第11話 テイム

 所々、血が染み付いて開かないページのある手記の内容を読み進める。

 最初の方のページには魔物のテイム方法と強力な魔物の発生する地域の見分け方が記されていた。

 テイム方法は簡単でその魔物が好む餌を与えたり、気性の荒い種類の場合はボコボコにして力の差を見せつけ、餌を与えるなどして飼い慣らすやり方があるそうだ。

 そして強い魔物が生息する地域の見分け方は、漂っている魔素が淀んでいれば淀んでいるほど強い魔物が出る地域となると記されている。

 魔素が何なのか分からないが、立ち入れば感覚で分かるということなのだろう。

 と、読み進めていくうちに、新人時代にメモした内容から日記のような内容に変わった。


「あいつも大変だったんだなぁ……」


 最初の方は怒られてばかりだった事や失敗続きで病んでしまったりと、色々苦しんで大変だったようだ。

 しかし、何年か続けていくうちに自分が教えられる立場から教える立場となり、十人ほどの部下を従えるようになったらしく、今度は部下に対する愚痴が増えて行った。


 とまあ、そんな内容からでも得られる情報はいくつかあった。

 一つ目は『魔物補充部隊』の目的が名前の通りテイムした魔物を軍に送ることで戦力の補充を行うこと。

 二つ目は全部で百人以上の隊員が所属していて、天獄の森に基地をいくつか構えていること。

 そして三つ目は……補充部隊の基地二つが、謎の魔物によって壊滅させられてしまい、手記の持ち主であるラビエフがいた基地も襲撃を受け、数日間森を逃げ回っていたこと。


 陸軍部隊から左遷させられた兵士が多い部隊のようではあるが、それでも戦闘の訓練を受けて来た魔族たちを壊滅させる力があるということは、今の俺には勝てない可能性が高い。

 銃火器の準備はもちろんのこと、要塞のような拠点を作り上げる必要がありそうだ。

 手記をパタンと閉じた俺は、花を愛でてさっきのグロテスクな光景を忘れようと試みている夏月に話しかける。


「あいつの仲間がそこら中にいるみたいだから気を付けよう。さっきみたいに腐ってるかもしれんけどな」


「うぅ……」


「頑張って慣れよう。それに、いつかは魔族と殺し合いをすることにだってなるだろうから、図太い心を持ってないとやってられないよ」


「そう……だね。分かった」


 怯えるように身を縮こませていた彼女は立ち上がり、覚悟と恐怖が入り混じった眼を見せた。

 本人には自覚が無さそうであるが、そんな姿を見せられたらどんな男でも守ってあげたくなってしまうに違いない。

 魔王軍だろうが、正体不明の魔物だろうが、関係無くぶち殺せるほど強くならねばなるまい。


 俺も覚悟を決めてマップを開き、Vの字のように埋められたマップを見る。

 取り敢えず東側を埋めることにして、歩きやすいように草木を伐採しながら進もうとして、夏月に袖を引っ張られた。

 

「隼人君」


 静かに名前を呼ばれて、俺は彼女の視線の先に目を向ける。

 すると、茂みに隠れてこちらをジイッと見つめる二匹の狼が見えて、カッコ良さと愛らしいその見た目に硬直する。


「ど、どうしよう……狼って集団で狩りするっていうよね?」


「テイムすっか」


「本気で言ってる?」


「あんな可愛い生き物殺せない。それに、ラビエフがやり方教えてくれたしな」


「あのゾンビ?」


 呆れたような笑みを浮かべる彼女を横目に、俺はインベントリから肉を取り出し、ちょっとだけ冷ましながらこちらを見つめる二匹のオオカミに見せつける。


「ほーら、美味い肉があるぞ?」


「……ウゥ」


 二匹の目が肉へ釘付けとなり、ゆっくりと歩いてやって来る。

 茂みに隠れていた真っ黒でふかふかな体毛が露になり、これは殺せなかったなと笑ってしまいそうになる。

 そうして近くまでやって来た二匹は警戒した様子でぱくっと加え、美味しそうにむしゃむしゃと食べ始めた

 五分と掛からずに食べ終えた彼らはもっと食べたそうに俺を見上げる。


「もっと欲しいか?」


「「わんっ!」」


 明るい声を出した二匹は最早警戒している様子が無く、本当に野生の動物なのか疑問を覚える。

 

