第26話 チート

 チラチラとこちらを見ては頬を赤らめて建築を続ける夏月を横目に、ついさっき完成したばかりの犬用装備をぽちとたまに付けさせる。

 鉄製のヘルメットとチェストプレート、そして腰回りに装着した軽機関銃。

 その見た目は四足歩行の戦車のようにも見え、これが敵に居たら恐ろしくて逃げ出すと断言出来てしまう。


「どうよ、動きやすいか?」


「わふー」


 見た目のわりに重たくは無いようで、ぴょんぴょんと軽快な動きをする二匹を頼もしく思っていると、マキナがちょんちょんと肩を突いて来た。


「どうした?」


「キシィ……」


 自分には何か無いのかと、そう言いたいのが伝わり、何も作っていないことに気付いて罪悪感が湧き上がる。

 鉄資材はまだ余裕があったし、何か作れるものが無いか見に行くか。


「作れるものあるか見て来るから、そんな寂しそうな顔すんな。待っとけ」


「キシッ」


 その言葉を受けて嬉しそうな雰囲気を漂わせるマキナに微笑ましく思いながら、地下へ行って作れるものが無いか確認する。

 犬用装備なんてものがあったくらいなのだし、カマキリ用装備なんてあっても悪くは無いだろう。

 そんなことを考えながら検索窓に色々と入力して探していると、『肩部懸架型散弾砲』の文字を見つける。


 タップして解説を見てみると、肩に担ぐような形で大型のショットガンを装備するというものらしい。

 銃がデカくなる分、飛距離と威力が爆増するらしく、百メートル先でも殺傷能力があるのだという。


「すっげえ……」


 ちょっとコストは高いが、資材は割と残っているし、これを作ってしまっても良いだろう。

 そう思い立った俺はチェストから精錬済みの鉄や、中間素材の製作に必要な金属資材をインベントリに移し、制作に取り掛かる。

 と、階段を降りて来る足音が聞こえ、目を向ければ妙にソワソワしている夏月と目が合う。


「何してるの?」


「マキナにも遠距離武器作って上げようと思ってさ。悪いんだけど思念石もう一個作ってもらって良い?」


「分かった」


 すぐ隣へやって来た彼女はマジックテーブルの操作を始める。

 昨晩のことを思い出した俺は無防備な彼女の背後に回り込み、細い体を後ろから抱き締める。

 ぴくっと震えた彼女だが何ともないかのように振舞い、嗜虐心が湧いた俺は耳元に口を近付ける。


「昨日は凄かったな」


「うぐっ!」


「まさか、こっそり避妊魔法なんて作ってたとは驚いたなあ。そんなに俺としたかった?」


「うるしゃい……」


 耳まで真っ赤にしてジト目を向けて来るが、唇を奪えばノリノリで相手をしてくれる。

 

「ツンデレめ」


「隼人が直球過ぎるだけだもん」


 どこか悔し気に言い返しながらも、抱き着いたまま離れようとしない夏月を撫で回す。

 と、再び階段を下って来る音が聞こえて目を向ければ、マキナの姿があった。


「キシ?」


「マキナの装備、今作ってるから待っとけな」


 嬉しそうに顔を上げたマキナはルンルンな様子で地上へ戻って行き、そんな姿を見て夏月が微笑む。


「子ども出来たらあんな感じなのかなー」


「夏月似の女の子が欲しいなあ。めちゃめちゃ甘やかす自信ある」


「私も甘やかしてよ」


「尻引っ叩いて扱き使ったる」


「サイテー」


 楽しそうに笑みを浮かべながら抱き着いて来る夏月の背中を撫でる。

 ずっとこうしていたいなと、そんなことを考えながら良い匂いを楽しんでいると――地上で銃声が鳴った。

 一発だけの射撃では無く、数発の射撃音が続けて聞こえ、夏月と顔を見合わせる。


「魔族か?」


「い、行こう」


 彼女がAKを手にしたのを横目に、慌てて階段を駆け上がる。

 そう言えば、拠点の整備が終わったら伐採と地図埋めをするからと、跳ね上げ橋を下ろしたままだった。

 魔物が侵入して来ただけだったらどうでも良いが、もしも魔族の集団による襲撃だったら危険だ。


 間隔を置いてパンッ、パンッと聞こえる銃声で焦りながら玄関扉を開けて外へ飛び出すと、霧で辺りが覆われていた。

 むわりと気色の悪い空気に包まれて鳥肌が立ちながら銃声の聞こえる方へ向かえば、犬用機関銃を使いこなすぽちたまコンビが見えた。


「またあいつか?!」


「ガウッ!」


 かなり焦っているのか低い唸り声で肯定したぽちの隣へ移動すると、跳ね上げ橋を渡ろうとする大きな影が見えた。

 射撃される度に血が噴き出て悲鳴を上げるキマイラだが、近付こうと必死になっているのが分かり、二匹に加勢する形で銃撃する。

 

