第10話 地上探索
筋肉痛が今日も心地良い。
成長を実感できる痛快っぷりで思わずため息を吐いてしまいながら上体を持ち上げると、横で眠たげな視線がこちらを向いた。
「おはよう」
「おあよお」
今日はいつにも増して眠たそうな声を出した夏月に笑ってしまいながら、俺はもう少し眠っているように言って、今日も今日とて筋トレを始める。
腕立て五十回、腹筋五十回、スクワット六十回、そして体幹トレーニングを十五分。
日本に居た頃はもっと回数を少なくしていたのだが、こっちの世界に来てからは全く鍛えられた実感が湧かなくなったため、回数を増やしている。
魔物の討伐や採掘などによってレベルが上がったことが原因なのだろうが、そのせいで筋肉の成長を実感出来ないのは困る。
思わずため息を吐いてしまいながらお湯を取り出して飲んでいると、後ろでもぞもぞと新しくなったお布団の中で動き出す音がした。
振り返ればまだ寝ぼけ眼な夏月が上体だけを起こして、ぼーっとこちらを見ていた。
「今度こそおはようか?」
「うん、おはよー」
どうやら目は覚めていたらしい。
筋トレを一度止めた俺はインベントリから朝食のステーキと穀物、飲み物を取り出してテーブルに並べ、ふらふらとやって来た夏月はテーブルに座った。
「夜更かしでもした?」
「うん……今日作れそうなアイテム探したりしてたら時間経っちゃって」
「そっか。今度からは一緒に寝るようにしよう」
「う、うん」
コックリと頷いた彼女は飯に手を付け始め、今日も今日とて飛びつきたくなる美しい顔を眺めがら朝食を口に放り込む。
ちょっと眠たそうに、でも美味しそうに食べる彼女を見ていると、もはや可愛がられるために生まれて来たのでは無いかとすら思ってしまう。
「夏月はあの学校で好きな人いた?」
自然とそんな質問が出ていた。
他の誰かに取られたく無い気持ちからの問いに、彼女は少し困った顔をして。
「……いないけどいる、みたいな……?」
「なるほど?」
以前聞かれた時に俺が答えたのと全く同じ回答が出て来て、暗に俺のことが好きだと言っているのでは無いかと思ってしまう。
自分の中ではほぼ確信していれど、中々もう一歩踏み出す勇気が出ない。
布団を綺麗に並べて一緒に寝ていると言うのに、好意を感じられる行動もたくさん見ているというのに、それでも気持ちを伝えられない。
「私さ、彼氏って出来た事ないんだよねー」
「嘘は良くないぞ」
「嘘じゃないもん。あ、でも高校に入ってからは告白されること増えたかなー」
「全部振ったってこと?」
「うん。タバコ吸ったとかお酒を学校に持ち込んだとかで停学になったような人ばっかりだったんだもん」
不良たちの顔が脳裏に浮かぶ。
あの高校は良くも悪くも平均的で、頭の悪すぎる人間は入れないはずなのだが、そんなのがどうやって入学したのか気になるものだ。
「やっぱ、夏月の好みは誠実な人か?」
「うーん……見た目とか関係無しに、困ってる人を助けてくれるような、優しい人が好きかな」
よし、聖人になれるよう頑張るとしようか。
心の中で決心していると、夏月の頬が赤く染まっている事に気付く。
「好きな人の顔でも思い浮かべた?」
「ち、ちが……くは無いけど」
その顔が自分である事を心の底から願いつつ、食べ終わったため食器具を洗い場へ持って行く。
……あの子が好きな人、俺では無いかもしれない。少なくとも夏月に手助けをしたことは無いし、あの子が見ている前で誰かを助けた覚えもない。
「自意識過剰だったか……」
急に悲しさが湧き上がり、今まで期待してしまっていた自分が馬鹿らしく思えて来る。
しかし、まだ彼女を諦めたくない気持ちもあり、萎え始めている気持ちを無理矢理奮い立たせようとしていると。
「大丈夫?」
「お、おう。ちょっと立ち眩み」
すぐ後ろにいた夏月が背を摩りながら尋ねて来る。
「そっか。体調悪いなら休んで良いんだからね?」
「い、いや、今日はやんなきゃいけないこと沢山あるから休めないな」
「私が代わりにやるよ?」
「いや、大丈夫」
背で感じる優しい手つきと優しい声色には愛情を感じられ、萎えたはずの気持ちが再燃する。
もしかしたら今は俺に対しては好意を持っていないかもしれない。それならば、そいつよりもずっと優れた男になって勝ち取ってやる。
顔も名前も知らない誰かに対して闘志を燃やしていると、洗い場に食器を並べた夏月は俺の手を取って。
「今日は何するの?」
「そ、そうだな……経験値稼ぎでもしようか」
やっぱり俺のこと好きなのでは?
