第54話 新居

 翌日。

 ホテルをチェックアウトした俺たちは、昨日のうちに回れなかった魔導具店に向けて歩き出す。

 これから仕事らしい冒険者たちや、その冒険者をターゲットにした露店が通りを賑わせ、その光景が新鮮に感じられる。

 昨晩の乱れっぷりを思い出して頬を赤らめている香織にしっかりと腕を絡めて手を握り、耳元に口を近付ける。


「ご主人様って呼んでくれても良いんだぞ?」


「うるしゃい!」


 申し訳程度に頬を抓って反抗して来るが、彼女の力ではくすぐったいだけだ。

 夏月が香織とすぐに仲良くなった理由を理解しながら、謝罪の意味も込めて額にキスをしてやり、ホテルの店主から教えてもらった道を進む。


 耳まで真っ赤に染めて黙り込んだ第二の妻と共に歩くこと十分、ようやっと目的の店が見えて来た。

 どんな魔導具があるのだろうかと期待しながらそこへ近付くと、丁度良いところで女店員が中から出て来た。

 開店していることを知らせる看板を出すところだったようで、俺たちと目が合うとニッコリ笑う。


「見て行きますか?」


「はい、商品を見せて下さい」


 ようやっと復活した香織がそう答え、興味津々な様子で俺の腕をぐいぐい引っ張る。

 自分の興味がある時は子どものようになってしまう彼女に萌えを感じながら中へ入ると、清掃の行き届いた店内が俺たちを迎えた。

 様々な商品が見やすく陳列されている棚や、置物などでオシャレさを際立たせるそのセンスを見習いたく思っていると、一つ気になる商品が目に付く。


「これは?」


「それは食洗器です。水魔法と風魔法を掛け合わせて、しっかりお皿を洗ってくれるので、面倒な皿洗いが不要になります」


 それを聞いた香織が「おお」と歓声を上げて。


「これ買おうよ。当番が一つ減ってらくちんだし」


「そうだな。買うか」


「ありがとうございます!」


 金髪のポニーテールを揺らして元気良く礼を口にした彼女は、手早くそれをレジの方へ持って行く。

 それを横目に他の魔導具を見ていると、今度は香織が指差して。


「これ、エアコンだって!」


「へえ、すげえ」


 思えば拠点には換気扇しか無かった事もあって、日によっては暑苦しい事もあれば、肌寒いこともあった。

 エアコンを作るには素材がかなり多く、しかも必要な電力が多い事もあって、作るに作れなかった。

 と、値段を見れば金貨一枚の文字があり、手持ちを確認すれば金貨二枚と銀貨数枚しか残っていない。


「高いな……」


「じゃあ、夏月ちゃんに作って貰えばいいんじゃない?」


「そうだな、あの子に任せよう」


 何か適当に物を作って売れば金はいくらでも稼げるのだが、作業台などのクラフティングテーブルが無い状態では、作成可能なアイテムの幅が狭い上に、作り過ぎると体力が削られる。

 夏月がこれよりも質の良いものを作ってくれることに期待して、ここは買わないでおこう。


「あの、ご予算が許す範囲にもよりますが、こちらのマジックバッグも人気ですよ? いかがですか?」


「金貨十五枚……」


 なるほど、昨日の鑑定士がリュックを魔道具だと思って感嘆の声を漏らしていたのは、これほどの価値があるからだったのか。

 

