第52話 カノーネ

「おー、見えて来たな」


 森を抜けた翌日、目的の街がようやっと見えて来た。

 高さ十メートルから二十メートルほどの高い壁に覆われ、その内側から教会と思わしき尖がった屋根が顔を覗かせている。

 と、こちらを振り返った冒険者四人組のリーダー、クラインが街の方を指差して。


「あそこが俺たちの街、カノーネだ。天獄の森とダンジョンで採れる魔物の素材、それと鉱山なんかで栄えてる」


「荒くれものが多いのか?」


「ピンキリだな。礼儀のある人間もいれば、話の通じねえ奴もいる」


 そう言って笑って見せた彼は、実際にそのやべえ奴と会った事があるらしく、仲間たちに「な?」と同意を求める。 

 三人は嫌なことを思い出した顔をして頷き、これから人間関係で悩むかもしれない憂鬱さに思わずため息を吐いた。


「そんなに心配するな! 街にいるやつは大半がまともだ、話の通じないやつは稀に出会うくらいだ」


 稀であっても出会いたくないのが本音だ。

 と、副リーダーを務めるクラマが懐から地図を取り出して。


「すまない、俺たちはここらで離脱する」


「見えてるから良いけどよ、どこ行くんだ?」


「ここから近いところに隠れ家があるんだ。そこで素材の選別と加工をして、それから街に売りに行くんだよ」


「壁の中に建てるんじゃダメなのか?」


「土地代も建築費も高いからな。俺たちみたいな冒険者は壁の外にこっそり拠点作るしかねえんだ」


 それが普通ならば、俺も壁の外に地下拠点でも作るのも良いかもしれない。


「最後に聞いときたいんだけどさ、身分証とか俺たち持ってないけど街に入れるか?」


「事情を話せば大丈夫だ。ただ、そこのデカブツたちと魔族は入れない方が良いだろうけどな」


 彼がチラリと目を向けた先では、大きな欠伸をするぽちたまと戦車、その他豪華な魔物たちと魔族たち姿がある。

 こんな大群で街に近付いたら魔王軍がやって来たと誤解されること間違いなしだ。


「助言どうも。その辺に拠点作ってから街に行くよ」


「おう、頑張れ。約束は守る」


 最後に拳を突き合わせると彼らは手を振りながら去って行き、俺たちは拠点を用意すべく周辺の探索を始める。

 ちなみに、彼らが言った約束とは、俺たちのことを誰にも口外しないことである。


 街周辺の地形は多少の凹凸があり、まばらに木が生えている程度で、地上に建築物を作ったら非常に目立つだろう。

 河原で生活していた時のように、広い穴を掘ってそこを拠点にしておけば良いか。

 

「もうちょっと歩こう。そんで、良さげな場所を見つけたら拠点作成組と街の探索組で分かれよう」


「はーい」


 戦車の砲塔に座る夏月が気の抜けた返事をして、IS2は方向を転換して前進を開始した。

 排ガスを臭く思いながら周囲を軽く見回していると、鎧を身に付けていないぽちがふわふわな頭を押し付けて来た。

 これだけ大きい動物の体毛はふわふわよりもゴワゴワしてしまいそうなものであるが、こいつもキマイラも、なんならぶるちゃんも、毛並みはふさふさで触り心地が良い。

 

「なーんでお前らはそんなにふわふわなんだ?」


「わうー」


「可愛い顔しやがって。後でブラッシングしてやる」


「わうー」


 凶悪そうな見た目をしていながら、こんな可愛いことをされたら、そのギャップでメロメロにされるというものである。

 街に行く時はどちらかのモフちゃんを連れて行ってあげたいものだ。


「ん?」


 視界の端に傾斜の強い丘が映り、頭の中で拠点のイメージ図が出来上がった。

 砲塔の上で日向ぼっこをする夏月を呼び、俺は丘を指差して。


「夏月、あそこの丘をくり抜いて車庫にするのはどうよ。そんで、更に地下を居住空間にするって感じでさ」


「良いんじゃない? ちょっと大変そうだけど」


「俺たちならどうとでもなる。おーちゃん、あそこのデカい丘まで進んでな」


『分かったのじゃ』


 可愛い返事と共に戦車の向きが少し変わり、ブロロと良い音を響かせて進んで行く。

 目的の丘の前まで来ると戦車に乗っていた女子四人が降り、夏月が五本ほどの紙切れを差し出して来る。


「赤く塗られてるのが街に行く人、何も色が付いてない人は拠点づくりね」


「あいよ。レディーファーストで」


 四人の女子がくじを選び、そして残ったものを俺が掴み、「せーの」と声を掛けて一斉に引く。

 すると俺のくじは先端が赤く塗られてあり、みんなの手元を見ると香織のくじも赤く塗られていた。


「むぅ、この世界の街を見てみたかったのじゃ」


「俺もおーちゃんの可愛さを人間どもに見せてやりたかったよ」


 ケモミミを撫でると尻尾が嬉しそうにゆったりと揺れる。


「じゃ、俺と香織でぱぱっと行って来る。拠点は夏月が主導して――」


 夏月がむぎゅっと抱き着き、涙目で自分も連れて行ってくれとばかりに見上げて来る。

 

