第53話 ギルド

 冒険者ギルドが見えて来た。

 それは周囲の建物とは比べ物にならないほど大きく、一目でそれと分かるようになっている。

 かなり儲けているのだろう、色付きのガラスがふんだんに使われ、それ以外にもさまざまな装飾が施されている。

 

「ここが冒険者ギルドだ。ほら、入るぞ」


「お、おう」


 先に扉を開けて入っていくランゲルに続いて中へ入ると、煙草と酒、そして気持ち悪いほど甘ったるい臭いが俺たちを出迎えた。

 あまりの悪臭に鼻を摘んでいると、彼らのパーティで副リーダーを務めるジェイキンが苦笑して。


「本当に冒険者ギルド来るの初めてなんだな。くっせえけど、そのうち慣れるから安心しろ」


「もう出て良いか?」


 悪臭が目にも染みて涙が出て来る。

 後ろで香織は「うえー」と気分悪そうな声を出し、どうにか出来ないだろうかと思考を巡らせる。


「あっ」


 俺は受付の方へ歩いていくランゲルたちに見えないようにクラフトパネルを出し、防毒マスクを作る。

 素材はプラスチックと布、そして鉄の三種で、よく使う素材な事もあって全て持っていた。

 数秒で二つ完成したそれを誰も見ていないタイミングで香織と共に装着する。


「ここが受付……なんだ、そのヘンテコなマスクは」


「くっさいので、つい」


「そんなんじゃ、一流の冒険者になれねえぜ?」


 そう言って笑った彼は受付を再び指差す。


「ここが受付だ。登録する時はマスク外す必要あるからな?」


「分かった」


 短い時間なら息を止めている事だって出来るだろう。

 と、奥から受付嬢が現れ、オシャレな制服を見に纏う彼女は、マキナほどではないものの、それでも人形のように美しい。


「登録ですか? それとも売却ですか?」


「両方頼む」


「かしこまりました」


 思っていたよりも丁寧な対応をしてくれる事に内心驚いていると、彼女はカウンター裏から箱型の機械を取り出す。

 それは上部に手形のマークがあり、なんとなく使い方を察しながら説明を待つ。


「ここに手を置いてください。それと、マスクも一度外してくださいね」


 指示通りマスクを外した俺は息を止めながら手を置く。

 すると【鑑定】を掛けられた時と同じ不快感が体を襲い、この世界へ来たばかりの頃を思い出してしまう。


「はい、大丈夫ですよー」


 十秒ほど経ってからそう言われ、手を離した俺はマスクを付け直し、大きく深呼吸をした。

 香織も同様に登録を行ったところで、機械から二枚の赤いカードが現れた。


「こちらが冒険者カードになります。最序盤という事で最低ランクのレッドからになり――」


 説明をしようとした彼女は目を見開いて硬直する。

 どうしたのだと問いかけようとして、ランゲルが見せてくれたカードにレベルが表記されていた事を思い出す。

 俺はランゲルたちに聞こえないよう声を潜めて。


「お嬢さん、世の中には見なかった事にしておいた方が良いこともありますよ」


「そ、そうですね。ど、どうぞ」


 差し出されたカードにはクッキリと俺のレベル二百九十七の数字が記され、ランゲルの五倍近いその数字を誰にも見せまいと、ポケットに入れるふりをしてインベントリに突っ込む。

 