「今日は食洗器だけにしておく。また来た時には、それの購入も考えておくよ」


「分かりました! では、こちらへ」


 レジの方へ向かうと、彼女は慣れた手つきでレジを打つ。


「銀貨五枚になります! ラッピングはいかがなさいますか?」


「そのままで大丈夫だ」


 答えながら金貨一枚を差し出す。

 露天商や生地を扱っている小売店では、釣銭を数え間違えたことにして誤魔化そうとしてきたが、彼女は善良な人間だったらしく、普通に銀貨五枚を返してくれた。


「また来る。その時までには予算を用意しとくよ」


「ありがとうございます! でしたら、こちらもそれまでにより良い商品を揃えておきますね」


 青い瞳が彼女の清らかな心を映しているかのように美しく、店を出す時にはこんな子に働いてもらいたいと思ってしまう。

 商品を片手に店を出た俺たちは、閑静な通りをのんびりと進む。


「人間の街ってのも、案外悪く無いな」


「でしょ? どこかの王様とお姫様は本当にひどかったけど、それ以外は話の通じるまともな人の方が多いよ」


「……俺、心閉ざしてたなあ」


「うんうん。私たちの事、最初から敵だと思ってたもんね」


「そりゃあ、あの国の使者として来たわけだからな。どうせ碌な事じゃないって思うだろ」


 言い訳がましくそんなことを言いながら、次の目的地を家具店に決めて、香織と手を繋ぎ直しながら進んだ。

 そうして買い物と食事が済んだ頃には昼を過ぎ、そろそろ夏月たちの元へ帰ることに決めた。

 昨日はあんなに寂しがっていたし、早く帰ってあげないとノイローゼになってしまいそうで恐ろしい。


「夏月ちゃん、拠点完成させたかなー」


「どうだろうなあ……。ミスって生き埋めになったりしてないか心配だな」


「怖いこと言わないでよ……」


 俺が雑に掘ったせいで崩落を起こして死にかけたことは一度あるし、そんな俺よりも採掘の経験が少ない夏月ならやりかねないことだ。

 ……こうしている間にみんな揃って生き埋めになってたらどうしようか。


「よし、走って帰るか」


「う、うん。そうだね」


 不安になって来たのは俺だけじゃなかったらしく、香織もコクリと頷いた。

 幸い、俺たちが街へ入る時に使った門はすぐそこ。潜ったらダッシュで拠点の位置へ向かおう。

 そんなことを考えながら足早にそちらへ近付くと、見慣れた顔があった。


「お、隼人じゃねえか。依頼でも受けたか?」


「いや、そういうのじゃない。街の外を見て回ろうと思ってな」


「地形把握か。確かに重要だな」


 納得した顔をするランゲル。

 そんな彼の仲間たちの姿は近くに見えず、何をしている所なのだろうかと首を傾げる。


「仲間はどうした?」


「あいつらなら隠れ家にいる。そういや、お前はどこに住むつもりだ?」


「壁の外になるだろうな。てか、冒険者ってのは隠れ家を作るのが当たり前なのか?」


「おう、普通だな。壁の外だから金もそんなかからねえし、いくらでも広く作れる。野盗に襲撃されることも時々あるけどな」


 やはり、それが普通だったか。

 みんなでやれば怖くない理論では無いが、一先ず罰されることは無さそうで安堵しながら、ランゲルと別れた俺たちは、ある程度街から離れたところで。


「香織、しっかり掴まってろよ?」


「うん」


 小柄な体をお姫様抱っこして、マップに付けたピンを目印に全力疾走する。

 丘と丘の間を縫うように、遠回りになり過ぎる時は丘を乗り越えて向かっていると、遠くから銃声のようなものが聞こえた。

 一先ず、生き埋めになっていないようで安心しつつ、足を緩めることなく動かす。

 やがて拠点として使おうと話し合っていた傾斜のキツイ丘が見えて来ると。


「……心配しなくて良かったな」


「だねー」


 夏月とマキナが山賊のような出で立ちをした男たちの死体を処理しているのが見えて、何事も無かった事に安堵する。

 と、死体が綺麗さっぱり片付いた頃、マキナがこちらに気付いて手を振り、俺に変わって香織が手を振り返す。

 夏月が顔をぱあっと輝かせたのが遠目にも分かり、俺もきっと同じ顔をしているのだろうと察してしまう。

 転ばないように気を付けながら丘を降りて行くと夏月の方からも駆け寄って来て、香織ごと俺を抱き締めた。


「二人ともお帰り! 帰って来なかったらどうしようって心配してたんだから!」


「俺たちだって、みんなが生き埋めになってたらどうしようかって話してたからな」


 一度香織を下ろしながらそう答えていると、マキナも嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべながらやって来た。