「……」


「建築出来るの、夏月だけだからさ。マキナと一緒に俺たちの愛の巣を作ってくれよ」


「離れ離れは寂しいよ……」


「しょうがないな……」


 全力で甘えて来る彼女を抱き締め返し、耳元に口を近付ける。


「明日には帰る。その時には、思う存分やろう」


「……約束だからね」


 しっかりと意味は通じたようで、頬を赤らめて承諾してくれた。

 そんな彼女を解放して戦車のインベントリに要らないものをいくつか入れ、代わりに売れそうなものをいくつか俺のインベントリに移す。

 持ち物の整理を終えて見せかけだけのリュックを背負ったところで、俺と同様に持ち物の整理を終えた香織がコクリと頷く。


「じゃあ、拠点作り頼んだぞ。もふもふたちは女の子を守ってやるんだぞ?」


 俺の言葉に相棒たちは威勢の良い返事をする。

 この辺に住み着いている魔物よりも、俺の相棒たちの方がずっと強いだろうし、ステータスの数値では女子の方がみんなを上回っている。

 仮に人間の襲撃を受けたとしても、勇者でもない限りはなんとかなる事だろう。


 マップに印を付けた俺はみんなに手を振りながら、香織を連れて街の方へ向かって歩き出す。

 やがて後ろにみんなの姿が見えなくなった頃、寂しさと新鮮さを同時に感じ取りながら、ご機嫌な様子の彼女に話しかける。


「この世界の街、見たことあるのか?」


「ううん、遠征訓練する前にこっち来ちゃったから見たこと無いの。城下町なら城の窓から見たことあるけどね」


「……遠征訓練? カノーネも遠征先のリストにあったか?」


「そこまでは……仮面付けておけば大丈夫じゃない?」


「【鑑定】使われたら一発だろ」


 俺の言葉でハッとした顔をする香織。

 やっぱりポンコツな所がある彼女に愛らしさを感じながら、どうすべきか少し迷う。

 あまり人間に関わりたく無い気持ちはあるが、異世界の街というものには、クラインたちのせいで興味が湧いてしまった。

 

「まあ……仮面付けて誤魔化すか」


「はーい」


 インベントリに予備で入れていた布でフェイスマスクを作成し、そのうちの一つを香織に手渡す。

 だいぶ前に夏月が【鑑定】を無効化する装備があると話していたし、今度行く時はそれを全員分用意してからで良いかもしれない。

 と、香織は徐に恋人繋ぎをして、肩を寄せて来た。


「なんで夏月ちゃんの苗字、隼人と一緒になってるの?」


「結婚の約束しちゃったからな、しょうがない」


「……私、第二の妻になれない?」


「香織は本当にそれで良いのか? ぶっちゃけ、俺よりカッコよくて良い男だっているだろ?」


 夏月は美人枠、香織は可愛い枠でそれぞれ違った人気があったし、結婚相手なんていくらでも選べそうなものだ。

 そう思っての言葉だったが、ギロリと鋭い目が俺を睨み付け、レベルも体格もずっと俺より小さいのに、心臓がドキッと跳ね上がった。


「私のこと嫌い?」


「いや、俺は大好きだよ。夏月と同じくらい」


 何となく、彼女の言いたいことが分かった俺は謝罪の意味も込めて抱きしめながら言う。


「へふっ……ま、まあ、今回は許してあげる」


 変な声を出しながらそんな事を言う彼女は、ちょっとだけ悔しそうにギュッと抱きしめ返して来る。

 そんな彼女の体を抱っこして、柔らかなものを感じ取りながら街に向かって歩き出すと、吐息が熱くなった香織が。


「学校でさ、私のことどう思ってた? ちょっと気になってた?」


「可愛いな、とは思ってたよ。でも、夏月と同じように手が届かないところにいる人だと思ってたし、俺より良い人と結婚するんだろうなって思ってた」


「理想な女の子に囲まれて幸せ?」


「あたぼうよ。死んでも悔いが残らんくらい幸せだわ」


「だからって死なないでね? 私は悔いが残るからね?」


 慌てたようにそんな事を言われ、自分の中に幸せが蓄積するのを感じる。

 