「売却をされたいとの事でしたが、裏でやりますか?」


「裏で頼む。大量にあるからな」


「高く売ってこいよ」


 話を聞いていたランゲルがそう言ってポンと背を叩き、任せろと答えながら、受付横のスタッフオンリーの文字がある扉の先に入る。

 受付嬢の案内で建物の奥へ向かって進んで行くと、商談室の字が刻まれたドアが見えて来る。


「この中でお待ち下さい。専門の者を呼んでまいります」


「ご丁寧にどうも」


 礼を言いながら中へ入ると、高級そうなソファと低いガラステーブルの並ぶ空間が現れる。

 片側のソファに腰掛けながらガスマスクを外すと、あの臭いはここまで来ていないようで、思わず深呼吸をする。


「なんか、貴族みたいな扱われ方だね」


「俺のレベル見られたからな。ぞんざいには扱えないんだろ」


「そっかー」


 香織が納得した素振りを見せるのと、再びドアが開かれるのはほぼ同時だった。

 さっきの受付嬢がお茶を淹れて来てくれたらしく、湯気の立つそれをテーブルに置く。

 香織はおずおずと不安そうに尋ねる。


「そんなに凄い物持ってるわけじゃないですけど、こんなにもてなしてもらって良いんですか?」


「もうちょっとで三百レベルに到達する方ですから、このくらいはしないと怒られちゃいます」


「大変だなぁ……」


 思わず同情の声を漏らした俺に、彼女は苦笑しながら部屋の片隅に立ち、少し経ってから中年に見える男がやって来た。

 あごひげをもっさりと生やし、身なりの良い彼はどっかりとソファに腰掛ける。


「鑑定士のジャファーだ。早速、品を見せてもらおう」


 見た目のわりには声が若々しく、三十代だろうかと考えながらリュックに手を突っ込みながら、インベントリを操作する。


「じゃあ、最初にこれを」


 そう言いながら取り出したのは、夏月が売り物用として作成した鉄の剣だ。

 切れ味を高くするエンチャントが付与されているそれは、使う人間によってはオークの首だろうと切り裂ける逸品。

 しかし、裏を返せば精々オーク程度しか相手に出来ない剣で、仮に敵の手へ渡っても問題のない性能とも言える。


「ほう……中々良く出来ている。これは君たちが?」


「作ったのは仲間だ。俺じゃない」


 作り方を聞かれたら面倒なため、はぐらかして答えると、香織がもう一つの売り物である毛皮のコートを二つ取り出した。


「オークの毛皮で作ったコートです。男女それぞれのサイズに合わせています」


「これも素晴らしいですな……オークの皮は硬くて扱いが難しいのですが、これはしっかりとコートの形になっている……!」


 まるで感動したような口調でそんなことを言っているが、それは俺が十分で作ったコートだ。

 それだけに褒められても喜ぶに喜べず、俺も香織も笑って誤魔化すことしか出来ない。

 と、彼は紙を取り出して何やら計算を始める。


「コートは一つにつき銀貨三枚、エンチャントされた鉄の剣は銀貨五枚でいかがでしょうか?」


「じゃあ、それで。もういくつかあるんで、一緒に買い取っちゃってください」


 言いながらインベントリに詰め込んでいた売り物をリュックから取り出す振りをしてテーブルに並べて行くと、爺さんは目を丸くして。


「そ、そのリュックも魔道具で?」


「ああ、村の職人が作った。そうポンポン作れる物では無いけどな」


「……凄いですな」

 

 興味津々な様子でそんなことを言う彼に、これ以上問い詰められても面倒なため、俺は売り物として持って来たものを指差して。


「買い取りを頼む」


「少々お待ちください」


 彼は軽く全ての品を確認すると懐から袋を取り出す。

 金貨七枚と銀貨二枚を取り出したのを見て、金貨の価値が銀貨十枚と同等であると察していると。


「合計で銀貨七十二枚。金貨七枚と銀貨二枚での支払いとなります。お確かめください」


「どうも」


 パパッと数えて確認した俺はインベントリにポイと放り込み、テーブルに放置していた紅茶を一気飲みする。

 

