第50話 仮拠点

 仮拠点が完成したのは翌日のことだった。

 地下十メートルの地点に二十五メートル四方の空間を設け、必要最低限の家具などを並べただけの簡素なもので、発見されるリスクを抑えるために地上部分は作っていない。

 というのも、ここの拠点で生活するのは長くても一週間程度で、弾薬や食料の準備が整ったら川を下って人間の住む街を目指すつもりだ。

 

 今の俺たちでは奴に勝てない。人間の街で一般人にでも成りすまして、魔王軍やこの世界の情報を収集する必要があるだろう。

 と、マジックテーブルで何かを作っていた夏月が達成感のある顔をして。


「魔法の試射していい?」


「試射って言うと、攻撃系の魔法か?」


「うん。上手く使えば銃よりも強い兵器が作れるかもって思って」


「分かった、行こう」


 ご機嫌な様子で鼻歌を歌う彼女を微笑ましく思いつつ、その後に続いて外へ出る。

 外に続く道が階段なこともあり、すぐ目の前で形の良い尻が挑発するようにぷりぷり揺れる。

 すると視線でバレたらしく、ジト目がこちらを向いて。


「お尻ばっかり見て。エッチ」


「しょうがないだろ。可愛いんだから」


「褒めてもダーメ」


 俺の頬をぐりぐりと指でつついてくるが、今度は立派な谷間が目の前に迫る。

 無自覚でそんなことをされるのはいい加減慣れたいものであるが、好きすぎて意識せずにはいられない。


「おらっ」


「あうっ」


 一先ずお姫様抱っこして柔らかい体を堪能しながら階段を上がって行き、足で扉を開けた俺は抱っこしたまま外へ出る。

 拠点の周りは壁で覆っていない事もあり、どこで試射しようかと周囲を見渡していると、もふもふたちと戯れていた香織と目が合い、むっと頬を膨らませて駆け寄って来た。


「ずるい!」


「隼人は私の夫なんだからずるくない」


「私も抱っこしてよー」


「幸せだわぁ……」


 美少女二人に取り合いされる幸福感から、思わずそんな言葉が漏れ出してしまう。

 香織の要望にも応えてやるべく、二人を俺の腕に座らせるような形で持ち上げてやれば、楽しげな歓声が上がる。

 そんな彼女たちを連れて河原の拠点から少し離れた場所まで移動して来た。


「面倒だし、標的はアレで良いか?」


「うん、アレで良いよ」


 そう言ってひょいと俺の腕から降りた夏月は、片手を正面に突き出す。

 標的は対岸で水を飲むオークで、どんな魔法を使うのだろうと眺めていれば、見覚えのある魔法陣が現れる。


「お、おい、それって……!」


「うん、あの幹部が使ってた魔法。だけど、全く同じなわけじゃないの」


 彼女がそう言うな否や、甲高い音を立てて魔法陣が大きくなり、三つの魔法陣が重なるようにして展開される。

 厨二心が刺激されるその光景を前に胸の高鳴りを感じずにはいられず、香織と共にどんな一撃が出るのだと見守る。


「【エクスプローシブ・ライトニングピラー】!」


 やっとこちらに気付いたオークが最期に見た光景は、空気を焼き焦がしながら迫る、無慈悲な光の柱となった。

 上半身を消し飛ばしたそれは留まることを知らず、更にその後ろの木々が薙ぎ倒され、子高い丘に命中するや否や、百二十二ミリの榴弾を遥かに上回る爆発が巻き起こった。

 あまりの轟音で鳥たちが一斉に飛び上がり、遅れてやって来た地響きと衝撃波が俺たちの体を通り抜ける。

 ポカーン巻き上がる爆炎を眺めていると、大きな魔法を使った反動からか夏月はふらふらと後退り、慌ててその体を抱き締める。


「大丈夫か?」


「うん……こんなに魔力使ったの初めてだから……」


「よく頑張ったな」


「すごくかっこよかったよ! 私が惚れちゃうところだったし」


