一方その頃、勇者たちは 2

 ヤークト平原。

 そこは俺たちを召喚したヴァッフェン王国の領土であり、王都からすぐ近くということもあって、ここ一週間程度は戦闘訓練に使われている。

 と、俺たちの方へ駆け出すゴブリンに気付き、【無敵化】を発動させてこちらからも駆け出す


「うおら!」


「ギャッ?!」


 ラグビーボールのような形をしているだけあって殴りやすく、簡単に頭蓋が湾曲した。

 倒れ込んだ死体に油を掛け、火の付いたマッチで焼却処分していると、後ろで見ていた誠司がつまらないと言いたげな表情を浮かべていた。


「あーあ、もう終わっちまったか」


「俺、最強だかんな」


 使い方はほぼマスターした【無敵化】。

 効果は約十秒間、俺が受ける全ての攻撃を無効にするだけでなく、相手の防御力を無視して攻撃することが可能というぶっ壊れスキルだ。

 時間が経過すると十秒程度は使えなくなるし、他のスキルのようにスキルレベルが上がることも無いが、最初の段階で完成していると言える。


 現に他の奴らだったら二人一組で倒さないといけないことになっているゴブリンやホーンラビットはもちろんのこと、五人以上で相手するように言いつけられているオークなどのそこそこ強い魔物だろうと一人で殺せる。

 と、誠司は心底だるそうな顔をして溜息を吐く。


「はあ……俺も経験値欲しいんだけど」


「じゃあ、俺が殺す前に殺せば良いだろ? 俺に文句言うなよ」


 スキルが遠距離攻撃に特化しているせいでまともに接近戦が出来ない無能が何を偉そうに言ってんだ。

 俺よりも圧倒的に雑魚なんだから、黙って言う事聞いてりゃ良いのに。

 

 使えない無能にイライラしていると、離れたところでゴブリン相手に苦戦する阿呆共が見えた。

 クラスの片隅で気色悪い会話をしているオタク六人衆のうちの二人、岡田と浅野で、ガリガリとデブの対極なコンビだ。

 追い出されなかっただけあってそれなりに強いスキルを持っているようではあるが、使いこなせている様子は無い。

 

「見ろよ、あれ」


「あ? あー、オタクどもか」


 ゴブリンに殴られて涙目になってる岡田を誠司と一緒に笑う。

 少なくともこの世界では最強格のスキルと、一般人のレベル五十に相当するステータスを持っているのだから、あんな猿なんて簡単に殺せるだろう。

 一体、あいつらはどれだけ戦いのセンスが無いんだ。

 

「おい、樋口。見てないで助けてやれよ」


「は?」


 後ろから声が聞こえて振り返れば、さっきまでゴブリンをズタズタに切り裂いて遊んでいた健二がニヤニヤと小馬鹿にした顔をしていた。

 こいつのスキルは【剣聖】、どんなものであろうと切断可能な聖剣を自由に召喚して、自在に操ることが出来るという代物だ。

 攻撃に特化し過ぎていてそれ以外の面ではポンコツだし、俺の【無敵化】の方が強い。

 ……どいつもこいつも、雑魚の分際で調子に乗りやがって。


「ゴブリンも殺せないような奴らなんざ死なせときゃ良いだろ。とっとと次行くぞ」


 ため息交じりで言った俺は、他に魔物はいないだろうかと周囲を見回す。

 健二とペアを組んでいた幸英がズタズタに切り裂かれたゴブリンの死骸を燃やして処理している姿や、ゴブリン一匹に苦戦するオタク共、そしてちょっと離れたところで戦う四人のダチ。

 

「なあ、あいつらさ、俺らと距離置こうとしてね?」


「言われてみりゃそうだな。何なんだ?」


 こっちの世界に来るまでは一緒にバイクやら車やら乗り回して遊び歩いてたってのに、最近はあの五人だけで固まって動くようになった。

 話しかけても前までのように冗談を言おうともせず、何かと理由を付けて離れようとしやがるし、そのザマは大澤そっくりで気色悪い。

 と、死体の始末を終わらせた幸英がこちらへやった来た。


「何の話してんだ?」


「あいつら、何かノリ悪くね?」


「あー、そういやそうだな」


 大して気にしていない様子でそう言った幸英だが、何か話したくないことでもあるのか健二を連れて魔物の方へ向かおうとする。

 すると誠司が何か思い出したような顔をして。


「幸英、お前さ、昨日普通にあいつらと話してたよな。なんか言って無かったん?」


「……別に。いつも通りだった」


 そう言えば、こいつもあんまり俺と積極的に話そうとしないな。

 ……めんどくせえ、問い詰めちまうか。俺の方が強いのはこいつもよく分かってんだし、脅せば言う事聞くだろ。


「おい、幸英。知ってる事あんなら話せよ」


「何も知らんて」


「嘘ついてんのは分かってんだよ、おい」


 逃げようとする幸英の襟首を掴んで引き倒すと、健二が珍しく真顔で俺のことを突き飛ばす。

 雑魚の癖に――そう言おうとした時、地面に座ったままだった幸英が、背中を向けたまま深々とため息を吐いた。


「徹、お前分かんねえか?」


「何がだよ、言ってみろよ」


「お前さ、こっち来る前もそうだったけどよ、俺らの事見下してんだろ」


「は?」


 強い奴に弱い奴は従う、それが当たり前の事じゃねえか。見下すもクソもねえだろ。

 それとも何か別の話してんのか?


 何が言いたいのか分からず困惑を深めていると、健二も呆れたようにため息を吐きながら幸英に手を貸して立たせる。

 そしてこちらを一瞥すると鼻で笑って。


「見下してる自覚あるんならよ、少しは態度改めるなり謝るなりしたらどうよ。もう、あいつらお前と関わろうなんて思っちゃいないぜ?」


 何か誤解してんな、こいつ。煙草の吸い過ぎで頭悪くなったか。


「何言ってんだよお前、別にあいつらがどうしようとどうでも良いわ。お前ら三人がいれば――」


「いいや、俺らはお前が一人になったら可哀想だと思って相手してやってただけ。ハッキリ言ってだるいわ、お前」


 俺のセリフに被せてまでそう吐き捨てた健二は、幸英と誠司を引き連れて歩き始める。

 意味が分からない。本当に、意味が分からない。

 

「はあ?」


 怒りで震えた声が漏れ出た。

 幸英を心配するような声を掛ける健二と誠司たちをぶち殺してやりたい思いがふつふつと湧き上がる。

 ……まあ、良いか。俺にはメイドや召使がいる。雑魚のクセして文句を言うような奴らより、身の程を弁えているあいつらの方がずっと良いに決まっている。


 半ば自分に言い聞かせながら、とっととレベル二十にまでレベルを上げようと、遠くに見えたオークの元へ駆け出す。

 ――友達だったはずの人間たちに笑われているとも知らずに。

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