を取り出す。


「本部からの指示書だ。普通、冒険者には絶対見せない代物なんだがな」


 そう言って自嘲気味に笑う彼から受け取り、内容を読んでみる。

 どうやらこれはメルヒウルスが本部に対して俺たちの事を報告し、それに対する返事らしかった。

 要約すると、「国に引き渡すようなことはせず、冒険者として雇用して高難易度のクエストを任せるように」とあり、


「……分かった。味方とは見ないが、敵としても見ない。今はそのくらいの認識を持たせてもらう」


「それが賢明だな」


 手紙を返すと彼は片手を差し出す。

 二度目の握手を交わしたところで、マキナが俺の袖をちょいちょいと引っ張る。


「何の話してる?」


「今のところは協力しようって話が付いたんだ」


 すっかり忘れていたが、この子は日本語と魔族の言語だけ話せて、人間の言語は全く話せないんだったな。

 翻訳装置でもあるなら、いずれは作ってあげることに決めていると、メルヒウルスは何か感じ取った様子で。


「その子、普通の人間じゃないな?」


「何で分かった?」


「魔物と人間じゃあ魔力の流れ方が違う。感じないか?」


 そう言われてマキナと夏月からほわほわと感じるエネルギーに意識を集中してみると、確かに流れ方が違うような気がする。

 夏月の方は川の流れのように真っ直ぐ動いているのに対し、マキナの方は渦を巻くようにして流れていて、違いがあったことに驚きを隠せない。

 

「その様子だと、本当に何も教えられないで追い出されたんだな」


「魔王に大陸の四割を取られたとか、そんくらいしか教えられてないな」


「四割? そんなに取ってたか?」


 メルヒウルスは顎に手を当て、記憶を探るように目を上に向ける。

 ……思い返すと、四割も支配されているにしては王城は煌びやかで余裕綽々としていたな。

 と、彼は「まあいいか」と呟いて。


「四割取られているかは後で調べるとして。それよりその子は何なんだ? 天使か?」


「魔物が二回進化した姿だ。後は想像に任せる」


 俺はそれだけヒントを出し、売り物を詰め込んだチェストを運び出すべく馬車へ戻る。

 その間、俺のヒントを元に「オーク? いや、ホーンラビットか?」などと予想をブツブツ呟くメルヒウルスを見て、本当に悪いヤツでは無いのかもしれないと、そんな予感を覚えた。



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