第51話 人間

 準備が整った。

 夏月が修復とアップグレードを行い、車体の形状が少し変わったIS2のアイテム格納欄に鉱石などのアイテムを詰め込み、砲塔後部の籠にもアイテムが詰まったチェストを載せる。

 以前は旧時代的な戦車だったのが、少し現代風な見た目になった事もあり、そのカッコ良さに思わず見惚れていると、車長席に座った香織が。


「街に着いたら何するの?」


「そうだな……適当に要らんもん売って金稼いで、まだ入手していない素材とか、異世界ならではのアイテムみたいな物でも探そうと思う」


「お金って作れないの?」


「偽造じゃねえか」


 この世界の人間が困ろうとどうでも良いと言うのが本音なのだが、香織の口から犯罪を助長する言葉が出て来るのは嫌なものである。

 と、そんな会話をしている間に夏月が拠点から現れ、満足そうな顔をして戦車に乗り込む。


「必要なもの全部持ったか?」


「うん、全部持った。毛布もね」


 そう言って彼女がポンと手元に出現させたのは俺が使っていた毛布で、新しく作れば良いやと置いて来たものだった。


「要らんだろ」


「いるのー。子犬はお母さんの匂いが付いた毛布で安心するのと同じですぅー」


「可愛い例えを出せば許されると思ってんな?」


 バレたかとでも言いたげな顔をした彼女は、サッと毛布をインベントリに入れ、そそくさと戦車に乗り込んだ。

 文句を言っておいてアレだが、こんなにも好き好きアピールされるのは嬉しいものだ。


「よし、とっとと出発するぞ! 魔王軍と今は関わりたく無いからな!」


『分かったのじゃー』


 無線でおーちゃんが返事をすると同時、四十六トンの車体がゆっくりと動き出す。

 荷物を載せている関係で俺は戦車に乗れないため、魔獣たちと共に随伴する形となる。

 しかし、相棒たちと歩くのは悪く無いもので、すぐそばをノッシノッシと歩くぽちとぶるちゃんを見ていると安心感がある。

 その更に後ろではつるはしを肩に担いだ魔族たちが雑談しながら着いて来ていて、鱗に覆われた筋肉に対抗心が湧く。


 そんなこんなで三時間ほど進み、マップが一直線に伸び始めた頃、木々の密度が少し減ったように感じられた。

 今までは百メートルを超えて来ると影が僅かに見える程度の視界だったのが、今は百メートル先を移動するゴブリンがハッキリと見える。

 

「――ッ!」


 遠くから人の声が聞こえた。

 どうやら魔物と戦っているようで、数百メートルは離れているのに何を言っているのかがある程度分かる。

 自分の聴力が凄いのか、はたまた叫んでいる奴らが凄いのかは分からないが、道案内させるのもアリだろうか。


「人の声?」


 まだレベルの低い香織でも聞き取れたようで、キョロキョロと周囲を見回し始める。

 と、オークの雄叫びもいくつか聞こえ、ただのオーク如きに苦戦しているらしい事が伺える。


「ちょっくら様子見て来る。みんなはここで待機してくれるか?」


「分かったー」


「一緒に行く」


 ハッチから頭を出した夏月が返事をして、マキナがひょいと戦車から降りて来た。

 両手に赤黒い鎌を持ち、キマイラの皮で作った革防具をシャツとジーパンの上に身に着けるその姿は、カッコ良さと可愛らしさを両立している。

 