「美味いな」


「自慢の紅茶ですから」


 そう言って笑って見せた彼に俺は一礼し、受付嬢の案内で部屋から出る。

 またぷーんと嫌な臭いが鼻を通り抜け、ガスマスクを再装着してから扉を潜る。

 マスクを付けていても臭いはするのだが、文句ばかり言っているわけにもいかないため我慢する事にしていると、ランゲルたちの姿を見つける。


「酒代はいくらになんだ?」


「大体、銀貨二枚だな」


「ほらよ。案内ありがとな」


「良いってもんよ! んじゃ、困ったことあったらいつでも来いよ!」


 上機嫌な様子の彼を見て、何となく実際よりも多い金額を渡してしまったのだろうと察する。

 まあ良いかと考えながらギルドを出た俺はガスマスクを外しながら香織を見る。


「泊まる場所探すぞ」


「……できるだけ壁が厚いところね」


「好きなだけ喘ぎたいもんな」


「うるしゃい」


 ガスマスクを外した香織がジト目を向けてくる。

 しかし、これからのことを考えて興奮しているのは確かなようで、俺の手をギュッと握る。


「とりあえず中央の方にでも行くか。あの辺ならホテルだけじゃなくて、良い店もあるだろうし」


「うん」


 恥ずかしげに顔を赤らめる彼女に癒されながら、中央に向かって歩き出そうとすると、急に横で悲鳴が上がった。

 目を向ければ二人の体格が良い男が香織を路地裏に連れ込もうとしていて。


 ――銃声が周囲に鳴り響いた。


 周囲で悲鳴が上がる中、二つの死体に囲まれた香織が少し驚いた様子を見せながらこちらに駆け寄って来る。

 俺も息を吐きながらリボルバーを仕舞い、衣服が少し乱れてしまった彼女を抱擁する。


「大丈夫か?」


「うん、平気」


 よしよしと背中を撫でながら頭に穴が空いた死体に目を向けると、レイプが目的だったのは間違い無さそうで、股間のブツがもっこりしている。 

 そっちを撃つべきだっただろうかと、どうでも良いことを考えながら、こいつらをどうすべきか迷っていると。


「何事だ!」


「道を開けろ!」


 怒声が聞こえ始めてそちらに目を向けると、鎧を身に纏った三人の男たちが人混みをかき分けて走って来ているのが見えた。

 面倒くさい事になりそうでため息を吐いていると、やがて彼らは俺たちの元へやって来た。


「今の破裂音はお前か?」


「そこの二人だな」


 思わず言葉を濁すと、胡散臭いものを見る目をこちらに向ける。


「……バールヌイ、そいつらを見ておけ」


「ういっす」


 騎士の言葉に返事をした頭の悪そうな騎士の男が、倒れ込む二人の元へ向かう。

 もう一人の指示を出した男は、香織をチラリと見て何となく察したような顔をしながら。


「何があった?」


「そいつがこの子を攫おうとしたもので、つい」


「なるほどな」


 俺と会話している横で、死体の顔を凝視していた男がポーチから紙切れを取り出す。

 どうやらそれは指名手配犯の顔が描かれているものらしく、死体と似た顔がチラリと見えた。


「こいつ、ここ最近暴れてた強姦魔ですぜ!」


「お手柄だな」


 そう言って笑ったリーダー格の男は俺の肩をポンと叩き、仲間二人に死体の処理を始めるよう指示した。

 手慣れた動きで二つの死体をまとめて縄で簀巻きにしていくのを横目に、リーダーへ問いかける。

 

「……殺して良かったのか?」


「まあ、問題ない。事後処理が面倒なくらいだ」


「それは……すまない」


「構わん。被害者が出なくなるならそれに越したことは無い」


 捕まえようとして来るのかと警戒していただけに少し驚いていると、周囲の見物人たちが歓声を上げ始める。

 たくさんの人に囲まれて褒め称えられる経験が初めてな事もあって反応に困っていると。


「ギルドにこの件を報告してやる。報奨金は出ねえだろうけど、昇格は出来ると思うぜ?」


「頼んだ」


「おう、付いて来い」


 俺の肩を抱くようにして歩き始めた彼に苦笑しながら、まだ頭の整理が追い付いていない様子の香織を連れて、すぐそこのギルドまで戻る。

 すると、見覚えのある六人組の姿が目に入り、こちらに気付くと気さくに手を振りながら寄って来る。

 しかし隣に騎士がいるのを見ると、頬を引き攣らせて笑う。


「おおう、何やらかした?」


「なんだ、シュルツェンと知り合いか?」


「同時に聞かれても……」


 二人して俺に問いを投げ掛けられて返答に困っていると、騎士がハハハと豪快に笑いながら、ランゲルの問いに答えた。

 ちなみに、シュルツェンとはランゲルたちのパーティー名の略称で、正式名称はブルート・シュルツェンだ。


「ここ最近、二人組の強姦魔が出るって噂になってたろ。そいつらを始末してくれたんだよ」


「やるじゃねえか!」


 腕をバシバシ叩いて来るランゲルと、べた褒めしてくれる彼の仲間。

 褒められる経験が無さすぎてどう反応したらよいか分からない俺を見た香織が、おかしそうにくすくすと笑う。


「かわいー」


「後で覚えとけよな」


 これだから褒められるのは苦手なのだ。

 そんなことを考えながら受付へ移動し、カードを差し出すとさっきの受付嬢が受け取り、騎士と共に奥へと引っ込んで行った。

 

「んで? 強姦魔に襲われそうになったのか?」


「この子がな。俺じゃねえぞ?」


「分かっとるわ」


 俺の返答で笑いが湧き上がっていると、すぐに二人は戻って来た。

 しかし、俺が渡したはずの赤いカードは緑色に変わっていて、それを見て昇格したのだと察する。


「凶悪犯の討伐ということで、グリーンランクに昇格しました。受けられる依頼と報酬金額が上がりますよ」


「へえ」


 間の抜けた返答をしてしまいながらそれを受け取っていると、ランゲルが昔を思い出すような顔をする。


「グリーンか。ガキの頃を思い出すぜ……」


「ガキって言うと、十歳くらいか?」


「いいや、七歳だな」


 この世界の人間は子どもの時から冒険者としてやっているのか。

 ……というか、俺って七歳児レベルという扱いなのか?

 そんなことを考えていると香織がクイクイと腕を引っ張り、手首の辺りを指で指し、時間無いよとジェスチャーする。


「ああ、そうだったな。悪いが、俺たちはこれでお暇する。行かないといけないところがたくさんあるからな」


「おう、気いつけてな」


「また犯罪者がいたら殺しといてくれな」


 ランゲルに続いて騎士にもそんなことを言われ、俺は苦笑しながらギルドを後にした。

 ……この街で暮らすのも、案外悪くないかもしれない。

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