第12話 覚悟
もふもふ二匹の洗浄と地下での採掘を終えて戻ると、愛犬たちは心地良さそうに腹を真上に向けて眠っていた。
あまりにも無防備過ぎるその寝相はついさっきまで本当に野生だったのかも疑わしく、もしも俺が気変わりして襲い掛かったらどうするつもりなのだと、疑問が湧き出してしまう。
と、ぽちが鼻をヒクヒクさせながら起き上がり、こちらに気付くと尻尾を振りながら近寄って来る。
「よく寝たか?」
「おん!」
低音だが明るい鳴き声が拠点の中に響く。
ふかふかもふもふな頭を撫でてやりつつ、夏月に風呂へ入って来るように進めようと振り返る。
「あ、ええと……風呂入っておいで」
「ありがと」
土などで汚れてしまった上着を脱ぎ、タンクトップ姿になった夏月の姿があり、眩さから自然と声が震える。
あんまりジロジロ見るのも悪いため、理性を働かせて汗によって透けている体から目を逸らす。
全裸は川で水浴びをした時に見てしまっているが、服を着ているせいで普通よりも背徳感があった。
汗を拭いながら風呂場へ歩いて行った彼女の後ろ姿を横目に、表情が読み取れないもふもふ二匹の前で胡座をかく。
「あの子、俺に脈あると思うか?」
「くぅーん」
撫でられるのが気持ち良いのか、自分から頭をグリグリと擦り付けて来るぽち。
たまの方はあからさまに甘える事はしないものの、尻尾はご機嫌そうに揺れ動いている。
「告ったら行けると思う?」
「わん!」
肯定するように鳴き声を上げたぽちは俺の脚に頭を乗せ、それに続くようにしてたまもそばへやって来る。
陽射しが入らない事もあって部屋はひんやりしているが、けむくじゃらに纏わりつかれるのは暑苦しい。
しかし、つぶらな瞳で構って欲しそうにこちらを見る二匹を追い払う事は出来ず、仕方なく構ってやることにした。
「二匹揃ってフカフカしやがって」
言いながら体毛を撫で回してやると心地良さそうに二匹は体を伸ばし、ウトウトと目を細める。
やがて二匹揃ってスヤスヤと眠り始め、枕をクラフトしてやり、起こさないようにそっと抜け出して、代わりにそれを頭の下に突っ込む。
「人懐っこいなあ……」
この無防備っぷりを見ていると、もしかしたら人に飼われたことがあるのではないかと思ってしまう。
後で調べる事に決めて竈へ金属を突っ込んで精錬を始め、夏月が風呂から上がって来るまでは適当に岩を掘って筋トレと経験値稼ぎを始める。
つるはしを岩に打ち付ける作業をしつつ、【鑑定】で出した自分のステータスをチラチラと確認する。
岩を一度殴る度に入る経験値はおよそ五十、一つのブロックを壊す頃には約五百の経験値が入る。
一方で次のレベルまで達するためには約二万必要で、四十個壊せばレベルが上がるようだ。
「割とすぐやなぁ」
さっきまで行っていた採掘と魔物狩りによって次のレベルアップまでに必要な経験値量が減っているが、オークを倒した時の経験値が約二千程度であることを考えると、ブロックをたった四十個壊すだけで二万も稼げるのはぶっ壊れだろう。
そんなことを考えつつ岩を叩き割って横穴を広げていると、物音が聞こえたような気がした。
夏月が風呂から出たのかとも思ったが、音が聞こえたのは掘り進めている方向からのように感じられ、壁に耳を付けてみる。
「ァァ……」
鳥肌が立った。
壁の向こうから確かに人がもがき苦しむような声と、複数の足音が聞こえて来る。
今日遭遇したあのゾンビのようなものでもいるのかもしれないと考えたが、地下十五メートルほどの深さにいる理由が分からず、また別の何かがいるのではないかと警戒心を強める。
と、背後から足音が聞こえ、反射的にそちらを振り返る。
「ど、どうかしたの?」
「夏月か……」
安堵からホッとため息を吐く。
不安そうな表情を浮かべる彼女を一先ず安心させようと、なるべく明るい表情を作って見せながら。
「この先に洞窟でもあるみたいでさ、掘り進めようか迷ってたんだよ」
「大きい虫みたいなのがいるんじゃなかった?」
「……あっ」
夏月に言われて思い出してしまった俺は、同時に物音の正体が何なのか分かってしまった。
この先にいるであろう怪物の姿が脳裏に浮かび上がり、それを振り払うように軽く頭を振って。
「よし、とっとと逃げるか」
「うん」
こっくり頷いた夏月と共にその場を離れ、横穴を木材ブロックで塞ぎ、すぐさま拠点へと戻った。