 三人の体をぎゅっと抱き締め、安心感を噛み締めるように深呼吸する。


「やっぱ、家族全員が揃って無いと寂しいな」


「家族……」


 夏月が嬉しそうにその言葉だけを呟き、顔を埋めてくんくんと嗅いで来る。

 お返しとばかりに俺も夏月の頭に顔を埋めていると、斜面に取り付けられた扉からおーちゃんがひょっこりと顔を見せた。


「そんなところじゃなくて、中で寛げば良いじゃろう?」


「そうだな。夏月、マキナ、俺たちを案内してくれよ」


「うん、案内してあげる。隼人のために頑張ったんだから」


「私も、頑張った」


「偉い子だ」


 そんな二人に手を引かれて丘の中へ入ると、そんなに広くは無いがしっかりと車庫が出来上がっていた。

 丘全体を綺麗にくりぬいて作った事もあり、隅に近付くほど天井が低くなるドーム状になっていて、中央にはIS2がどっしりと構えている。


「これ、出す時はどうやって出すんだ?」


「あそこが開くよ」


 そう言って夏月が指差した先、そこは外側から見た時は全く分からなかったが、ガレージのように開閉する機構が取り入れられていた。

 そんなものまで作れるようになった彼女たちに感心していると、マキナが早く早くと俺の手を引く。


「地下、私作った」


「じゃあ、そっちも見ようか」


 きっと俺の驚く顔を見たいのだろうと察しながら、ガレージの隅に用意された地下へ続く階段を覗き込むと、明るい光が漏れ出しているのが分かる。

 下っていくと俺たちがこの世界にやって来る前、日本で流行っていた音楽が聞こえ始め、チラと夏月に目を向けるとえっへんと胸を張る。

 ぽよんと揺れた巨乳に目が吸い寄せられそうになりながら。


「音楽、作ったのか?」


「作曲したわけじゃないけどね。私たちの世界の音楽をランダムで作れるテーブルを作ったの」


 そんなものがあったとは驚きである。

 しかし、思い返してみるとCDプレイヤーなどの音楽再生しか出来ない機械も作れたし、あれは暗に音楽も作れることを示唆していたのかもしれない。

 そんなことを考えながら中へ入ると、思っていたよりも現代風な部屋が広がっていた。

 

「これ、マキナが作ったのか?」


「内装は私だけどね。マキナに任せたらだだっ広い空間だけ広がってて……」


「内装は無いそうですってか」


「古い」


 夏月は苦笑しながらそう言うと、俺の手を引いて拠点の中の案内を始める。

 入り口側から見て右手前はキッチンと食料庫、右奥は食卓と団欒場所が用意されている。

 対して左側は個人の部屋や作業場、寝室などにつながる扉、そしてお楽しみ部屋なんかが用意され、夏月がやる気満々なのが分かる。


「可愛いやっちゃな」


「隼人のために色々準備したんだからね」


「楽しみにしてる」


 この前はバニーガールのコスプレをしてくれたし、きっとまた可愛い服を用意してくれたのだろう。

 そんな可愛らしい彼女を見てニヤニヤしていると、ぽちたまをナデナデしていたおーちゃんが。


「それで街はどうだったのじゃ?」


「良い感じだったぜ? 多少はトラブルあったけどな」


「早く聞かせるのじゃ。待ち遠しかったのじゃからな?」


 尻尾をふわふわさせながらそう言って椅子に座った彼女は、早く来てとばかりにテーブルをぺちぺち叩く。

 興味津々なことを微塵も隠そうとしない彼女の前に座った俺と香織は、マキナと夏月が座ったのを見て、街で起こったことを少しだけ着色して話してあげた。

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