第55話 輸送

「あー、快適だわぁ……」


 夏月が作成し、部屋に設置してくれた魔導式のエアコン。

 温度調節しか出来ないのかと思いきや、しっかり除湿まで出来るらしく、最初はジメジメしていた拠点の中も今やさっぱりとしている。

 以前の拠点よりもずっと快適になったリビングのど真ん中で、ぽちの腹を枕にして寝転がっていると。


「ほーらっ。ずっとゴロゴロしてないで手伝ってよ」


「ぽちの腹、ふかふかだぞ?」


「私が昨日洗ってあげたからでしょ」


 石鹸まみれのぽちがぶるぶるしたせいで悲鳴を上げていたな。

 それを思い出して笑ってしまいながら起き上がった俺は、軽く体を伸ばしながら尋ねる。


「んで? 何を手伝えとな?」


「昨日の夜話したじゃん」


「子どもは五人欲しいって話か?」


「違う!」


 べちっと優しいビンタが飛んで来た。

 このビンタなら百発でも受けたいと思ってしまいながら、彼女の背を撫でる。


「分かってる分かってる。みんなで街に行くって話だろ?」


「もう、からかわないでよね」


 ぷんすかぷんと怒ってしまった彼女に謝罪をしつつ、団欒の場として設けられたソファに移動する。

 向き合う形で座ると、夏月はむすっとした顔をしながら。


「今度はみんなで行きたいわけだけどさ。どうやっていったらいいと思う?」


「普通に全員で行くんじゃダメなのか? キマイラは恐がられるだろうけど、俺の名前で通せそうだぞ?」


 魔族は流石に連れて行けないが、少なくともここで生活しているみんななら通れそうなものだ。

 そう考えていると、夏月は俺の考えに不満がある様子で。


「せっかくみんなで行くならさ、たくさんアイテム作ってたくさん売りたいじゃん。だからさ、輸送車とか作りたいなって思うの」


「流石に目立つだろ。輸送車が欲しいってのには賛成だけどな」


 時期にここから別の場所へ引っ越す時が来るだろうし、その時のために貨物を大量に運べるようにはしておきたいとは前から思っていた。

 実際、IS2に詰め込めるアイテムの量はそこまで多く無いし、燃費が悪いせいで大量の燃料も持ち歩かなければならないしで、不便なところが多い。


「まあ、作れてもせいぜい馬車……いや、馬がいねえな」


「ぽちとたまに引かせるんじゃダメなの?」


「あの可愛い顔に引かせられるか?」


 俺が指差した先、腹を天井に向けて幸せそうに眠るぽちとたまの姿があり、それを見た夏月は「むり……」と呟いた。

 

「じゃあさ、輸送車を作って馬車に偽装するのはどう? 魔物のみんなには引っ張る振りをしてもらってさ」


「それは良いけどよ、誤魔化せるか? かなりきついと思うぞ?」


 あの街を散策したが、貴族が乗る馬車でやっと金属製、商人では木製のボロイ馬車が平均なようだった。 

 ぽっと出の俺がいきなり馬車に乗って来るだけでも怪しまれるだろうに、木の板を貼り付けて偽装なんてしていたら余計に怪しまれそうだ。

 そんな俺の心配を受けた夏月は腕を組み、うーんと唸りながら考える素振りを見せる。

 可愛いなあと見惚れていると、紅茶を盆に乗せた香織がマキナと共にやって来た。


「どうかしたの?」


「街に行こうって話をしてたんだけどさ……」


 俺たちの会話を二人に教えると、香織は少しだけ考える素振りをして。


「本で読んだんだけど、魔道式のエンジンで走る車が開発されたって書かれてたんだよね。それ作れないの?」


「……コストがちょっと高くて」


「どのくらい?」


 俺が問いかけると彼女は「来て」と言いながら立ち上がり、マジック・テーブルの操作をする。

 そうすると必要な素材が表示されたのだが、そこに記された素材の量は普通のエンジンの四倍だった。

 鉄を集めるだけでも十分キツいのだが、そこにさまざまな種類の魔石や金属を求められ、なぜそんなにコストが高いのだと疑問が湧き上がる。

 