「仲間になってくれるんなら好きなだけ飯を食わせてやるぞ。どうよ?」


 言葉が通じるのかは分からぬまま尋ねてみると、二匹は互いに目を合わせ、何かを決めたように再びこちらを向く。


「お?」


 目の前の二匹が俺をジイっと見つめると同時、何かが二匹と繋がったのを感じ取った。

 これがテイムという奴なのかと少し感動していると、狼たちは早く肉を寄越せとばかりに立ち上がり、前足を俺の腹に付ける。


「分かった分かった、くれてやるから安心しろよ」


 言いながらもう一枚の肉をくれてやると、二匹は大喜びな様子で肉にがっつき、尻尾が嬉しそうに揺れ動く。

 食べるのに夢中な二匹に【鑑定】を発動してみると、種族の名前は『ヘルン・ウルフ』で、この森特有のオオカミらしい事が分かった。

 よく見れば背中側の体毛は真っ黒であるのに対し、お腹の体毛は対極的な程真っ白だ。


「お前ら、見た目は厳つくても中身は誠実ってやつか?」


「わぅ」


 肯定されたような気がする。テイムすると最低限の意思疎通が取れるようになるのかもしれない。

 と、夏月が恐る恐るオオカミに手を伸ばし、背中の毛を撫で始める。


「えっ……ふかふか……」


 感動したように小さく呟いた彼女は二匹の体毛を撫で付け、撫でられている二匹はニヘラと笑みを浮かべるかのように口角を上げる。

 犬が笑うようになったのは人間と一緒に長い間暮らして進化したためだと何かで聞いたことがあったが、アレは間違いだったのだろうか。それとも、この子たちはちょっと前まで人間と暮らしていたのだろうか。

 後で詳しくこの子たちの生態を調べようと考えながらもふもふな体毛を一頻り堪能し、今日は一度拠点へ戻ることにした。

 ステータスを見た感じだとオークと同程度の強さがあるようだし、経験値稼ぎをする時はこの子たちを連れ歩くとしよう。

 

「この辺、人なんていないし、この子たち放し飼いできるよね?」


「まあ、そうだけど……魔王軍の奴らに見つかったら危ないし、室内飼いした方が安全だろうな」


「そっか……軍人ってなるとやっぱり強いのかな」


「まあ、強いだろうな。人を殺すための訓練してるわけなんだし」


 長距離から一方的に攻撃可能な武器を作って、気付かれる前に殺せるようになれれば、その辺の心配も不要になりそうだが。


「よし、とりあえず帰るか。お前らもちょっと汚れてるし、一緒に風呂入るぞ」


 風呂が何なのか分からない様子で首を傾げた二匹のせいで思わず笑ってしまう。

 そんな二匹を連れて拠点側へまっすぐ進み、開けた場所に到着すると、後を付けて来ている魔物や魔王軍がいないか確認してから、土で隠している蓋を開けて中へと入る。

 恐る恐るな様子で俺たちの後に続いて中へ入ったオオカミたちは、木製の床を踏み踏みすると、その場でゴロンと寝転がった。

 

「かわよ」


 思わず声を漏らしつつ、作業台で探索中に集めた木材で建材となるブロックのクラフトをする。

 夏月は床に寝そべる二匹を撫で回しながらこちらを向いて。


「この子たちの名前どうする?」


「んー、ぽちとたま?」


「たまって猫の名前な気がするけど……」


「こっちの子、寝転がり方が猫っぽいし、たまでいいでしょ」


「そう……かなぁ?」


 異論がある様子ながらも一先ず納得してくれたのか、二匹をそれぞれの名前で呼んだ。

 改めて二匹を見てみると、違いはあるようだ。ぽちと名付けた方は口周りだけ白く、他は真っ黒なのに対して、たまと名付けた方は下顎だけ真っ白だ。 

 

「そういや、ゲームだと死なせちゃうのが怖くて、犬は拠点に幽閉してたなあ……」


 そんなことを言いながら作業台から離れ、ふわふわな体毛に手を伸ばすと、夏月も共感した様子で。


「私もそうしてた。体力少ないし、死んじゃったら復活させられないしで、連れて行くにも連れていけなかったよね」


「やっぱ、置物になっちゃうよなー。まあでも、この世界にはオオカミ用の装備とかあるみたいだから、そうはならないかもだけどな」


「そうなの?」


 興味を持った様子の彼女を作業台まで連れて行き、検索窓に『犬用』と入力する。

 今すぐ作れるアイテムなどが乱雑に並んでいた一覧が切り替わり、今はまだ作れない犬用の装備がズラリと並んだ。


「……へえ」


 目を輝かせた彼女はそこに並ぶアイテムを見る。

 俺も一緒に見ていると、犬用軽機関銃なるアイテムが現れ、夏月も興味を持った様子でそれをタップする。


「……割とすぐ作れそうだな。この思念石って魔法系のアイテムだよな?」


「うん。確か……金、銅、鉛、それと魔石で作れたはず」


「てかさ、犬用が作れんなら普通のやつも作れるよな」


「確かに」


 普通の機関銃を調べてみると、中間素材として犬用よりもいくつかパーツが必要なようであるが、必要な金属の量が多いだけで、時間こそ掛かるが何も難しくないことが分かる。

 となると、もっと作りの単純な拳銃やショットガンならすぐに作れるわけで、今日の予定を家造りから地下採掘に変える事に決めた。

 ……いや、その前にやることがあるな。


「ぽちとたまを洗って来る。夏月はどうする?」


「隼人と一緒に行く」


 嬉しいことを言ってくれた彼女に、ドキドキしながら片手を差し出すと、頬を赤らめながらきゅっと握った。

 もういっそ、告白してしまいたいとすら思いながら、床に寝そべる二匹に付いて来るようジェスチャーし、風呂へ向かった。

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