「人間、殺す?」


「いや、道案内させる。話が通じないなら殺しても良いけどな」


 そんな会話をしながら殴り合っている音のする方へ近付いていくと、鉄の剣と盾を手にした若い男が二人と、魔法使い風の服装をした女二人の姿が見え始めた。

 しかし、女たちは魔力が切れてしまったのか、木にもたれかかっていて、大男たちも全身が血まみれだ。

 そんな彼らと戦うオーク四体の方も怪我を負っているようであるが、どの傷も浅いように見える。


「助けはいるか?」


 彼らに向けて声をかけて見ると、こちらを向いた女が苦しそうな顔をしながら叫ぶ。


「おねがい、助けて!」


 その声を受けた俺は、新しく作った鉄の剣を片手にそちらへ向かう。

 夏月がエンチャントの魔法を開発してくれたおかげで、ただの鈍器ではなく斬撃も出来るようになった。

 と、こちらに気付いた一体が駆け出して来た。


「……動き遅くね?」


「遅い」


 今まで旧拠点近くで見かけたオークは、三十メートルの距離なんて一瞬にして詰めて来た。

 しかし、今回のそれはのっそのっそと走り、拍子抜けしながら剣を振り下ろす。

 頭がスパッと二つに切れたことでちっこい脳みそが見え、そんな事をしている間にマキナが駆け出す。

 目を向ければオークが若い男の一人へ馬乗りになって殴り付けていて――赤黒い鎌が猪の頭を刈り取った。


「すっげ」


 刎ねられた首がどこかに飛んで行くのを見て思わずそんな声を出しながら、逃げ腰になったオーク二匹の元へ突っ込む。

 一匹は心臓を串刺しに、もう一匹は顔面を殴り付けてノックアウトしたところで、俺は顔面に浴びた返り血を拭う。


「死んでねえか?」


 問いかけながら目を向ければ、見た目ほど怪我は重いものでは無かったらしく、男二人はぜーぜーと荒い呼吸をしながら目を丸くしていた。

 そこまで焦らなくても良かったかもしれないなんて考えつつ、武器をインベントリに入れた俺は四人の元へ近付く。


「あんたら、冒険者か?」


「あ、ああ……あんたは違うのか?」


「ただの旅人だな」


 俺がそう答えている後ろでマキナが不思議そうに首を傾げる。

 そう言えばこの子、日本語と魔族語は話せても人間の言語はまだ知らないんだった。

 後で教えてあげることに決めつつ、これから帰りそうな彼らに尋ねる。


「街はどこにある?」


「か、川を下った先だ。案内はいるか?」


「頼んだ」


 俺の手を掴んでフラフラと立ち上がった男は顔面の血を拭いながら、フラフラしている女たちに肩を貸し、どこかへと歩き出す。

 

「あー、向こうに仲間いるんだよ。そいつらと合流してからで頼む」


「だから荷物を持ってないのか」


 納得した様子を見せる彼らに付いて来るよう言った俺は、川の方へと向かう。

 戦車や魔物、そして奴隷の魔族たちをなんと説明してやろうかと考えていると、砲撃音が空気をビリビリと震わせた。

 

「な、何だ?」


 冒険者四人が聞いた事のない音に困惑した様子を見せる。

 しかしそんな彼らに構っている余裕のない俺は、慌てて音の方へ向けて駆け出す。

 木々の密度が少ない事もあり、すぐに川辺が見え始め――戦車の横でゆったりとくつろぐキマイラの姿が見えた。

 そこで立ち止まってみんなの様子を伺うと、どうにも接敵した様子は無く、車長席に座る香織に至っては紅茶を飲んでいる。


「は?」


 思わず間抜けな声を漏らした俺は、追いかけて来たマキナを振り返る。


「夏月、何か言ってた?」


「遅かったら鳴らすって……」


「良いか、マキナ。報連相ってのは重要だからな。何か言ってたらちゃんと伝えるんだ」


 肩を掴んでそう言うと、彼女は少し考える素振りを見せた。


「昨日、夏月が隼人とエッチしたいって――」


「よーし分かった! これについては後でゆっくり話そうか!」


 しっかりと報連相が何なのか教えてあげないと、夏月に知られたら困る事まで暴露されてしまいそうだ。

 日本に居た頃、隙あらば夏月の事を見ていたなんてバラされたら、一生そのことで揶揄われることになるだろう。


「お、おーい、大丈夫か?」


 後ろを急ぎ足で付いて来た四人を振り返ると、さっきよりも血色が良くなっているのが分かる。

 怪我人を急がせるべきでは無かったと少し後悔しつつ、切り傷が治っているように見える彼らへ問いかける。


「回復魔法でも使えんのか?」


「そんな大層なものじゃない。ただのポーションだ」


 そういえば、ポーションは作ったことが無かったな。

 確か醸造台とかいうクラフティングテーブルがあったし、きっとあれで作ることが出来るのだろう。

 そんなことを考えながら彼らに付いて来るよう言った俺は、みんなの元へ足早に向かう。


 冒険者たちが戦車と魔物を見て素っ頓狂な声を上げたのは、それからすぐのことだった。

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