第24話 装甲

 夏月と思う存分イチャイチャした翌日。

 外の様子を伺えば昨日の気色の気持ち悪い空気も、霧も、キマイラも、何もかもが消え去り、気持ち悪いほど元通りになっていた。

 夢だったのかとすら思ってしまうが、ぶち壊された石壁やデカい足跡、へし折られた木々、そして散乱した魔族たちの死骸。

 これは片付けが面倒くさそうだ。


「はあ……。たま、片付けするから見張りは頼んだぞ」


「わうぅ」


 キマイラがトラウマになってしまったのか、肉を美味しそうに食べていた時は元気のよかった尻尾が、たらんと垂れ下がってしまっている。

 それにしても、あいつはこの森の食物連鎖ではどこに位置付けられているのだろうか。

 正直、アレを超える化け物なんて考えたく無いし、出来るなら最上位捕食者であって欲しいものだ。


「もしもまたヤバいのが来たら吠えながら逃げて良いからな」


「くぅーん」


 逃げたいけれど、自分だけで逃げるようなことはしたくない……そんな意思が感じ取れて、ほっぺを撫で回す。

 尻尾が元気を取り戻したように揺れ始めたのを見て微笑ましく思いながら、破壊された箇所の修理と、建築途中だった壁の製作を再開した。

 しかし、あのキマイラの出現もあったため、予定は少し変更することにした。


 拠点を囲む壁の厚さを一ブロックだけにするつもりだったが三ブロックに増幅、壁の外側は堀と跳ね上げ橋でより強固にするつもりだ。

 あのキマイラが襲い掛かって来た時に土ブロックをシャベルで殴ったら一撃で壊す事が出来たし、頑張れば一日が過ぎる前には終わるだろう。

 

 そんな予定を頭の中で立てている間に一番外側の壁が完成した。

 続けて二層目の壁の建設を始めていると、たまが尻尾をピンと立てて拠点の方を向き、それと同時に慌てた様子の夏月が中から出て来た。

 下で何かあったのかと不安になり、俺はブロックを並べる手を止めて問いかける。


「どったの?」


「さ、さっき、拠点に戻って来たらマキナちゃんが急に苦しみ始めたの! 何か、毒物とか食べちゃったかもしれなくて……どうしたら良い?」


「あー、進化してんじゃない? 【鑑定】で調べてみて」


「わ、分かった」


 慌てた足取りで戻って行ったのを見て、カマキリは何に進化するのだろうかと疑問が湧く。

 オオカミたちは一つ上位の存在へなったように、あいつも順当に強くなるのだろうか。

 カッコイイ、あるいはカワイイ見た目になってくれると俺としては嬉しいのだが……気色の悪い方へ進化するようなことになったら困るな。

 

「たま、マキナは何に進化すると思うよ?」


「わふー」


 知らなーいとでも言うように、気の抜けた声を出すたまを見て、今夜は抱き枕にしてやろうと考えながら、ブロックを並べる作業を続ける。 

 一段目の設置が終わって二段目を並べようとしたところで、夏月が地下から駆け上がって現れた。


「隼人! マキナちゃんの進化、終わったよ!」


「お、どんな見た目になったよ」


「なんか、侍っぽくなった」


「侍?」


 その言葉で興味が湧いた俺はたまも連れて早く早くと急かす夏月の元へ向かう。

 階段を降りて拠点に入ればふんわりと昆虫の臭いが鼻を突き、部屋の中央ではカマキリっぽさのある生物がこちらに背中を向けて佇んでいた。

 すぐにそれがマキナだろうと察しながら近寄ると、自分の体に慣れていない様子でゆっくりと振り返る。

 