 夏月の手を握りながら冗談めかしてそんなことを言う香織。

 どうやら俺の妻は異性だけでなく同性までもを魅了してしまうらしい。

 それにしても、まさか魔王軍幹部が使っていた魔法をこんなにも早くコピーした上に、それを上回る威力にしてしまうとは驚きだ。

 この魔法と現代兵器を上手く組み合わせた武器の開発に成功してしまえば、今度こそ勝てるのでは無いだろうか。

 ……あっ。


「なあ、弾丸の代わりにあの魔法を撃てたら、とんでも兵器作れんじゃね?」


「今の魔法を連射できたら向かう所敵なしだね」


 香織が少し興奮気味にそう言い、夏月も目をきらりと輝かせる。

 シエラが使っていたあの魔法は少なくとも百ミリ以上の貫徹力を持っていた。

 もしもあいつがやったように、この火力の魔法を連発出来るようになれば、今度こそ勝てるかもしれない。


「拠点壊された恨み、絶対に晴らしてやるからな……!」


「も、燃え盛ってるね……」


「俺たちの生活を支えてくれた愛の巣を吹っ飛ばさないといけなくなったんだからな。どんな手を使ってでもぶち殺してやる」


 それに腕の肉を剥がされた恨みだってある。あまりの激痛だったとはいえ、守るべき皆の前で涙を見せる羽目になったのは、今思い出しても恥ずかしくて堪らない。

 あの綺麗な顔面にデカい一発をぶち込まないと気が済まないというものである。

 そんなことを考えながら拠点の方へ戻ると、石ころをくっつけて偽装している地下扉が中から開けられ、鎌を手にしたマキナがひょこりと顔を見せた。


「おー、どうした?」


「すごい音、した」


「ああ、ごめんね。魔法の実験してたの」


 夏月が抱っこされたまま答え、気怠そうな動きで腕から降りて地に立つ。

 まだ少しふらついている彼女に肩を貸しつつ、安堵した様子で武器を消し去った彼女に尋ねる。


「おーちゃんは何やってる?」


「編み物」


「おばあちゃんだなぁ……」


 実年齢が余裕で百歳を超えていそうな辺り、「おばあちゃん」では済まないかもしれないが。

 と、川で遊んでいたぽちたまがびっちょびちょになって戻って来た。

 叱ってやろうかとも思ったが、二匹の口には大きな川魚が咥えられていて、思わず笑ってしまいながらおいでと手招きする。


「偉いなあ、お前たちは」


「ウー」


 魚を咥えているせいでちょっと間抜けな声しか出せないぽち。

 そんな二匹と三人を連れて地下へ戻ると、エプロンを身に付けて掃き掃除をしていた饅頭の姿があった。

 ズールの体が気に入っているようで、寝ている時以外は基本的にその姿で行動している事もあり、もう慣れてしまったが、やはり刺された時の事がフラッシュバックしてしまう。

 

「お帰りなさいませ。魔法はいかがでしたか?」


「いい出来だったぞ。これをもっと簡単に使えるように改造するつもりだから期待しとけ」


「楽しみにしてます」


 すっかり日本語が得意になった饅頭に関心していると、夏月が気分悪そうなため息を吐いた。


「横になるか?」


「うん、そうする」


 コクリと頷いた彼女を抱っこした俺は、入口から見て左側にある寝室へと入る。

 拠点でリビングを除けば一番広くしているこの部屋は、みんなで固まって寝たいという声が多かったため、全員分のベッドやクッションが用意されている。

 そんな部屋の最奥で鎮座するキングサイズのベッドに夏月を下ろし、毛布を腹にかけてやる。


「ごめんね、迷惑かけちゃって」


「良いんだって。昨日も頑張ってたんだしさ」


 昨日の夜中まで何か作業をしていたのだし、それを責めるなんてことはできないと言うものである。

 

