第25話 拠点整備

 防壁と堀の建設が終わったのは二日後だった。

 夏月と会話しながらの作業だったため作業のスピードはゆったりとしてしまって、時間が掛かってしまったのだが、一人でぱっぱと終わらせてしまうよりは楽しかったものである。


 そして、不思議なことにキマイラの一件があってから魔族たちの襲撃はぴたりと止んだ。

 あの化け物をテイムしていると誤解されたのか、はたまた人員を送り込めるほどの余裕が無くなったのかは分からないが、平和に越したことは無い。

 また奴らが来る前に拠点の要塞化を進めてしまいたいものだ。

 伸びて来た髭をカミソリで剃りながらのんびり考えていると、となりで髪の毛を解かしていた夏月が口を開く。


「なーんかさ、この世界来てからまともに人と会って無いじゃん?」


「そういやそうだな。隣にいるのは天使だし」


 俺の冗談でぴくっと動きを止め、鏡越しにジト目を向けて来る。

 

「……それで、帰るための道具が揃ったらさ、すぐに帰っちゃうんじゃなくて、人間の街とか見てみない?」


「犯罪の限りを尽くして帰るって事か」


「新しい魔王になろうとしてるよね」


 楽しげに笑った彼女は髪の毛を紐で縛ってポニーテールにすると、どこかご機嫌そうに鼻歌を歌いながら洗面所を出て行った。

 天使と言われたのは何だかんだで嬉しかったのだろうと察しながら身支度を終えた俺もそこを出れば、ぽちを抱き枕にして顔を埋める夏月の姿があった。

 

「何してん」


「すきんしっぷぅ」


 アホなことを言いながらぽちの体毛を楽しむ彼女のせいで頬が緩み、すぐ傍でゴロンと寝転がるたまの元へ俺も向かう。

 真似するように抱き着くと体全体がふわふわな体毛に包まれ、ずっとこうしていたいとすら思ってしまう。


「さーて、今日は何すっか」


「んー、拠点の増築とか?」


「じゃあ建物頼むわ。俺は跳ね上げ橋と罠でも用意しとくな」


「はーい」


 夏月と一緒にわんこ布団から抜け出した俺は、作業台で跳ね上げ橋と古典的な電動の罠と付属部品を作成する。

 それは感圧版に何かが乗ると銃弾を発射してくれるというシンプルでありながら強力な罠だ。

 その上位互換にはオートターレットという自動で敵を検知して攻撃してくれる砲台もあるのだが、電子部品を多数揃えねばならない。

 他にも色々と作りたい今の状況では、それを作成するわけにいかないのである。


「暇だな、マキナちゃん」


「キシィ」


 笠のような外骨格が邪魔して顔は見えないが、それはそれでミステリアスな雰囲気があってカッコイイというものだ。

 

「次に進化したら侍になりそうだな」


「キシィ?」


 侍が何なのか分からないと言った様子ではてなを浮かべるマキナ。

 見た目は厳つくなっても中身はテイムした時と変わっていないようで安心してしまう。


 外では夏月が拠点を拡張している音と、ぽちたまコンビのじゃれ合っている声が聞こえる。

 ふと、もしも日本に帰る時、わんことマキナはどうなるのだろうかと疑問が湧き上がる。

 魔素とかいう万能物質はこの世界にしか無いし、もしも地球に行ったら酸欠のような状態になってしまう気がする。


「マキナは地球に行きたいか?」


「キシィ!」


「そうかそうか、行きたいか。なら人間っぽい見た目になってくれな」


「キシィッ」


 分かったと言いたげに返事をしたマキナの頭を撫でていると、跳ね上げ橋が最初に完成した。

 それを回収した俺はマキナも連れて地上へ出て、北側の壁に三×三ブロックの穴を開けてそれを設置する。


「ほへー」


 中世ヨーロッパの城なんかにありそうな、立派な橋がポンと現れ、中々カッコイイその見た目で感嘆の声が出た。

 試しにクランクを回してみると鎖がジャラジャラと音を立てながら巻き上げられ、橋の先端がゆっくりと持ち上がって行く。

 外から上げたり下ろしたり出来ないため、どこかに隠し通路でも作るか、あるいは見張りを立てる必要がありそうだ。

 