「おお、カッコ良くなったなあ」


 まるで笠を被っているかのような外骨格が頭に付き、体はかなり人間に近くなったように感じられる。

 鎌は先端がより鋭くなり、四本あった脚は二本に、細かった胴体は鎧を身に纏っているかのように太く、そして体高は俺と同程度にまで伸びた。


「調べるな?」


「キシィ……」


 お疲れ気味なようで、元気無く声を出したマキナの背中を撫でながら【鑑定】を発動させる。

 種族の名前は『アーマード・マンティス』に変わり、ステータスは洞窟で遭遇した野生のカマキリよりもずっと高くなっていた。

 特に物理面では俺よりもちょっと低いくらいにまで上がっていて、油断していたら追い抜かされてしまいそうだ。

 ……勇者よりもこいつら魔物の方がずっと可能性があるような気がしてしまう。


「俺も進化出来ねえのか? ずりいぞ、マキナちゃん」


「ギシィ?」


 そんなこと言われても困ると言いたげな目を向けられて、冗談だと言いながら背中をぽんぽんする。

 スキルの方に目をやれば新しく【日本語】、【装甲化】、そして【剣術】の三つが追加されていた。

 反対に【硬質化】が消えている事から、【装甲化】が上位互換のスキルであろうことが伺える。


 ふと、ぽちたまコンビのスキルを見ていないことに気付き、そちらにも【鑑定】を使う。

 パネルをスクロールしてスキルの欄を見れば、元々は無かったはずの【硬質化】と【鉤爪術】の二つが追加されていた。

 矢を跳弾させたり、魔族の顔面を爪でばっさりと切り裂けていたのも、新しいスキルを入手したことに起因していたと分かってスッキリさせられる。


「俺も進化してえなあ」


「隼人が進化なんてしたらゴリラになっちゃうんじゃないの?」


「夏月は天使になるな」


「罪悪感すごいからやめてくれない?」


 揶揄い返されるのを期待していたらしく、ジト目を向けながらべったりとくっついて来た彼女を俺からも抱き締める。

 と、マキナは疲労困憊な様子でその場にうつ伏せで寝転がり、すぴーと寝息を立て始める。

 ぽちとたまはいびきを掻くようになったというのに、こっちは静音機能でも付いているのかと思ってしまうほど静かで、見習って欲しいとすら思ってしまう。

 そんなマキナに毛布を掛けてやっていると、夏月が俺の首にぎゅっと抱き着く。


「拠点狭くなって来ちゃったねー」


「戦車とかのデカい兵器も作りてえし、もっと拡張しないとだな」


「男の子だねぇー」


 前よりも少し大きくなった胸が背中に押し付けられ、誘っているのかと思ってしまう。

 と、マジックテーブルがアイテムの完成を知らせる音を鳴らし、そちらを見やれば夏月が胸を押し付けたまま口を開く。


「かなーり前にさ、犬用の機関銃があるって話してたじゃん。あれに必要な部品作ってたの」


「マージで?」


「うん。後は隼人の方でやってくれれば作れるよ?」


「流石は天使ちゃん」


「崇めたまえー」


 そう言いながらむぎゅむぎゅと抱き着いて来る彼女のせいで我慢できなくなって振り返り、ちょっとだけ筋肉質になった体を抱き締める。

 嬉しそうに見上げた彼女の唇を恐る恐る奪ってみると、ほっぺとはまた違ったもちもち触感が伝わる。

 すると、今度は彼女の方から口付けして、イタズラっぽく笑うい――何かを思い出したような顔をする。


「ねね、私に【鑑定】使ってみて」


「良いけど、何で?」

 

 問いかけながら【鑑定】を発動すると、採掘をしていたおかげなのか、かなりレベルが高くなっていた。

 

「強くなったなあ……」


「もお、数字の方じゃなくて、他に気付かない?」


「え? それ以外って……あっ」


 彼女の名前がいつの間にやら『大澤夏月』になっていて、中村の文字が綺麗さっぱり消え去っていた。

 

「これさ、もう結婚したってことだよね?」


「夏月は俺の物って、この世界が正式に認めたのかもな」


「物扱いなんてひどーい」


 心底嬉しそうに笑って、今度はディープキスを仕掛けて来る夏月に、負けじとこちらからも舌を絡める。

 数十分に渡ってキスを楽しんだところで口を離すと、彼女は満足気な表情を見せる。


「建築、一緒にやろうか」


「うん、やろっ」

 

 俺と一緒に作業したかったのか、ご機嫌そうに頷いた彼女は俺の手を取って階段を駆け上がる。

 ぷりぷりと揺れる尻を思わず見つめてしまいながら地上へ出ると、彼女はブロックを手に取った。


「私、これでも建築大得意なんだから」


「じゃあ、役割分担は逆の方が良かったかもな」


 ああ、やっぱり夏月と一緒に作業する方が、ずっと楽しいな。

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