「夏月は俺と香織が付き合う事に関して何か言ってたか?」


「応援してくれた。夏月ちゃんが言うにはね、私の気持ちが分かるんだって」


「そっか」


 俺に顔を埋めながら幸せそうに笑う彼女を抱きしめたまま、起伏の激しい道をのんびりと進む。

 街周辺の地形は丘陵地帯な事もあり、小高い丘で完全にその姿が見えなくなってしまう事もあれば、全貌が見える時もある。

 気が向いたら整地してやろうか、なんて考えていると、香織が顔を赤く染めて俺を見上げる。


「街に着いたらさ……いっぱいしよ?」


「何を?」


「分かってるくせに……!」


 頬を抓って抗議して来る彼女に「ごめんごめん」と謝り、額にキスをしてやる。

 そうするとまだまだ初心な彼女はすぐに黙り込み、ぶつぶつと可愛らしい恨み言を呟くだけになった。

 その純粋さに打ちひしがれながら進むこと四十分、ようやく街の壁門に到着した。

 検問所があるようで馬車や冒険者風の人間たちが列を作っていて、目立たないように香織と共に最後尾へ並ぶ。


「見ない顔だな? 旅人か?」


 俺たちの前に並んでいた六人の男女の内、リーダー格の男がこちらを振り返り、そんな問いを投げ掛けて来る。 

 どうやら彼らも冒険者のようでクラインたちと似たような服装をしている。

 

「ああ、辺境の村から来たんだ。良かったらこの街の事教えてくれよ」


 俺がそう言うと、やけに露出の多い女が口を挟む。


「辺境の村ってどこよ? こっから近いところだと、ヘルラーが村長やってるところか?」


 誰やねん。

 

「違うな。もっと遠い場所だし、人もそんな来ない場所だから知らないと思うぞ?」


 攻撃的な口調にならないよう気を付けながらそう答えると、リーダー格の男が女を制しながら。


「あんたらの出自は一先ず分かった。それよりランクは?」


「ランク?」


 何だそれと思ってしまったのが顔に出ていたらしく、彼は驚いた顔をして黄色のカードを取り出す。

 そこには彼の名前と思わしき『ランゲル』の文字と、彼のレベルや信頼度などの数字、そしてパーティ名が記されている。


「どれがランクだ?」


「色だよ、色! お前、冒険者カード見たことねえのか?!」


 そんなに驚く事だろうか。

 困惑していると香織が思い出した顔をして耳打ちして来る。


「確か、ランクは色分けされてるの。黄色は上から三番目だったと思うから、多分それを自慢したいんだと思う」


「なるほどな?」


 自慢したかっただけかよと内心悪態を吐きながら、何やら話し合う彼らになるべく自然な笑みを浮かべて見せる。


「俺たちが住んでいた場所は地図にも載ってない辺境の地だから、冒険者もほとんど来なかったんだよ」


「それはそれで興味が湧くな……。冒険者になるつもりはあるのか?」


「いろいろ便利そうだし、なっておこうかなとは思ってる。村の特産物の買取もしてもらいたいしな」


「良いぜ、案内してやるよ。俺たちもそれなりに顔が利くからな」


 おお、ただ自慢したかっただけじゃなかったか。

 思っていたより良い人そうで安堵していると、いつの間にやら検問所がすぐそこまでに迫っていた。

 何となく緊張していると、鎧を見に纏った騎士がこちらへやって来て、冒険者カードの掲示を求め始める。

 ランゲルたちはすぐに黄色のカードを見せ、次に俺たちの方へやって来た。


「こいつら、遠くから来たらしくてカードとか持ってないんだとよ」


「ほう?」


 百八十センチほどの俺より背丈は低い騎士がジロリと見て来る。

 きっと日本にいた頃の俺だったらビビって後退ったことだろうが、魔族と殺し合いをして来たせいか恐怖心は感じない。


「この辺じゃ見ない顔立ちだな? どこの出身だ?」


「サバノミソニってところだ」


「聞いたことねえな」


 香織が俺の後ろに隠れながらブフッと吹き出す。

 騎士はその事に気付いていない様子で考える素振りを見せる。


「出自の分からんヤツは尋問しなきゃなんねんだがな……面倒臭えなぁ……」


 門番がそれで良いのか?

 思っても言葉に出してはいけない事を口にする彼に驚きと呆れを感じていると、香織がハッとした顔をして、擬装用のリュックに手を突っ込み、ワインを取り出す。


「これ、良ければどうぞ」


「お、分かってんなー」


 それは魔族の基地から奪ったもので、それがどこから入手した物なのかはバレないようにラベルは剥がしてある。

 と、彼は栓を外してラッパ飲みを始め、三分の一を飲み干すと満足した顔をする。


「良い酒じゃねえか。この酒に免じて見逃してやる」


「ど、どうも……」


 良いのかそれで。

 ツッコミを入れそうになるのを何とか堪えながら、ランゲル達と共に門を潜って街の中へ入る。

 中世風のオシャレな建物が一直線に並ぶ広い通りを見て思わず感嘆の声を漏らしていると。


「付いてこい。冒険者ギルドまで連れて行ってやる」


「頼んだ。向こうに着いたら酒を奢る」


「サンキュー!」


 六人は歓声を上げながら大通りを歩き出し、そんな彼らの後に俺と香織が続く。

 ……酒を奢ってやれるだけ稼げれば良いのだが。

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