「かっこいいね、それ」


「だろ?」


 壁から三ブロック離れた場所に基礎を作っていた夏月の言葉に冗談めかして答える。

 もふもふたちはそんなに興味がない様子で大きな欠伸をかまし、一方でマキナは鎌を打ち付けて拍手する。

 拠点が賑やかになったものだと笑っていると、橋は垂直になったところで動きを止めたのを見て、もう一つの罠の方も完成しただろうと地下へ戻る。


「出来てんジャーン」


 この世界に来て、夏月が一緒にいない時は自然と独り言が出るようになって来たな。

 自覚していないだけで、大好きな人が傍にいないと寂しくて仕方ないのかもしれない。

 

 頭の片隅でそんなことを考えていると、シルクストーンを糸に変えたり、その糸から服を作るのに使っている作業台『シルクテーブル』が何かの完成を知らせた。

 部屋着と外着をそれぞれ作っていると夏月が言っていたのを思い出し、クローゼットに仕舞ってあげようとそれに触れる。


「……え?」


 完成したアイテムの一覧。

 そこには、確かにパジャマと外で着るための服は入っていたが、一着だけおかしなものが入っていた。

 今晩、アレを卒業させられてしまうのかと、鼓動が早くなって硬直していると、階段から足音が聞こえ、慌ててそこから離れた。


「木材と皮が足りないからさ、そこら辺で狩りついでに伐採しない?」


「お、おう。丁度、夏月と一緒に何かしたかったしな」


「私も」


 こちらから近付けば、彼女はナチュラルに口付けして微笑み、その眩さと神々しさで煩悩が消し飛ばされる。

 地上へ出た俺は三匹に護衛と経験値稼ぎをするよう指示して、俺と夏月は周辺に生える木々の伐採を始めた。


 二人仲良く同じ木に斧を打ち付け、木材の回収をしていると、ぽちたまコンビが尻尾をピンと立てて同じ方へ目を向ける。

 つられてそちらに目を向ければ、いつもは単独行動をしているオークが五体ほど、集団で移動しているのが木々の隙間から見えて、経験値を稼ぐチャンスと見た俺はピストルで数発発砲した。

 

「ブヒッ?!」


「ブヒィィィ!」


 こちらに気付いた豚頭が鼻息荒く雄叫びを上げてこちらへ駆け出し、こちらからもマキナを中心にぽちとたまが随伴する形で向かって行った。

 

「か、勝てるかな……」


「大丈夫だろ。弱かった頃の俺と力の差はそんな無いんだし」


 不安そうな顔をして銃を手にした夏月へそう答えながら斧を木へ叩き付ける。

 視界の端ではオーク三体に攻撃を受けても微動だにしないマキナが映り、あれは勝ったなと確信して、安心しながら手を動かす。

 案の定、怪我一つすることなく、三匹はオークの死体を引き摺りながら戻って来て、血まみれの顔で褒めて欲しそうにする。

 

「偉いぞ、みんな。今日の晩飯はそれにすっか」


「「わふっ!」」


 今度は撫でて撫でてと頭を押し付けられ、折角洗濯した服がオークの返り血でどす黒く染まっていく。

 ここまで汚れると最早どうでも良くなってしまい、そのまま二匹を撫で回す。

 と、マキナが寂しそうにしているのが見えて、俺は声を掛ける。


「マキナもよく頑張ったな。偉いぞ」


「ギシィ!」


 その言葉が欲しかっただけなようで、嬉しそうに鳴き声を挙げると鎌を打ち付けて死体の回収を始めた。

 良い仲間に囲まれたものだと笑っていると夏月がどことなく寂しそうに伐採を再開したことに気付いて。


「寂しい?」


「誰かさんのせいでね」


 ぷいと拗ねたようにそっぽを向いた彼女に、俺は両腕を広げて見せて。


「こんな状態だけど抱き着いて良いのか?」


「……ごめんなさい」


 オークの返り血のみならず、臓物の破片までこびり付いた俺の服を見て、彼女は頬を引き攣らせて謝罪を口にした。


 そんなこんなで伐採を続け、十本程度の木を切り倒したところで、一度拠点へ戻ることにした。

 どうやら、夏月はインベントリに色々とアイテムを入れたままにしてしまうことが多いようで、持ち物がいっぱいになってしまったらしい。

 

「今日は拠点の整備だけやって終わりで良いの?」


「おう、最近あいつら静かだからな。今のうちに拠点を固めてゆっくり眠れるようにしたいだろ?」


「だね。それに……何でもない」


 顔を真っ赤に染めて俯いてしまった彼女を見て、何を言おうとしたのか察して鼓動が早くなる。

 あの可愛らしいネグリジェを着た夏月を早く見てみたいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る