「ゆっくり休め。武器の開発はこっちでやっとくから」


「うん……」


 元気無く返事した彼女は俺が使っている毛布を手に取り、それを抱き枕にして目を閉じた。

 臭いだけな気がするのだが、彼女にとってはそうではないらしく、次第に心地良さそうな寝息が聞こえ始める。

 頬を一撫でした俺は音を立てずに部屋を出て、武器を作ろうと作業台に手を触れる。


「……あれ?」


 それっぽいワードを検索窓に入力してみると、見知らぬ弾薬がポンと出た。

 今までに同じワードを入れても出てこなかったはずのそれをタップしてみると、まさにさっきまで考えていた魔法が込められた弾であると分かる。

 説明文を読むに、コストの重たさと射程の短さが欠点である反面、威力が絶大である事が分かる。

 

「何見てるのー?」


「どうよ、これ。魔法を使い慣れてないと暴発するっぽいけど、夏月と香織専用の武器になるんじゃねえの?」


「じゃあ、私これが良い」


 そう言って彼女が指差したのはショットガンで使用するスラグ弾に雷属性の魔法が付与されたものだった。

 元々の威力だけでも四肢に当たれば千切れるほどの威力があるのに、更に電撃を周囲に撒き散らすとなるとかなり凶悪な性能になりそうだ。

 

「香織はショットガンが好きなのか?」


「これショットガンの弾なの? スナイパーだと思ってたー」


「あー、そりゃそうか」


 スラグ弾は日本語では一粒弾とされるように、ショットガンの中では珍しく一粒だけのデカい弾を射出する。

 俺と夏月はゲームが高じてミリタリーの事も調べるようになったから知っていたが、この子は真面目に勉強へ取り組んでいたようだし、銃弾の事なんて分からないか。

 

「香織はスナイパーライフルが使いたいのか?」


「うん。【狙撃】ってスキルが一番育ってるし、【爆雷】との相性も良さそうだから」


「そういや、香織は勇者スキルが封印されてないんだったな。明日までに作っといてやるよ」


 本音を言えば俺もスナイパーライフルが使いたい。

 しかし、ゲームではあまりにも扱いが下手くそすぎて、同じチームだったプレイヤーに罵られた記憶が過り、尻込みしてしまう。

 嫌なことを思い出してため息を吐いていると、おーちゃんが珍しく興味を持った様子でやって来る。


「おーちゃんも銃欲しいか?」


「針が欲しかっただけじゃが……。折角じゃ、護身用に小さいのを一つ貰おう」


「分かった、良さげなの探しとく」


 俺が昔使っていたオンボロピストルでも彼女なら使えそうだが、しっかりと自分の身が守れる程度の性能を持った銃を作ってあげよう。

 裁縫用の針をクラフトしながら愛らしい茶色のケモミミをナデナデしてみると、尻尾が嬉しそうに揺れ動く。

 その愛らしさに思わず微笑んでいると、キマイラが構って欲しそうにこちらへやって来た。


「お前も、何か装備作らないとだな」


「ガウッ」


 期待してんぜと言いたげに一声鳴いた獅子の頭。

 こいつは背中に山羊の頭がいるため、ぽちたまが使っているような機関銃は誤射の危険があり、装備させてやることができない。

 ただ、こいつの親は小銃じゃ太刀打ち出来ないほどの頑強さと、リザードマンの基地を単独で破壊する戦闘能力を持っていた。

 もしかしたら、余計な装備を身に付けさせるよりも、鎧だけ付けさせて敵陣に嗾ける方が強いのかもしれない。

 ……いや、夏月ママが許さないか。


 さて、旧拠点から持って来れた地下資源の量では全員の武器を新調することは出来ない。

 魔族たちも頑張ってくれてはいるが、あいつらに頼っているだけでは時間が掛かってしまう。


「ちょっくら採掘して来る」


「私も行く」


 お茶を飲んでいたマキナがすぐに鎌を手にしてやって来て、香織もつるはしを取り出して肩に担いで見せる。

 

「目標は鉄鉱石と銅鉱石を四スタックだ。良いな?」


 コクリと頷いた二人を連れて、地下の採掘場へ向かった。

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