「ガァァァァアッ!」


 頭に何発も撃ちこんでいるはずなのに、元気いっぱいの咆哮が空気をビリビリと震わせ、このままではヤバいと焦りが出る。

 何か弱点は無いのかと【鑑定】を発動してみれば、俺の五倍以上の数字が出て硬直する。


「マジで言ってんの……?」


 数値だけでなくスキルも段違いなほど凶悪そうなものばかりが揃い、接近されてしまったら終わりであろうことが伺える。

 と、【魔素貯蔵】なるスキルが最大レベルに到達している事に気が付いた。

 

「ぽち、たま! あいつの足撃って時間稼いでくれ!」


 呼びかけながらキマイラの生態を急いで調べる。

 生息域は天獄の森やダンジョンなど、魔素の濃度が高い地域が主となっている。

 しかし、餌となる他の魔物が不足するようになると、体内に溜め込んでいる魔素を使って生息域を出て、近隣の生物を食うのだという。


「これは勝ち申した」


「な、なに? 何か方法あるの?」


「おう、多分何とかなるぜ」


 俺はそう言いながらパネルを開く。

 周辺にいる生物の一覧からキマイラを選択して――【サバイバー】の共有を行う。

 どれだけ撃たれても、こちらへゆっくりと歩み寄って来ていた巨体が、急に動きを止めたと思えば、ばふんっと真っ白な煙を周囲に撒き散らし、すぐ傍にいたぽちの姿すら見えなくなる。


 気持ちの悪い煙に体を包まれて体中の悪寒が止まらず、手探りで見つけ出した夏月を抱き締めて耐えていると、急に視界がパッと晴れた。

 橋の方へ目をやると血を流して横たわるキマイラの姿があり、酸欠に陥ったかのようにゼーゼーと苦しそうな呼吸をしている。


「な、何したの……? チート?」


「まあ、チートみたいなもんだな」


 俺の目の前で浮かぶ二つのパネル。

 一方には共有完了の文字がデカデカとあり、もう一方には【魔素貯蔵】に斜線が引かれたキマイラのスキル一覧。

 そう、【サバイバー】を共有すると一番育っているスキルが封印されるという仕様を利用したのである。


 次第にキマイラの息遣いも聞こえなくなり、背中に乗っかった山羊の頭も、尻に生えている蛇も、やがて動きを止めた。

 ステータスを見ればHPがゼロになっていて、こんなあっさりと倒せてしまって良いのかと、そう思わずにはいられない。


「お?」


 体にエネルギーが溜まったような感触があり、何だと自分を【鑑定】してみると、レベルが三つ上がっていた。

 やったぜと喜びを噛み締めながら解体用ナイフを片手に死骸へ近付いた俺は、体長五メートルを超える巨体に刃を突き立てる。


「硬すぎだろ……」


 皮が柔軟性と硬さを両立しているせいでまともに刺さらず、表面の体毛を傷付けるだけに留まる。

 どうしようか悩んでいると、死体の尻の方でゴポポと変な音が聞こえた。

 傍に来ていた夏月にも聞こえていた様子でそちらを向いて。


「今、聞こえた?」


「おう、何か変な音したな」


「何だろう……?」


「でっかい寄生虫でも出て来るんじゃね」


 念のため銃に持ち替えて尻の方を見る。

 すると、尻に生えている蛇の胴体が不自然に膨らんでいて、内側に卵のようなものが詰まっているのだと分かる。

 

「夏月、銃向けといて」


「うん」


 ナイフを蛇の胴体に突き刺してみると、本体ほど固くは無いようで、抵抗は感じられたが刃は通った。

 少しずつ切って行くと真っ黒な卵が姿を現し、取り出して【鑑定】を使ってみれば、『キマイラの卵』と表示された。

 

「……これ、どうするの?」


 何だか不安そうな表情を浮かべる夏月と、その後ろで舌なめずりをする二匹のわんこ。

 少し悩んだ俺はそれを抱きかかえたまま立ち上がる。


「こいつみたいに息出来なくなって死ぬかもしれんけど、ちょっと飼育してみるか」


「良かった……」


「取って食うとか言い出すと思ったのか?」


「うん、だってベーコンエッグ大好きじゃん」


「何で知ってんの? 俺話したっけ?」


「……あっ、なんでもない」


 慌てたように背を向けた彼女は俺から逃げるようにぽちとたまの元へ向かい、頑張ったねとべた褒めを始める。

 ……どうやら、知らない間に俺と友人の会話を盗み聞きしていたらしい。


 後で色々聞き出すことに決めた俺は、出番が無かったせいで寂しそうなマキナと共に死体の解体と回収を始めた。

 

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