そう思わずにはいられない行動にドギマギさせられながら、彼女を連れて拠点の外へ出る。
本当は採掘している方が効率的に経験値を稼げることが分かっているのだが、今日は夏月にカッコイイところを見せて、好意を奪い取ってやろうという算段だ。
「よし、そんじゃ木材集めつつ移動しようか」
「はーい」
どこかご機嫌な様子で返事をした彼女は、俺の隣に並んで歩き始める。
端正な横顔に自然と目が向きそうになるのを何とか堪えていると、視界右端で動くものを捉えた。
約十五メートル先でもぞもぞと動いているそれはオークのようにも見えたが、肌が真緑色に染まっていて、そして体格もかなり小柄なように見える。
草木が邪魔で明確にその姿が見えるわけでは無いが、それは明らかにオークでは無く、新種の生物らしくてドキドキさせられる。
「警戒していこう。オークより弱そうだけど、もしかしたら強いかもしれないから」
「うん」
静かに同意を示した彼女を後ろに、今日初めて使う鉄の剣を片手にそちらへ近付く。
距離が縮まるにつれてそれの体がしっかりと見え始め、俺はその正体に気が付いた。
「ゴブリンか」
ファンタジーでは雑魚敵として定番のゴブリン……が進化したホブゴブリンという奴だろう。
MMO系のネットゲームをやっていた頃はレベル上げをする時に良く世話になったものだ。
少し感動してしまいながら、木の実を齧りながらぼけーっと明後日の方向を見ているゴブリンに夏月が銃を向けた。
本当はカッコイイところを見せたかったのが本音だが、無理に変なことをして失敗してしまっては逆効果だ。ここは慎重にいくとしよう。
「ていっ」
相変わらず力の抜けるような掛け声と共に魔弾が放たれ、こちらを向いたゴブリンの首を貫いた。
空気の抜けるような断末魔と共に倒れ込んだそれは、穴の開いた首を塞ぐように手で押さえるが、そんな悪足掻きも虚しく動きが鈍くなっていく。
「同情はするぞ」
言いながら鉄剣を突き刺して止めを刺した俺は、早速【鑑定】を使って目の前の生物を調べる。
予想通りホブゴブリンの文字が出て、数値などを見ればオークとそこまで大きな差は無く、変なことをしなくて良かったと安堵してしまう。
もしも油断して突っ込んで行ってしまったら、殴られて大怪我をしていたかもしれない。
と、隣からパネルを覗き込んだ夏月が顔を少し赤くして。
「ぜ、絶倫ってスキルある……」
「ま、まあ、定番っちゃ定番だな」
ふと、このスキルが彼女に着いたら一体どうなってしまうのだろうかと考えてしまいながら、軽く生態についても調べる。
スキルを持っているだけあってその性欲は凄まじいらしく、人型の生物であれば欲情して交尾を始めようとするほどだと書かれている。
猿と人間の間に子供を作れないように、ゴブリンと人型生物で子どもを作る事なんて出来なさそうなものだが、魔法世界にはそんな常識通用しないのかもしれない。
そんなことを考えながら死体を解体してアイテムに変え、魔物探しを再開した。
拠点周辺のマップは川側の範囲はほとんど埋められていたため、今日歩くのは川と反対方向だ。
こちらの方向に来ることはほとんど無かった事もあって、知らないことの方が多い。もしかしたら強い魔物が出現する地帯があるかもしれないし、気を引き締めて行こう。
「強い魔物ってどんなのがいるんだろうね」
「定番だとドラゴンだけど……なんだろうな」
この森に来てから何かおぞましい鳴き声が聞こえたり、巨大生物が暴れる音が聞こえてくるようなことは無かった。
近くに強い魔物が生息していないということなのか、それともそこまで攻撃的では無いのか……暗殺者のように静かな戦い方をする生き物しかいないのか。
コソコソと近付いて首をはねて来るような生物がいるのなら、入った瞬間に首を切られて死んでしまいそうだ。
「ん?」
鬱蒼と茂る木々の隙間を何かが通り抜けて行ったのを捉えた。
光を反射する鱗のある蛇に似た頭と、少ししか見えなかったため確証は無いが、軍服のようなものを身に付けていたように見える。
脳裏に姫の話していた『魔王軍』の単語が過り、俺は夏月に警戒するようジェスチャーして、どこかへ歩いて行く人型と思わしき生物の後を追いかける。
「何、あれ……」
夏月がポツリと呟いた。
近付くにつれてボロボロの軍服と、人間と爬虫類を組み合わせたような体の生き物が見え始めた。
ヨロヨロと転びそうな歩き方をしながらどこかへ向かっているそれは、まるでゾンビのようだ。
と、微かに腐肉のような臭いが鼻を突き、思わず鼻を摘まみながら夏月に話しかける。
「ゾンビか?」
「そうっぽいね……」
怯えた様子ながら肯定した彼女は銃を構え、俺も念のため鉄の剣を構える。
すると、トカゲのような頭がこちらを振り返り――濁り切った眼と目が合った。
「きめえ」
俺が思わず呟くのと同時、夏月の放った弾丸は見事に頭部を穿ち、断末魔も出さずに倒れて動かなくなった。
念のため近付いてその服を観察してみると、城で見かけたのとは全く違うミミズが走ったような文字が腕に書かれていた。
アラビア文字とロシア語を混ぜ合わせ、謎の言語を最後に加えたような見た目のそれだが、スキルのおかげで読めてしまう。
「魔王軍……魔物補充部隊?」
ところどころ破けたり掠れていたりしていて読み辛いが、確かにそう書いてあるようだ。
言語の翻訳をしてくれる優秀過ぎるスキルに感謝しつつ、巻き付けられているポーチを剣で取り外す。
死臭の凄まじいそれの中身を漁ってみると、二人分のドッグタグらしきものと、古びた手帳が入っていた。
「これの仲間がいるかもしれないし、ちょっと離れたところで内容を読んでみようか」
「うん、分かった」
コクリと頷いた彼女を連れて、一度ゾンビの元を離れた。
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