第49話 脱出

 裏口を除いて唯一の入り口を塞ぐように設置した火薬と弾薬の山。

 奴らに技術を盗まれたら後になって面倒な事になるため、この拠点ごと吹き飛ばしてそれを防ぐのが目的だ。

 既に拠点内に侵入されているようで、一階では魔族たちが室内を荒らしまわっている音が聞こえて来る。


「隼人、行こ」


「……おう」


 みんなとの思い出が詰まった拠点を吹き飛ばさなければならない悲しさを振り払い、地下道へ向けて駆け込む。

 火薬の山に仕掛けた爆弾は後二分で起爆するように設定している。早いところ逃げなければ、奴らと共に木っ端微塵になってしまう。

 夏月と手を繋ぎ、来た道をブロックで塞ぎながら階段を下っていくと、せこせこ穴を掘って進んで行く魔族たちの姿が見え始めた。


「あの人たち、連れて行って大丈夫かな……?」


「戻ったら死ぬし、付いて来るしか生きる道は無いんだとよ」


「安心……かなあ?」


 まだ不安なようで、夏月は置いて行った方が良いのではと、そう言いたそうな顔をしている。

 しかし、香織が逃げることを伝えた途端、連れて行ってくれと二人を除くほぼ全員が頭を下げ、流石の俺でも彼らを見捨てる事は出来なかった。


「不安な気持ちは分かる。でもあいつらは俺らのために働いてくれたんだしよ、せめて逃げさせてやるくらいはしてやろうな?」


「分かった。隼人に任せる」


 納得してくれた様子の彼女を一先ずナデナデしていると、上の方で轟音が響き渡り、少し遅れて激しい揺れが俺たちを襲う。

 聞こえて来る崩落音などから地上の建物は全て崩れたであろうことが予想でき、少しでも多くの魔族が巻き込まれたことを願いながら、しょんぼりと俯くマキナを抱き締める。


「お風呂……」


「また作ってやる。今度はもっと広くてみんなで入れるようなヤツをな」


 ぽちたまやキマイラを洗ってやるには、あの風呂場では狭すぎた。

 今度は五倍程度の広さがある大浴場を用意して、悠々と入れるようにしてやろう。

 と、そんなことを考えていれば、目元を腫らした香織がニマニマと笑って。


「その腕、治るまで一緒に入ってあげる」


「頼んだ」


 包帯でぐるぐる巻きにされた左腕。

 魔法と低品質の治療アイテムを組み合わせて止血は出来たが、肉がズタボロにされたせいなのか満足に動かせない状態だ。

 指は動くし麻痺などの後遺症は残らないだろうが、完治するまではかなり不自由な生活を強いられるだろう。


「旦那! 石炭出てきやしたぜ!」


「今はいらん! とっとと掘り進めろ!」


「ういっす!」


 トカゲ顔の魔族はすぐさまつるはしで岩を殴る作業に戻り、それを横目に地上の様子を探ろうと耳を澄ませる。

 微かに騒いでいる声は聞こえて来るが穴を掘って近寄って来るような気配などは感じられない。

 と、ぽちたまが気怠そうな欠伸をしながら寝転がり、おーちゃんも心配していない様子で座布団に腰掛け茶をすする。


「畑が勿体無いのぅ……」


「守れなくてごめんな」


「気にするでない、お主は十分に頑張ったのじゃ」


「かわいいなあ、もう」


 横で見ていた夏月が獣耳を撫で回し、ふわふわな尻尾がご機嫌そうに揺れる。

 後で撫でさせてもらうことに決め、進行方向の確認をしようとマップを開いてみれば、本来拠点のあった場所が黒一色で塗り潰されていた

 

「これ、キレイに吹っ飛んだみたいだな」


「……私たちも一緒に吹っ飛ばなくて良かったね」


 数十メートルの深度はあるから大丈夫だと思っていたし、実際大丈夫だったが、もう少し浅かったら今までに殺した魔族たちと再会する羽目になっていたかもしれない。 

 そんなこんなで一時間、魔族たちが掘り進めたところで、今度は地上へ向けて穴を掘り進める。

 

「ぽち、たま。敵の気配はあるか?」


 特に気配は感じられないようで二匹は反応は示さず、おーちゃんも夏月に抱っこされたまま寝息を立てている。

 たらーんと力なく垂れ下がる尻尾に目を吸い寄せられていると、マキナが穴を開通させて外へ飛び出して行った。

 続いて俺も外へ出てみると始めて来る場所であることは間違いなく、マップにも少しだけ移っていた小さな渓谷が見える。


「ここに住む?」


「いや、原住民いるっぽいしやめとこう」


 高低差にして十メートル程度の渓谷を覗き込みながら尋ねて来た彼女にそう答え、谷底に転がる無数の骨を見やる。

 ゴブリンやオークらしき物の他に、オオカミや何か大型の魔物の骨も見られる。

 