「これ、そんなに凄いものなのか?」


「うん、凄いよ。大気中の魔素を勝手に吸収して補給してくれるから燃料補給とか必要ないし、メンテナンスも魔石の交換で済むし、色々便利なんだよね」


 なるほど、そりゃコストが高いわけだ。

 納得しながら詳細な情報を表示してみると、半永久的に使える代わりに出力がかなり低いらしい事がわかる。

 ただ、音をほとんど出さず、水没しても動くという性能の高さを考えると、そのくらいのハンデが無ければチートだというものだ。


「これなら自走してることは隠せそうだな。後は何の車両に載せるかだけど……」


 そこまで言いかけて脳裏に木製の四輪トラックがあったことを思い出す。

 タイヤはゴム製、シャーシは金属製のようではあったが、そこは木材を貼り合わせておけば大丈夫だろう。


「木製の四輪トラックを作って、このエンジンを積み込もう。一部金属だけど、それはそれっぽく偽装しとけば誤魔化せるだろ」


「はーい。それじゃあ、これ作っちゃうね」


 倉庫の方へ駆けて行く夏月の後ろ姿を横目に、俺はウェポンテーブルの操作を始める。

 目的の四輪トラックを見つけて素材を見てみれば、そのコストの低さに目を丸くする。

 木材三百個、鉄百個、それ以外に細かい部品がちょこちょことあるくらいで、これならすぐに作れそうだ。


「エンジンはどうだ?」


「作れるよー」


「なら、今日でトラックを用意して、明日は売り物を作ろう」


「そうしよっか。じゃあ、作っちゃうね」


 そう答えた彼女がマジック・テーブルの元へ駆け寄ったのを見て、俺もトラックのクラフトをすべく動き出す。

 計器やタイヤ、座席などの中間素材を作業台で揃え、それらを元にトラックのクラフトを始める。

 五時間四十分の文字が表示されたのを見て、今度は偽装に使用する板の用意を行う。

 こちらは作業台を通さずともクラフト出来るため、久々に感じながら『偽装用木材』の文字をタップする。

 さて、後は完成を待つだけだ。


「……暇だな」


「だね」


 物をクラフトする時は素材の準備をする時だけ忙しくて、クラフトが始まった後は基本的に暇なだけとなるのが常だ。


「売るもの作っちまうか」


「だね」


 どうやら彼女の作るエンジンの方も完成まで時間が掛かるらしく、コクリと頷いて同意を示した。

 ……この調子だと、明日には出発できてしまいそうだ。



 ☆


 

 翌日。

 フロントガラスとタイヤ、そしてシャーシなどを木材で隠した古めかしい四輪トラックに、売り物を詰め込んだチェストを積み込む。

 馬車のように見せかけるため、バンパーには縄を、ボンネットには御者席を取り付け、それなりに馬車っぽくしている。

 それ以外の改造としては、運転席と助手席にペリスコープを装着して外が見えるようにしたのと、車体後部を大きな幌で覆ったことくらいだ。


「割とそれっぽいな。馬車は誤魔化せるとして、問題は魔物だな」


「わう」


 ぽちが一声鳴いた。

 置いて行くのはナシだぞと言いたいらしい。


「ダメって言われても、賄賂渡せば良いから心配するな」


「すぐ犯罪しようとするじゃん」


 夏月が苦笑しながら荷台に乗り込み、俺はもふもふたちに縄を装着する。


「良いか、街の中では引っ張る振りをするんだぞ? それと人を食うんじゃないぞ?」


「がうっ」


「お前が一番不安なんだよ」


 任せとけと言いたげな顔をする獅子の頭にそう返しながら御者席に腰掛け、運転席に乗り込んだおーちゃんとマイクを繋げる。


「聞こえるか?」


『うむ、聞こえておる』


「よし、それじゃあ進もう」


 俺の言葉でおーちゃんはトラックを発進させる。

 駆動音はかなり抑えられているのだが、振動が凄いせいで俺のケツがぶるぶると震え、その気持ち悪さに思わずため息を吐く。

 

「乗り心地はいかが?」


 幌をカーテンのように開けた夏月と香織がルーフに手を付いて乗り出した。

 

「尻の下がぶるぶるしてんぜ?」


「しょうがないな。気持ち悪くなったら私が変わってあげる」


 夏月がツンデレを見せると、香織が負けじと。


「いつでも私が代わりになるから言ってね。膝の上にだって座ってあげる」


「二人が可愛いのは分かってるから落ち着け。このくらいなら我慢出来るから」


 火花をバチバチと飛ばし合い始めたのを見て、俺は少し慌ててそう声を掛ける。

 美女に取り合いされるのは嬉しい事この上ないのだが、彼女たちに暴れられてはトラックがぶっ壊れるというものである。

 幸先の悪さを感じながら進むこと三十分、壁門に出来上がった行列がやっと見えて来た。


「歩くよりはちょっと早いくらいか」


『スピードはほとんど出しておらぬからな。この感触じゃと、踏み込めば七十キロは出せそうじゃ』


「割と出せるんだな。五十が限度だと思ってた」


 おーちゃんとマイク越しで会話している間に最後尾へ着くと、前に並んでいた乗合馬車の乗客がざわつき始める。

 面倒ごとになりそうな予感を覚えていると、前の方から冒険者然とした青年三人がやって来る。


「……お前、魔獣使いか?」


「まあ、そんな感じだ」


 荷台の方で饅頭と夏月が楽し気に戯れる声が聞こえ、俺もそっちで遊びたいなと考えながら答える。


「キマイラを使役する男なんて聞いたことが無い。魔族のスパイじゃねえだろうな?」


「魔族でもキマイラは使役出来ねえよ」


 森で食い殺されてたしな。

 と、そんなやり取りを聞き付けたのか、門番の騎士たちがこちらに駆けつけて来た。

 その中には見覚えのある顔があり、彼なら通じるかもしれないと期待を胸に声を掛ける。


「久しぶりだな」


「お、おう、久しぶりだな。森で修行でもして来たのか?」


「仲間と合流しただけだ。こいつらはちっこい頃から世話してたから安心しろ」


 半分嘘、半分本当のことを言うと、彼は少し考える素振りを見せる。


「言う事聞くか?」


「お座り」


 俺の言葉でぽちたまはもちろん、キマイラとぶるちゃんもその場に座った。

 

「すげえな、おい」


「どうも」


「魔物はオッケーだ。後で中を見せてもらう」


「分かった」


 俺の返事を受けた彼らは門の方へ戻って行き、検問の仕事を再開する。 

 俺たちに絡んできた冒険者たちはバツが悪そうに引っ込んで行き、乗客たちも言うことを聞く魔物を見て安堵したのか静かになった。

 すると幌から夏月が顔を出す。


「大丈夫?」


「大丈夫だ。荷物検査するらしいから、準備しておいてな」


「はーい」

 

 荷台にいる皆に情報共有した夏月は、荷物検査に向けて準備を始める。

 街の中でもこんな風に絡まれるのだろうと思うと気が重くなるというものだ。

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