第48話 竜人

 離れた場所から爆発音と悲鳴が聞こえ始めた。

 すぐさま全員が配置に付き、撃退の準備を始めていると、聞こえてくる爆発音がドンドン増える。

 どうやら敵は北西から真っ直ぐにやって来ているようで、穴から外を覗き込めばこちらに来る魔族たちが見えた。

 それと同時、自動砲台が七・八二ミリ弾や五・五六弾の雨を浴びせ、次々に兵士を射殺する。


「多くね?」


 見えるだけでも二百人、さらに奥の方からも大量の足音と声が聞こえて来る。

 地雷も機能はしているがーー奴らはハナから怪我人を助けるつもりが無いようで、脚を失い泣き叫ぶ者を踏み付けて行軍する。

 流石は鬼畜魔王軍だ。


「夏月、ぶちこめ!」


『うん!』


 マイク越しの返事のすぐ後、聞き慣れた砲撃音が轟いた。

 榴弾が一頭の馬と二人の兵士をぶち抜いたところで爆発を起こし、先頭集団が一瞬にしてその場に倒れ込む。

 爆心地にいた兵士は原型も留めないほどグチャグチャに、数メートル離れた位置にいた兵士たちは破片で体を切り裂かれ、血溜まりが少しずつ出来上がる。


『撃つね』


「おう、やったれ!」


 重厚な機関銃の射撃音が鳴り響き、次々に挽肉と化した兵士の死体が転がる。

 俺も壁穴に銃口を突っ込んで射撃を始めていると、魔族たちは困惑した様子で虚空に剣を振り下ろした。

 おーちゃんが幻影を見せていると察しつつ、狙いやすくなった頭に弾をぶち込む。


 死体が次々に増えていくのに魔族の数は一切減っておらず、それどころか増えているような気さえする。

 しかも、段々と幻覚が見破られ始めているようで、虚空を切りつける者も減り始めていて、先頭集団の距離が少しずつ近付く。

 

「何人連れて来てんだよ」


 あまりの多さで思わずそんな声が漏れる。

 弾をぶち込んで一人殺しても二人が前に出て来て、それを殺してもまた三人が前に出て来る。

 ぽちたまが壁上に上がって掃射を始めると少し行進が遅くなったが、それでも拠点に到達されるのは時間の問題だろう。

 

『隼人君! 幹部っぽいの見えた!』


「どれだ?」


 無線で香織がそう叫び、彼女が銃撃する方へ目をやる。

 穴がそこまで大きいわけでは無いため見えにくいが、白銀の鎧を身に纏った女が見え、俺はそれによって確信する。


「白い鎧を身に付けた女がいる! あいつが幹部のシエラだ!」


『了解!』


『砲撃するね!』


 香織に続いて夏月がそう言うや否や、徹甲榴弾がぶち込まれた。

 五人程度の魔族を粉砕して飛んで行ったそれは、シエラのすぐ真横まで飛んで行き――トカゲのような白い尻尾が砲弾を弾いた。


「は?!」


 流石に彼女の方も無傷では無く、表面の鱗と肉が剥がれ落ち、骨が少しだけ見えている。

 だが、百二十二ミリもの巨大な砲弾をたったそれだけの怪我で無力化出来るなんて、もはや生物じゃない。


『ど、どうしよう……』


「……榴弾だ、榴弾を使え!」


『うん!』


 跳弾させて来るのであれば、物にぶつかった途端に爆発する榴弾を使えば良い。

 そう考えての指示だったが、いざ撃ち込まれると――


「どうなってんだよ」


 すぐ真横で爆発したというのに、鎧が壊れただけで本体にはかすり傷しか付いておらず、本人は特に気にする様子も見せない。

 明らかにおかしい生物を前にして思考が止まりかけていると、シエラは片手を前に突き出す。


「……ッ! 戦車から降りろ! ヤバいのが来るぞ!」


 慌てて叫ぶと三人が戦車から飛び降り――次の瞬間、閃光が戦車を直撃した。

 その衝撃で正面を向いていた主砲が真上を向き、続けて車体ごと浮き上がる。

 ドスンと音を立てて着地した戦車の正面装甲に大きな亀裂が入っていた。


「あぶねえ……」


 戦車を動かさなくて良いからと、おーちゃんには拠点内で待機してもらっていた。もしも彼女を乗せていたら、一体どうなっていたか分からない。

 安堵と焦りで思考が乱れる俺とは反対に、夏月は冷静な表情でIS2をアイテムに戻して回収し、カービンでの射撃を始める。


「てか、どうなってんだよ……」


 百二十ミリもの分厚い装甲を破る光線とは一体なんなんだ。

 少なくとも俺たちが持っている対戦車ロケットと同等か、それ以上のエネルギーがありそうだ。

 早く殺さねばと視線を戻すと、いつの間にか大きな翼を背中に生やしていたシエラが空に飛び上がった。

 今度は何をする気なのだという不安から大慌てで銃撃してみるが、体全体を覆い隠すように白銀の鱗が現れ、それが弾丸を容易く弾いてしまう。


「我が名はシエラ・ディエ・カラバエアス! 我らに仇なす勇者よ、貴様にはその命で償ってもらう!」


 威圧感のある声を轟かせるシエラに負けじと叫び返す。


「テメエらから攻撃して来たんだろうが! ふざけんのも大概にしろ!」


「知ったことか!」

 

 その言葉と共に完全な竜の姿と化した彼女は、金色に輝く魔法陣を自分の周囲にいくつも出現させた。

 一つ一つが直径一メートル程度あるそれは、さっきのとんでもない攻撃を仕掛けて来るのだと容易に察せられ、俺はマイクに向けて叫ぶ。


「地下に撤退しろ!」


 慌てて拠点の中へ駆け込むみんなを横目に、まだ攻撃を続けているぽちたまと、吠えて威嚇するキマイラとブルちゃんも逃す時間を稼ごうと、ロケットランチャーを構える。

 

「お前らもとっとと下がれ! 死ぬぞ!」


「わう!」


 すぐに反応したもふもふブラザーズがとっとと拠点の中へ撤退を始めるのを横目に、ぶつぶつと何かを呟くシエラへ向けて対戦車榴弾をぶち込む。

 すぐさまランチャーをインベントリに入れながら俺も拠点の中へ駆け込むのと、背後でいくつもの爆発音が鳴り響いたのは、ほぼ同時だった。


 地下へ転がり込むと先に退避していたみんなと、待機していた饅頭とおーちゃんが視界に入る。

 すると片腕からジクジクと痛みを感じ、目を向ければ左前腕の肉が裂けて骨が丸見えになっていた。

 

「隼人!」


 夏月が大声で叫びながら俺の腕を抑え付け、続いて駆けつけて来た香織が涙目になりながら包帯で止血しようとする。

 そんな彼女たちに涙なんて見せられるわけが無く、なるべく余裕があるように振舞おうと。


「俺の腕、百二十ミリの装甲より頑丈なんだな」


「だから何さ! もっと自分の命大切にしてよ!」


 必死に使い慣れていない回復魔法で治療しようとする夏月の叫びで、堪えていた涙がぽろっと漏れる。

 それをどうにか誤魔化そうと、震えて声が出にくくなって来た声帯を無理矢理動かし、みんなに指示を出す。


「い、良いか。恐らく外の設備は全て壊された。そして敵の数はまだ千人、二千人……それ以上かもしれない」


「撤退かの?」


「……ああ、逃げる。あれだけの攻撃力があるなら上を崩落させて圧死させることも出来るはずだ。持てるだけのアイテムを持って……この拠点を放棄する」

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