「いっそのこと森を出るのもアリかもなあ……」


「道、わかる?」


「分からん。空でも飛べりゃ良いんだけどな」


 香織にスキルを共有した時、もしかしたら道が描かれているのではないかと期待したが、スキルを得る前に通った道は反映されないようで、彼女のマップは拠点周辺しか描写されていなかった。

 ヘリコプターや飛行機でも作れればどうにかなるかもしれないが、空を飛ぶ乗り物はミスったら即死だ。


「どうすっかねぇ……」


 呟きながら干し肉を齧っていると、遅れて出て来た夏月が周囲を見回す。


「これからどうするの?」


「この辺に簡易拠点でも作る。森を出るための道が見つかるまではここら辺での生活になるな」


「そっかあ……。お風呂は?」


「なら川の近くに拠点作るか。魔族も水辺の方が好きらしいし」


 作業中に雑談をしたことで分かったが、トカゲや爬虫類の顔をしている魔族は本来であればリザードマンと呼ばれる種族らしく、水辺での生活を好むらしい。

 しかし、魔王軍に強制的な徴兵を受けたことで水辺から引き離されてしまったようだ。


「よし、水の流れる音も聞こえるし、こっからは地上を移動しよう」


「分かった」


 夏月は短く返事をして戦車を取り出すと、それを地面にぽいと投げた。

 緩やかに大きくなっていったそれは巨砲を空に向けた雄々しい姿で鎮座し、正面装甲が割れてはいてもカッコイイと思えてしまう。

 と、ぽちたまの背に乗って穴から出て来たおーちゃんに思い付いたことを尋ねる。


「おーちゃん、ケツ向けて進むってこと出来るか?」


「セクハラなのじゃ?」


「ちっげえよ」


 可愛いから何を言っても良いと思っていそうな彼女だが、事実として可愛いから許してしまう。

 と、今のは冗談だったようでひょいと戦車に乗った彼女は操縦を始める。


「どっちにいくのじゃ?」


「南側、あっちだ」


 指差して教えると彼女はすぐにそちらへ戦車の尻を向け、女子三人が慣れた動きで乗り込んで行く。

 いつの間にか装備を身に付けたぽちたまとキマイラ、そしてぶるちゃんの四匹が戦車を護衛する布陣で周囲に付き、ズールの姿に擬態した饅頭もショットガンをその手に握って護衛に付く。 

 その後ろでは困惑気味な魔族たちが付いて来ていて、饅頭のことをまだ教えてやって無かった事を思い出す。


「こっち付いて来い。川の近くを拠点にする」


「う、うっす」


 戦車の車体に飛び乗ったズールを目で追いながら返事をした彼らは、周囲を警戒しながら付いて歩く。

 俺も戦車の後部に飛び乗って周辺に何か無いだろうかと見回していると、香織がハッチを開けて。


「ねね、川を下って行ったら人間の街とかに出るんじゃないの?」


「あー、ありそうだな。お前ら何か知らんの?」


 香織の言葉で納得しながら後ろを歩く魔族たちに問いかけてみると、彼らは一様に首を横に振る。

 

「我々は基地周辺の事しか知りませんので……。ここへ来たのも今回が初めてですし」


「そんなもんか」


 兵士の扱いが雑過ぎやしないだろうか。せめて人間の街がどっち側にあるとか教えて、警戒を促すなりなんなり出来るだろう。

 思わずため息を吐きながら周囲の警戒を再開していると水の流れる音がはっきりと聞こえるようになり、砲塔によじ登ってみれば木々の隙間から川が見え始めた。


「おーちゃん、ストップって言うまで進んで」


「うむ」


 前進よりは遅い速度でゆったりと進む戦車。

 足元ではエンジンが唸り声を上げ、木々で一休みしていた小鳥たちが警戒して逃げ去って行く。

 そう言えば空を飛ぶ魔物はまだ見ていないなと、そんなどうでも良いことを考えながら、インベントリから取り出したお茶を口にする。

 

「腕の調子はどう?」


「……そういや、ほとんど回復したな」


 痛みは魔族たちが穴を掘っている間にほとんど無くなっていたが、今は指もある程度は動かすことが出来る。

 恐る恐る赤黒く染まった包帯を外してみると、肉までは回復していたようで赤い肉が見え、傷の外側は皮膚の再生も始まっている。


「俺強くね?」


「女の子を三人も侍らせてるだけあるね」


「俺の所と城、どっちが良いよ」


「隼人のトコ」


 即答した彼女はイタズラっぽく笑い、頭を撫でられると少しだけ頬を赤らめる。

 やる気が漲った俺はおーちゃんに停止するよう呼びかけて戦車を飛び降り、早速拠点の製作に取り掛かった。

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