枕に抱き着く形ですやすやと心地良さそうに眠る毛むくじゃらと、見慣れた拠点の風景でホッと一安心しながら浴室へ入り、汗や泥をシャワーで洗い流してから湯に浸かる。
疲労が抜け落ちるような快感でため息を吐きながら天井を見上げた。
「あー、疲れた」
誰に言うでも無く呟く。
デカイ犬がやって来たこともあって拠点は手狭になってしまった。
ショットガンなら作れる程度に資材は集まったし、明日は武器をクラフトしながら地上に拠点を作ろう。
……それと、完全に置物となりつつある鉛電池を使わねば。
と、外から夏月の声が聞こえて来る。
オオカミたちに何やら話しかけているらしく、少し気になった俺はお湯を揺らさないよう気を付けて耳を澄ます。
「ーーふわふわだねぇ。もこもこだねぇ」
俺と似たようなことをしているらしい。
聞こえて来る可愛らしい声に吹き出してしまいつつ、耳も癒されようと盗み聞きを続ける。
「ねえねえ、隼人は私のことどう思ってるかな。告白したら二つ返事くれるかな」
えっ。
「わふ!」
肯定するような返事がよく聞こえた。
……なるほど、あいつは全て知っていたのか。
「そう思う? じゃあ、ちょっと緊張するけど伝えてみよっかな。もし断られたら恨むからね」
「くぅーん」
辞めてよーとでも言うかのように鼻を鳴らしたのが聞こえた。
さて、これであの子が俺に好意を持っていることが確定した。イマイチ勇気が出なかったが、こんな形でチャンスが来たのならこちらから思いを伝えねばなるまい。
なるべく冷静に自分へ言い聞かせてみるが、人生で一番と言っても良いほど嬉しくて、バクバクと鼓動が激しくなる。
風呂を出たらパパっと告白してしまうべきなのだろうが……中学で脈ありな雰囲気の女の子にあっさりと振られてしまった時のトラウマがある。
そして、二人で暮らしているのにそんな事が起きてしまったら、今後はしばらく気まずくなるに違いない。
……いいや、あの時は女の子の方が俺について何も言っていなかったのに対し、今回は本人の言質も取れている。
自分にそう言い聞かせて湯船から上がり、栓を抜いて体を拭く。
どんな言葉で気持ちを伝えるか考えながらパジャマに着替えた俺は、緊張で乱れる鼓動を深呼吸で落ち着かせ、大きく息を吐いてから風呂を出た。
すると、お腹を晒しながら夏月に甘えるぽちとたまの姿があり、ついさっきまで野生だったようには思えない様に思わず噴き出す。
異様に緊張していた自分がバカバカしく思えてしまって冷静さを取り戻せた俺は、夏月の隣に座って。
「メッチャ懐いてるじゃん」
「警戒すること知らないみたい」
「肉出した途端に大喜びで出て来たし、最初から警戒してなかったよな」
言いながら二匹のお腹を撫でると、心地良いのか尻尾が床を擦りながた左右に動く。
人慣れしているように感じられるその有り様に癒されながら、呼吸を整えて夏月に目を向ける。
「夏月」
「ん?」
クリっとした目がこちらを向く。
何か察したのか緊張しているようにも見える彼女から目を逸らしそうになるが、グッと堪えて見つめあったまま気持ちを伝える。
「同じクラスになった時からずっと気になってた。それで……一緒に暮らしてみて夏月の優しさとか、話しやすさとか……とにかく好きになった。結婚して欲しい」
「私で良ければ……待って、結婚って言った?」
口を滑らせたことに気付いた。
本当は付き合ってくださいと言おうと思っていたのに、なぜか結婚という言葉が出て来てしまった。
慌てて訂正しようとして、俺よりもアワワと焦り散らしている夏月を見て冷静になる。
もう言ってしまったものは仕方ない。俺と一緒に来ることを選んでくれた彼女と生涯付き添えるのなら、それに越したことは無い。
「……結婚って言った。夏月となら、死ぬまで一緒でも良いって思ってる」
耳まで真っ赤になった夏月は分かりやすいほど目を泳がせながら片手を差し出すと。
「わ、私で良ければ……隼人君のお嫁さん……なります」
「指輪、作るか」
「へぅっ」
変な声を出したと同時、夏月は顔を真っ赤にして気絶した。
少し慌てて彼女の細い体を抱え、一先ず寝具に寝かせてやると、彼女は薄っすらと意識を取り戻す。
「大丈夫か?」
「……隼人のこと大好き」
微笑みながらそんなことを言われ、俺も失神しそうになってしまった。
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